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おそれながら殿下。それは越権行為で御座いますぞ。  作者: マンムート


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3/6

老兵の指導


「無礼者! 殿下の御前であるぞ!」


 王太子の背後に控えるイケメン4人組がコーラスする。

 だが、老兵はひるむ色を見せない。


「目の前で国法まさに破られんとする時、諫止するのは臣としての務め。

 陛下が不在であるとしても、陛下の代理として殿下が出来るのは、

 その御令嬢に、陛下が帰って正式な審理が始まるまでの謹慎を申しつける事のみですぞ」


 王子は絶句した。

 確かに越権行為なのだ。


 王太子という地位は重いが、王ではない。

 代理を任されているとしても、何でも出来るわけではない。

 逮捕権、裁判権、それは王の権限なのだ。


「下がれ! 陛下の内だ――」


 王太子は手で側近の言葉を遮る。


 内諾。

 それはあくまで内諾にすぎない。あうんの呼吸と言うヤツだ。


「それとも。

 恐れ多いことながら、陛下の身に何かあったという報せありや」


 王太子は言葉を発せられない。

 ここで父王の身に不慮の事態あり、と言えば、それは王の死を望んだととられかねない。


 王太子の沈黙に、ヒロインと悪役令嬢は共に焦る。


 ヒロインにとって、ここで悪役令嬢を潰すことはマスト。

 そして、悪役令嬢にとって、地下牢へ連れて行かれることはマストなのだ。

 だが、王太子の権威でこの老人を黙らせる事は出来ない。


 ならば――


「ほほほ。忠義かつ勇敢なる兵士殿、心配なさることはありませんわ。

 地下牢といっても、それは謹慎と同じ事。殿下の越権には当たりませんわ」


 自分から認めればと悪役令嬢は思ったのだが、


「やんごとなき方はご存じないのでありましょうが、

 地下にある番号付の牢は、重罪犯のみが収容される牢で御座います。

 その使用には、国王陛下の承諾が必要とされております。

 謹慎とはいえないですぞ」


 それくらい知ってるわよ!

 

 と悪役令嬢は内心毒づくが、余りに真っ当な反論で反論しようがない。

 一瞬『わたくし、地下牢に興味があったんですの♪』と言おうかとも思ったが、

 この頭の固そうな老人には、通じそうもない。


 ヒロインはヒロインで、悪役令嬢の言葉に眉をしかめた。


 こいつ6番に入りたがっている? どうして?

 6番でなければいけない理由が……。

 まさか、6番には何か仕掛けが?


 思わず王太子を見上げると、彼も悟ったようで。


「……確かに地下牢は行き過ぎであった。

 貴族用の牢に収容すると――」


「おそれながら殿下。

 そもそも殿下には、高位貴族の令嬢を投獄する権限はありませぬぞ。

 国王陛下がお戻りになるまで謹慎させる権限のみで御座いますぞ」


 ダメだこの老人。


 色々な意味で列席者達は思う。


 確かに、王子の命令は法律違反ではある。

 同様のケースで今まで当然のように通っていたのは、誰も異を唱えなかったからに過ぎない。

 とはいうものの、どんな時にも厳しく適用していては臨機応変というものができぬではないか。

 それに将来の王になる可能性の高い王太子に異を唱えたら、将来が――


 だが、これを別の意味でチャンスだと思う男が現れた。

 たまたま息子の卒業式だから出席していた近衛隊長だ。

 彼は、腕はからきしだったが、見事な押し出しの見た目と、機を見るに敏な頭脳でここまで地位をあげてきた男なのだ。


 巨大な体躯から、見事なバリトンを轟かせて告げた。


「王太子殿下のご命令である!

 公爵令嬢を地下室に連れて行ってさしあげるのだ!」


 彼はその才を発揮し咄嗟に考えた。

 王太子殿下と卑しい愛人は、公爵令嬢を地下牢へ放り込みたがっている。

 そして公爵令嬢も、入る気はあるようだ。

 ならば王太子殿下の命令も、公爵令嬢の希望も叶えれば、自分にとって有利なのではと。


 上官の命令に、あらかじめ王太子の命を受けていた兵らは動き、公爵令嬢の左右に――


「おそれながら近衛隊長閣下。

 王太子殿下のご命令が越権行為であるとしたら、

 それに従うのもまた、越権であるにも関わらず従ったという罪になりますぞ」

「黙れ! 俺はお前の上官だぞ!」

「私は近衛ではありませぬ。よって閣下は私の上官ではありません。

 それに、上官の命であれば常に従うのなら、上官が反逆を試みた場合にも従うのが正しさになってしまうではありませんか。目の前で国法が破られようとしている以上、諫止するのは臣たる者の務めですぞ」

「ぐっ」


 近衛隊長は歯がみした。

 下っ端の兵など、オレのバリトンの見事な声にヘコヘコしていればよい存在なのに!

