015、大賢者の見解
翌日、セミの声に起こされるまで俗に言う爆睡していた。
自分の部屋でも、長時間熟睡したことないのに。
昨日、リンが選び買ってくれた服に着替え、洗面台で歯磨きして顔を洗ってから、ダイニングテーブルに行くと白髪短髪のダンディな知らない人が座っていた。
「おはよう。よく眠れたかね?」
「お、おっはよう……」
「なんじゃなんじゃ、余所余所しいぞコウタ」
「えっ、……アン?」
俺をコウタ呼びするのは、この世界でアンゼルフだけ、と言うことは。
「おお、そうであった。家にいるときには髪は短く、髭もなくしておる。あれは大賢者仕様というやつじゃな、見違えたか」
フォッフォッフォッと校長笑いしても、これでは校長には見えない。
時折おとぼけじいさんだったのが、短髪で髭なしにすると一変、60位のダンディなおじさまに変身。
「大賢者仕様って、カツラ?」
「いや、わしは魔法使いじゃ、そんなもん魔法でちょちょいじゃよ」
「あー、アンだね」
昨日話している間に、『堅っ苦しい、敬語はやめじゃ、呼び方もアンじゃよ、アンさんは嫌じゃ』と駄々を捏ねられてからは、フランクになった。
確かに『アンさん』は何かが違うと思ってた。
私もと言われ、セミさんもセミになったが、セミは蝉と変換が出来るからか、それはそれで微妙な心地だ。
三人で朝食を取りながら、色々と話しているとアンが切り出した。
「……あのな、色々と考えたのじゃが今のわしらの前にいるコウタが本来のコウタなのではないかなと思うのじゃ」
「本来……?」
「言葉数少なく、感情も動かず表情も変わらなかったのは、成長する上で、枷のように押さえ続けた結果であり、習慣付いたもの。殻を被るとも言うな。だが、こちらに来て、召喚か聖女の力かは分からないがそれは取れた。人前でもおくさず話し、よく笑うのが本来のコウタのように思える」
「それはないな……」
「いや、産まれた時から無表情な子供はおらんよ」
「よく泣き、よく笑い、よく遊び、よく怒られる、それが子供の仕事ですからね」
「子供か、そうだな。コウタは転生ではないが生まれ変わったのじゃ。おとうも、そちらでは幸せではなかった。だから、こちらでは、目一杯楽しむんだといつも言っていた、私は生まれ変わったのだから、今度はいい人生を送るのだとな」
「私は、コウタさんが無表情、無感動な人だとは一瞬でも思ったことはないですよ、感情豊かで笑顔が素敵な優しい人だと心から思っていますよ」
そんな温かい瞳で見られても困る。
昨日は色々と起こって気にしなかったが、今日はあちらでの自分との違いに戸惑いを感じていた。
とは言っても、そのことに戸惑っている自分がいることが一番の心境の変化でもある。
「生まれ変わる……か」
「……おおっそう!そうじゃっ、そうじゃっ!実はな、わしには昔から一つの持論がある、今確信したとも言える気持ちじゃがな。その持論とは転生者のものだ」
小さく呟いた俺に、大賢者の時のような、でも好きな石ころを見つけたと騒ぐ子供のような声音が届く。
「転生といった神の御業とも言えるものをするためには、何かの力が大規模に使われているはずなのだ。だが、神なのか大精霊が関わってるのかも分かってはおらぬが、わしはそれはエネルだと考えている」
「エネル?」
「そうじゃな、生きるために必要な心のエネルギーと言った方が分かりやすいかな、こちらでは運や幸福などを混ぜて表す言葉をエネルと言うのじゃ。おとうやわしが調べた限り、異世界からの転生者で記憶を持つ者は、元の世界では幸せではなかった節がある。だから、エネルを使わずに生きてきたものがエネルを使い転生を為しているのではないかとな。とは言え、それで転生後にエネルはなくなるわけではない。転生前で使われなかったエネルとこちらで新たに掴んだエネルと合わせて、大層幸せに暮らしている者ばかりなのじゃ」
「ふーん」
「それでだな、ここが肝心じゃ!今回コウタを召喚する時にわしや他のものたちの魔力だけでは少し足りなかった。だが違う力がコウタをあちらから押すような、送り出すような力があったのだ。あれがエネルだったように思えるのじゃよ」
「俺があっちで使わなかったエネルが押した的な?」
「そうじゃ、コウタを押したあの力がエネルだとすれば、お主はこちらに転生してきたものと同じ、生まれ変わったのじゃよ」
うむうむと頷きながら顎に手をやって、ない髭に「おっとっ」と手でするりと空を掴んでいるアンは、俺の知っているアンだ。
「して、コウタはいつの時代を生きていた?何年から来たと聞いた方がよいか」
「平成31年、西暦で言うと2019年」
「やはりな、お主もゲームや漫画などが好きであろう」
「まあ」
「転生や召喚などを行う漫画や小説を読んでいたか?」
「うん」
「そういう世界に行きたいと思ったことはないないか?」
「ある」
「自分も異世界で『生きてみたい』と思ったことはないか?」
「……ある」
ウムウムと頷きながら、顎をスリスリと擦るアン、思案するときの癖なのだろう。
「おとうは2017年から来たと言っていた。異世界物は特に好んで読んでいたとな」
「俺も」
「おとうは異世界物を楽しみながら、異世界で人生を謳歌する主人公らが羨ましかったと言っておった」
「羨ましい……」
「人は誰しも幸せになれるのじゃ、だが幸せに生きれないものもいる。そのエネルを使わなかった、使える環境ではなかった者の中で『来世』ではなく『転生』に生への望みをかける者に転生への道ができるのではないだろうか。そして、おとうのように記憶を持って転生する者は、前世とは違う明るい性格になることが多い。それは前の記憶を踏台に、生きることをエネルが楽しませようとしているように思うのじゃ。新な世界を人生を存分に『生きろ』と送り出す、コウタを送り出したエネルのようにな」
理解したようなしてないような、不思議な感覚に包まれる。
「コウタ、お前さんが良ければ、この世界に腰を据えないか?その為なら手助けでもなんでもしてやるぞ」
よく分からない不思議な感覚が煙のように湧き出てくる。
「召喚した責から言うてるのではないぞ。わしはお主が気に入っておる。聖女として来たが、話してみて触れ合ってみて思ったことじゃ」
「私もお手伝いします。コウタさんの幸多いこれからを見届けさせて下さい」
今日始めて会った人達に、歓迎され気に入ったと言われるこの状況はなんなのだろう。
今までに、こんな温かいと思える目で見られ、温かいと思える言葉をかけてもらったことがあっただろうか。
コウタの頬をハンカチが優しく撫で、そちらを向くと初めて会った時よりも優しく微笑むセミがいた。
お目通し、ありがとうございます。