あたしと彼女のヒーロー
ヒーローが死んだ。
ヒーローはあたしが小学生の頃からおじいちゃん馬だった。
名前に似つかわしくない穏やかな馬で、芦毛はもう真っ白だった。乗馬を習いだしてすぐ、調馬索で速歩をだした。その時に乗っていた馬。
まだ速歩が怖かった。軽速歩がうまくできなかった。ヒーローの上で背を丸まらせて縮こまっていた。
ヒーローは馬にありがちな人間を舐めた態度であたしの悪戦苦闘を見守っていたけれど、バナナをあげるとブヒブヒないて嬉しがった。馬は嬉しい時、ブヒブヒとかブーブーとか、一般的な馬のイメージからかけ離れた声を出すと教えてくれたのはヒーローだ。
子どもおよび初心者向けの馬で、ヒーローらしからぬヒーローを、あたしがあたしだけの英雄に据えたのは、先生がヒーローに乗っているところをみてからだ。馬場がきちんと踏める馬だったから、乗る人が乗れば競技会にだって出れる馬だった。本当にかっこよかった。
ヒーローで競技会に出場するのが、あたしの夢になった。うちの乗馬クラブの馬で、大会で良い成績を残した人は少ない。だからそれをあたしとヒーローでとりたかった。
それは叶わぬ夢になっちゃったな。
敷料の片付けられた馬房をぼんやり見ていると、見慣れない女性がやってきた。
「あの、×××××××の馬房ってどこですか? 」
聞きなれない、いかにも競走馬な名前だった。
「……たぶん、ここだと思います」
ヒーローは元競走馬だ。女性は競走馬時代にお世話をしてくれていたらしい。
「重賞、とらせてあげたかった」
そう言う彼女が語る馬を、あたしは知らない。でも話を聞くほどに、ああヒーローってそんな一面もあったんだとしみじみした。
あたしの中でのヒーローは、あたしだけの思い出のヒーローになっちゃったんだな。寂しくて、頬をしずくがつたった。