021、来訪者
城に着くと、何やらバタついている様子に、またアンが倒れたのかと心配したが、そうではなかった。
突然、貴賓客があったのだ、王とかではなくリンに。
「やっと、お会いできましたわ、リンスラン様。あらっその眼鏡どうなさいましたの?眼鏡などない方がお素敵ですわよ」
「ニアニクラ様、なぜここに?」
「貴方様がラリスアット国に招かれたと聞いたので、婚約者としてご挨拶に伺ったまでですわ」
ザ・プリンセスな装いで、頭の上にもティアラ。
金色の長いフワフワウェーブ髪のあちらこちらには、細かなキラキラした飾り。
二十歳よりも若そうな顔付きで、素晴らしいとしか言い様のないドレスから零れ弾けそうなバスト、引っ込むとこ引っ込こんだ、所謂ボンキュな豊満な肉体を持つプリンセスの登場。
「それはお断りしたはずです、婚約も承諾しないと……」
「先程の鐘の音お聞きになりました?あれが聖なる鐘なのですね。やはりリンスラン様が勇聖者に選ばれたのですね。聖女様にご挨拶しなければ、聖女様はどちらに?あら、黒髪に黒い瞳なんて珍しい」
目線がこちらに向いてしまった、どうするっとセミに視線を向けるとコクりと頷いてくれた。
「ジヒル国第一王女ニアニクラ様。ようこそ、おいでくださいました。本日も麗しく……滔々……」
セミが世辞を言いまくり庇い立てしてくれたので、その後ろに隠れた。
セミは元魔法剣士、スラリとしながらも上背も幅も俺よりあるので、背にすっぽりと隠れることができる、ちょっと情けない気もするが。
「……他国に伺うからと最低限にしてきましたの、でも分かる方は分かるのね。……あら、そうですわ、リンスラン様、聖女様はどちらに?」
セミの世辞で俺から気がそれ、すっかりご機嫌な姫様は、思い出したようにリンに向き直った。
「……私は勇聖者ではありません。こちらには別件で招かれただけのこと」
「リンスラン様以外が勇聖者になるはずがありませんわ、貴方様は勇者の中の勇者、最強の勇者、聖愛の勇者リンスラン様ですのよ。リンスラン様が勇聖者でなかったら、誰がなれますの?」
セミの世辞もだが、人を褒め称える、称賛するのを間近に見たのは初めてだ。
それにここまで人の話を聞かないやつも初めて見た、日本人でこれなら即炎上だろう。
他国の城の廊下でやることじゃないだろと思ってしまうのは、日本人気質なのだろうか。
問答のような、噛み合わない二人を残し、俺とセミは素早くその場を離れた。
その背に、リンではない視線が張り付いていたのを俺は気が付かなかった。
「姫様って皆、あんなんなの?」
リフの間に戻り、セミの入れてくれたお茶を飲みながら、出てきた菓子を食べ、昼食を抜いていたことを思い出す。
「様々ですね」
「セミっ俺、昼飯食べないでヤりまくってたから、腹減ってる!」
「コウタさん」
嗜める口調のセミにニヤリとする。
「なんか、母ちゃんっ違うか、父ちゃんって言いたくなる」
「私の子供達はそういうことを言いませんでしたよ」
「あ、何人?」
「三人おります。もう皆、おばあちゃんおじいちゃんと言われていますよ」
「これでひいじぃちゃんはないだろうー、異世界だなホント。アンとセミの子供かー会ってみたいな」
「各地に散っております、いずれ会えましょう。夕食まではそう刻もないですし、軽く摘まめるものを用意しましょう、待っていてください」
そう言い残し部屋を出るセミ、手持ち無沙汰で菓子を食べていると、コンコンとノック音。
「ん?リンかな?」
この部屋、特定人物のみが開閉可能だが、今は俺もドアの鍵を開けれるようにしてくれていた。
もちろん、アンがちょちょいと。
「おっけーりー、今、セミが……あっ」
話ながらドアを開けるとそこに立っていたのは、先程の姫様。
先程いた、侍女も誰も連れず一人だけ。
「突然の訪問、お許しください。先程もお会いしましたが、今一度、お初にお目にかかります。ジヒル国第一王女ニアニクラ ジルヒルと申します」
さっきの高飛車高慢自己中な姫様ではなく、キリリと威圧感さえも感じるプリンセスがそこにいた。
「あ、あのー」
「貴方様が聖女様とお見受けしました。差し出がましいですが、お願いに参りました。私がリンスラン様の伴侶となり聖女として、この世界を救う夢は潰えました。ですが、我がエネルを貴方様にと思い、馳せ参じました。お受け取りください」
部屋には入らず、部屋の前の廊下に膝を突き、手を差し出してくる姫様は真剣そのもの。
「あ、えっ、なっ」
「お手をお貸し頂けますか?さすればエネルを送ることが出来ます。我がエネルが巡礼にて少しでもお力になれれば、私の夢が多少は叶ったも同然。お受け取りください」
「いや、あのっおれっ違う」
「リンスラン様が勇聖者になることは決まっているのです。先程聖なる鐘が鳴り、そしてリンスラン様のそばには、リンスラン様に寄り添うような見たこともない輝きを放つ力を持つお方がいる、となれば貴方様が聖女様としか考えられません」
「えっ?」
「私は特殊な目を持ち合わせております。この力は聖女となりリンスラン様と巡礼する為にあるものだと思っておりましたが、違ったようです」
「ニアニクラ様、なにを」
その時、リンが駆け寄ってきた。
「聖女様にご挨拶とエネルの譲渡に伺ったまでですわ」
すぐに立ち上がり、さっとドレスの乱れを直す姿は先程の高飛車風。
「ですから、俺は勇聖者ではないと、彼も聖女などではなく……」
「リンスラン様、私は幼い頃より貴方様をお慕いしております。この年まで純潔を守り、全てを貴方様に捧げる為に生きてきたと言っても過言ではありませんわ。その私にまだ嘘をおっしゃるのですか?」
リンが年下に押されている、姫様パワーは侮れない。
「離れていても引き寄せ合うように輝くこんな力を見たことはありません。これが勇聖者と聖女の繋りでなければ説明が付きませんわ。誠をお教え下さい」
「……二アニクラ様、貴殿はもう少し周りを見ることを学びなされ」
アンの登場に、ようやく張り詰めていた息を吐くことが出来た。
俺にこの状況を打破するスキルは持ち合わせていない。
お目通し、ありがとうございます。