031、ようこそ異世界へ
旅はここからです!
これが異世界!!
目の前には、牙が印象的な魔物が立ち塞がっていた。
話を戻すと、二番目の聖地ユリランスを目指し、ディラを操るリンのあとを付いて、森の中を走っていた。
馬に乗って走る経験はないが、馬の速度よりラウ達の速度の方が早いと思う、なんせ景色は電車並みに素早く通り過ぎる。
乗り方は、聖女仕様な体のお陰で様になっているが、初めての遠出のせいか、手綱を握る手は汗をかいてしまっていた。
「リン、ごめん、ちょっと休憩」
「分かった……もう少し行けば良さそうな場所がある、そこまで行けるか?」
器用に懐から地図を取り出し、今の地点とで場所を把握して、休憩出来る場所を決めてしまう。
「うん」
小川の横にあるちょっとした空き地を休憩地にし、着いてすぐにラウから降りて、手をパタパタ振った。
「早く走り過ぎたか?」
リンもディラから降りて、手綱を引き近付いてくる。
「いや、多分経験値の差だと思う。手汗が凄い」
「少し手が赤くなっているな、手綱を強く握り過ぎているんじゃないか?」
俺の手の平を取ると、そう言って擦ってくれた。
「そっか、それかも。リンみたいにのんびりはまだ乗れないな、景色を楽しむ余裕もない」
「気付かずに、すまない」
そう言って、手の平にキスを落とした。
「……おい、手汗が凄いって言ってんのに」
「お前の汗の匂いは嫌いじゃない。聖地では匂いも何もないからな、普段のお前の匂いを嗅いでおかないと」
「変態チックな……チックってのは……」
ガサガサッ
その時、突如奥の方の茂みが音を立てた。
「なっ、なに?」
「通りすがりの魔物だ?」
「通りすがりのって」
「壁を越えたら、そこはもう魔物の領域だ。どこにでもいるさ」
「おーっそうですねーって、俺は初対面なんだって」
「そうだな」
リンが腰に下げている剣を抜き構えるが、表情を見るといつものリン。
「経験値の差って、こういう時に出るんな。俺、ビビってる」
リンの後ろに隠れながら、茂みの方を見ると、棍棒を携えた二足歩行の猪のような顔をした毛むくじゃらの魔物が三体出てきた。
「オーク?」
「正解、それも小説とかに出てくるのか?」
「割と」
「コウの世界の小説ってのは、凄いな」
「大昔の小説にも出てたくらいで、魔物の名前を答えよって言われたら序盤に出てくる魔物の名前の一つ」
「コウの世界は情報が多過ぎる、地球にいない魔物にも詳しいなんて」
「ほんと、多過ぎ。でも知ってる奴だけだぞ、ファンタジー好きだけ……んっ?」
その時、ガサガサっと俺の後ろでも茂みが音を立て、こちらは四体出てきた。
「やつらは、集団で行動することがあるが、七体は多いな、普通は三体程だ」
ちらりと後ろを確認したリンが、俺を魔物の目から離すように動く。
「すぐに終わるから、ここを動くなよ。あとそれ離して」
コクコクコクコクコク、首を縦に振って、いつの間にか掴んでいたリンの服から手を離した。
そこからは、ある意味スローモーションのようだった。
リンが音もなく一歩足を踏み出し、前方に剣を振り下ろし、振り向き様にもう一振り。
んっ?アレか、カチンと鞘にしまうと崩れるゴエモン式か?