 妙に筋の通った理屈で逆らいおって!


 だが光明を思いつく。

 法に従ってさえいれば文句はないのだ。


「上官として命ずる。お前の任を解く! この場からさっさと立ち去れ」


 近衛は、他の軍より優越する。

 近衛隊長が言えば、他の部隊の隊長は、余程損がなければ逆らわない。


「近衛隊長閣下。おそれながらそれは不可能ですぞ。

 馘首を命ずる時は、事前に、反論乃至は弁護の機会を設けねばなりませぬ。

 さらに再就職活動の観点から、通告は当日ではなく少なくとも一週間前に行わねばなりません。

 それに、先程も申し上げましたが、指揮系統上、閣下には私の人事を直接左右する権能は与えられておりません」


 老人はどこまでも融通が利かなかった。


 くそ。死に損ないが!


 近衛隊長は舌打ちしたが、王太子も公爵令嬢も望んでいる命令ならば、無理矢理通しても罰せられる事はあるまいと思い直す。


「王太子殿下のご命令である!

 そして、公爵令嬢もご見学をお望みである!

 公爵令嬢を地下牢6番へ案内するように」


 あくまで案内なのだ。

 連行するわけではない。


 王太子もその発言に乗った。


「公爵令嬢にはご見学をしていただくだけだ。

 だが、高貴な方が見学するのだから、

 危険がないか事前に確認をしたほうがよいだろう。

 オリバー!」


 側近のひとりがひざまずいた。


 事態は動き出すかに見えたのだが。


「おそれながら殿下。閣下。

 地下牢への見学は許されてはおりますが事前の許可が必要ですぞ。

 地下牢に収容されているのは重罪犯、いつ脱走を試みるか判らぬ危険な者達。

 許可なく外部の者を入れるなど許されておりません。

 見学日の一週間前に申請し、その時の牢屋の使用状況を考慮した上で、許可の可否が判断されるのですぞ。この場で命令してすぐ叶うということはありませんぞ」

「ぐっ……」


 老兵の言うことは、全くもって正しい。

 残念なくらいに正しい。面倒くさい正しさである。


 ヒロインも悪役令嬢も焦る。


 ヒロインとしては、地下牢6番への移送は何か怪しい予感がするが、この老人が振り回す理屈だと、そもそもどこへだろうと投獄自体ができない。

 力ある公爵家はなるべく電光石火で倒す必要がある以上、ここで謹慎ですますわけにはいかない。


 悪役令嬢としては、地下の仕掛けが無駄になるどころか、最悪、事前の調査などされたら仕掛けがばれる恐れまである。自分が連行される前にじっくり調べられるのが最悪だ。

 となれば、さっさと放り込まれるに限る。


 公爵令嬢は、


「ほほほ。わたくしにそのような危険があるわけなどありましょうか?

 重罪犯など知り合いにもいなくてよ? 脱獄の幇助などしたくてもできませんわ。

 か弱いわたくしが脱走犯の逃亡を扶けるなどという酔狂をするとでも仰るので?」


 兎に角早く地下牢へ!


 ヒロインと悪役令嬢は同床異夢なのに心はひとつだった。


 近衛隊長は決断した。


「お連れしてさしあげろ!」


 兵達は、顔を見合わせたが、


「早くするのだ!」


 という重ねて発せられた命令に従い、悪役令嬢を拘束した。


 老齢にも関わらず平兵士でしかない貧弱な老人と、権力をもち肉体的にも強者である近衛隊長。

 どちらに従うのが賢いか、バカでも判る。


「おそれながら閣下。何の権限をもってその命令を下されるのですか」

「近衛隊長としての権限である! お連れしろ!」

「閣下の権限は、国王陛下より与えられているもの。

 そして国王陛下の権限は、法によって規定されているもの。

 であれば、陛下のご判断なくば、閣下は権限を奮う権限はなしですぞ」

「連れて行け!」


 近衛隊長は無視することにした。


 そして、この死に損ないを、こいつが大好きな正当な手順を踏んで、きちんと解雇してやる。と思う。

 それとも、使い込みの罪でも被せて、罪人にでもしてやろうか。

 権力があれば何でも出来るのだから。


「待つのだ兵ども! 何の権限にも裏打ちされておれぬ命令に従う必要なし!

 間違った命令には抗い従わぬのが、正しき臣としての道であるぞ!」


 まだ老人は何か言っている。


 仕方ない判らせてやるか。

 というか、最初からいつものようにやればよかったのだ。

 貴人達の前だが、事態が事態なだけに許されるであろう。



 近衛隊長は老人の方へつかつかと歩む。

 ふたりの身長差は圧倒的。

 対峙するだけで老人は潰されそうだ。


「黙れ老いぼれ!

 その年でまだ下級兵士の分際で。我が命令に異を唱えるのは、陛下への反逆と同じだ」


 老人は近衛隊長をおそれげもなく見つめ返し。


「黙りませぬ。法を曲げた命令に従うのは、臣として間違っております。

 それに国法を積極的に破っている閣下の行動こそが反逆とみなされるかと愚考しますが」


 近衛隊長は、嗤った。


「立派だな。それに確かに愚考だ」


 そう言うと、拳をふりあげて老人を殴った。


 露骨な暴力に会場から悲鳴があがった。

 老人の体は吹き飛び、真紅の絨毯の上に転がった。

 見下ろす近衛隊長は、鼻を鳴らしあざ笑った。

 見守るやんごとなき人々も、わずかに顔をしかめるものも含めて、隊長の行為を肯定した。

 この世界の法は、力ある者、やんごとなき者達のためにあるのだから。


「力なき正義など意味がないのだ! 老い先短い身で覚えておけ!」


 老人は、よろよろと立ち上がった。


「軍隊内での暴力行為は禁じられておりますぞ」

「まだ言うか。暴力ではない指導だ」

「なるほど。指導ならいくらしても権限のうちであると」

「そうだ」

「指導をするしないは、個人の判断で行って構わないと。そういうことですか?」

「そうだ。これは罰ではないあくまで指導だ」

「では、閣下が間違っていると私が判断したのなら、私が閣下を指導してもよろしいので?」


 近衛隊長は、鼻先で嗤った。


「できるものならな。やってみるがいい。お前ごときがオレ――ぐげぇぇぇぇ」


 近衛隊長の体は吹き飛ばされた。


 口から歯と血を飛び散らせながら、会場を飛行して絨毯の上にぶざまに大の字となる。


「ふむ。近衛隊長殿はずいぶんと軽いのだな。この程度でこれほど飛ぶとはの」


 老兵はつかつかと近衛隊長に近づくと、


「き、キサマァァ! 何をしたか判って――げふうぐぅ!」


 老兵のかかとが、贅肉と脂肪の塊でしかない巨体へめり込む。


「指導でございます。それに力があれば正義に意味があると教えてくださいました。

 浅学である私めはこの歳になるまで存じませんでした。ありがとうございます。

 なるほど。自己の判断で正邪を判断するのは許される行為なのでありますか。

 目を開かれた思いで御座います」


 そのまま近衛隊長の巨躯に馬乗りになると、


「な、なにを」

「ありがとうございます。

 なるほど。昔から、こうやれば良かったのですな」


 ボキグというイヤな音が響き、近衛隊長の下顎が砕け散った。

 開ききった血まみれの口から飛び散った血の中には、前歯が数本混じっていた。

 恐怖に静まりかえった会場に、その音は大きく響いた。


「ひっっ……」


 ヒロインが白目を剥いて気絶した。

 王太子の側近のひとりは失禁し、座り込んでしまった。


「ご指導肝に銘じておきます。ありがとうございます。

 閣下の判断は、越権行為であると私が判断しました。

 よって、指導をさせていただきます」


 次の拳で、肩の辺りから引き裂ける音が響いた。

 下顎を潰された近衛隊長は、悲鳴すらあげられない。


「ありがとうございます」


 顔面が潰れ、意識も飛んだ。

 近衛隊長の顔は、今や単なる真っ赤な肉塊だった。


「指導で御座います。

 考えてみれば、下級兵士が上官に指導してはいけないとは軍紀にはありませぬ。

 近衛隊長でありやんごとなき身分であるお方が、二度と違法行為などしてはいけませんぞ」


 もう一方の肩が砕かれた。


 真っ赤な肉塊の中央から、血混じりのあぶくがふきだされていた。


 老兵が繰り出す圧倒的な暴力には、憎悪や怨念がこめられているようにしか見えない。

 まごうことなく私刑であろう。