その通りで、鞘に剣をしまうと、魔物の体が順にズレて二つに分かれた。
「おおーっ!!ゴエモン現る!ってか、生だと意外とグロっ……グロエグ映画とか見まくったけど、あーこれが異世界なのねー……匂いがスゲーっ」
グロいエグいと言われている映画でレンタルできるものはほとんど見たお陰か、切られたソレを見てもそう思うことはない。
だが、鼻が鉄臭い匂いを感じとり、ちょっとうわっと思ってしまった。
「平気なんだな。ちょっと違うコウが見れるかと思ったのに、残念」
「残念がるな。これでもホラーもグロも画面上でしか見たことないから、内心ガクブルなんだって」
「説明プリーズ」
「お前……はーっ。今ので気が抜けた」
「それは良かった。で?」
「ホラーは怖い話で、グロいって何て言えばいいんだ?気味の悪い……ちょっと待って」
スマホを取り出し、ポチポチやっていると、リンがラウとディラの手綱を引いて小川に近付き、水を飲ませていた。
俺も手を洗おうとスマホをしまい、小川に近付く。
「わざと嫌悪感が湧いてくるような気味の悪い描写を作って取り入れたのがグロテスク、略してグロいかな、説明見てもピンと来なかったから俺の解釈だけど」
「わざとそういうのを作るのがよく分からないな、必要なのか?」
「……多分、多分だぞ。あっちは刺激が少ないんだ。魔物はいないし、命の危険に晒されることがないと言っていい。だから、いつもとは違う刺激欲しさにそういうのを見たりしているんだと思う」
「コウは刺激が欲しかった?」
「うーん、なのかな?言ってる自分もよく分かってないけど。単純に興味とかで見てる気もするけど。なんで、そんなん見てんだろうな」
「今、ここにそういうのがあったら見たいか?」
「うーん、いらない。だってコレがすぐ近くにある世界にいるのに、態々そんな作り物見ても……」
切られたそれらをもう一度見た。
画面越しではなく、生の両目が見ている。
グロい映画などはわざと作っているが、これはすぐそこにある、俺の手が直接触れるもので。
そこまで考えたとき、グッと胃がひっくり返るような感覚がして、しゃがみ込み小川に嘔吐した。
「……平気じゃなくて良かった」
背中を擦ってくれる手を感じながら、今いる場所を再確認した。
ここは本の中でも、画面で見てるものでもない、生の現実なのだ。
「直に慣れるだろうが、初めてこれを見ても平気じゃなくて良かったよ」
全て吐いて、小川の水で口を濯いでから、リンの服を掴む指先が震えていることに気付く。
「……もしかして、わざとこいつらがいるとこに来た?」
「休憩も兼ねて、イッセキニチョウってやつかな」
「意地悪いな」
「これから幾度かは見るものだが、はじめの一回は誰でもこうなる。その時すぐに口を濯げる場所なら気分も落ち着きやすいだろ」
「お前凄いな、そんなことまで考えてたのか?」
「たまたま、小川の近くに魔物がいただけだったりして」
「策士め」
リンの広い胸板にそのまま倒れ込むと、リンが抱き締めてくれた。
「キュラビッツへ、魔物がいる世界にようこそ」
「……確かに今、完全に実感したよ」
しばらくそうしていると、シューッと後ろの方で音が鳴った。
見ると、先ほど切られて事切れていた魔物から黒い煙が出ている。
「何あれ?ヤバくね?」
「魔物は大気中にある魔素が核を作り自然発生する生き物だ。死んでそのまま放置されれば、大気に吸収される」
「大気に吸収される?」
「そう、でも核になった魔素は残る、それが魔石。もうすぐ出てくるよ」
黒い煙となって、死体が徐々になくなっていくと、あとには小さな薄青っぽい宝石とオークが持っていた棍棒が残った。
「あれが魔石?聖地のやつとは色違うけど」
「色は種類によるな。色が薄いと下級魔物で、上級にいくと色が濃くなるし、大きさもでかくなる」
「そういやさぁ、魔物を一刀両断って、ヤバいな」
「わざとグロくなるように切ってみた」
「……お前の適応力の高さはなんなんだ?」
「よく言うだろ、リンキオウヘンって」
「アンのとうちゃん、色々残しすぎ。漢字ない世界に四文字熟語残すなよ」
「これもルナミナー様の残したものなのか?あの方は凄いな」
「セミが言葉も残したって言ってた、ちなみに臨機応変はこういう字を書くんだ……」
ジンケットからメモ帳を取り出し、漢字を書いて説明した。
休憩を終わりにし、魔石を回収すると、ラウたちに股がり、腹をポンっと打つと歩けの合図。
初めての魔物体験を終えた。
ちなみに約5分程で煙になるが、煙になる前に解体作業すると煙にならず、毛皮を剥いだり、肉を剥いだり出来るらしい。
回収後の残物を放置すると残物だけが煙に変わる、素敵な設定!?設定なのか?
解体する技術がないときは、ジンケットに入れて解体屋に持っていくと解体してくれる。
ジンケット内では大気に晒されないから、煙にならないらしい。
ジンケット内だと、鮮度も保つらしいから、時間軸もないようだ。
あと、ジンケットの容量が足りない時や魔石が出てくるのを待つ暇がないときは、心臓と喉仏の間にある魔石だけを取り出すようだ。
魔石は冒険者にとって、収入源だから必ず回収する。
ちなみに魔石を自然放置すると、他の魔物が食し強さが増すこともあると研究データもあるから、放置はタブーになっているようだ。
お目通し、ありがとうございます。