 だが、それを率先して実践して見せたのは近衛隊長であった。

 そして、それを誰も止めなかった。全員が肯定したのだ。

 身の程知らずに強者に逆らう老兵を内心嘲っていたのだ。

 それゆえ老兵の暴力を止められる者もいない。


 老兵はゆっくりと立ち上がった。

 全身が返り血で真っ赤だった。

 だが、やむごとなき身分の高官をひとり抹殺したというのに、その顔は妙にさっぱりしていた。

 くちびるには微笑みさえ浮かんでいた。


 その微笑みに列席者達は戦慄した。


「指導。ふむ。指導か。

 もっと早く知っておれば、色々と指導出来たというのに」


 殴り潰した感触を思い出してでもいるのか、拳を繰り返し握りしめる老兵。

 拳を握りしめる度に、指の間から鮮血がしたたる。


 近衛隊長が再起不能なのはあきらかだった。

 近衛隊長としてだけではなく、人間としても。


 だが、老兵は何一つ法を犯していない。


 確かに軍隊内での暴力行為は禁止されており。

 それを指導と称すればしてもいい、と彼に告げたのは彼の上官であり。

 そして指導であるならば、下級兵士が上級兵士にしても問題ないわけであり。

 そもそも指導が暴力行為であるとすれば、『指導』と称して暴力行為が横行している事を咎めねばならない。

 そのうえ、老兵は『指導』をする前に近衛隊長に確認までしたのだ。

 自分が近衛隊長を『指導』しても問題ないのかと。

 そして近衛隊長は、それを肯定しさえしたのだ。


 老兵は、公爵令嬢を連行しようとする兵らを見た。


 彼らは、ひっ、と悲鳴をあげ、公爵令嬢の拘束を解いた。

 せいぜい、城下のチンピラや不貞の集団を捕縛した程度しか実戦経験のない彼らにとって、老兵は突然異界から現れた化け物に等しい。

 単なる痙攣する肉塊と化した近衛隊長と、圧倒的な暴力を披露した化け物。

 どちらに従うのが賢いか、バカでも判る。


 老兵は、王太子の方を向いた。


「殿下。その地位にふさわしい正しき命令を下してくださいませ。

 法によって裏打ちされた正しき命令ならば臣はその実現のため、この老いさらばえた身を捧げますぞ」


 王太子は、はくはくと口を動かし何か言おうとした。


 法に則ったことさえ言えば、この男は従ってくれる。

 それは理解していた。

 だが、血まみれの猛獣の前で何かを言える人間などいるだろうか。

 それに、間違った命だと老人が判断したら、王太子とはいえ『指導』されてしまうかもしれない。

 恐怖に頭がしびれて、うまく考えがまとまらない。


 ヒロインは今だに気絶したままで床に転がっていた。

 倒れた拍子にドレスの裾が大きくまくれあがって太ももまで覗いていたが、誰ひとり気づくものはいなかった。


 茫然自失の空気の中、いち早く立ち直ったのは悪役令嬢であった。

 日頃からゴロツキやゴロツキ同然の品性の両親と接していたせいであろうか。

 あくまで比較してだが、彼女は荒事に慣れている方だったのだ。


 これはチャンスだった。

 この老人さえ味方に出来れば、状況を一気に逆転出来るのだ。


 彼女には、この老人に命令する権限はない。

 だが。

 彼の自由意志を操作することは出来るはずだ!


 悪役令嬢は老人に対して、美しいカーテシーを決め。


「不法な命令によって虐げられるところでしたわ。

 それを救ってくださるなんて、貴男は本当に家臣の鑑ですわ」

「法に従っているだけです」

「ですけど、この場で法に従える勇気をもった方が何人いるというのですか?

 貴男以外誰も、不法な行為に異を唱えなどしなかったではありませんか!

 そんな貴男を、こんな低い地位に留めておくなんて、国家の損失ですわ」

「余人は関係ありませぬ。法に従っているだけです」


 ここが肝心とばかりに、悪役令嬢は親しいもの以外には見せぬ、愛くるしい笑顔を浮かべ。


「貴男にはもっとふさわしい地位があるはずですわ。その地位を得るお手伝いをしてさしあげたいですわ」


 悪役令嬢は、言外に告げた。

 自分の実家には、それを実現させる力があると。


 これだけの実力の持ち主、にも関わらず未だに平の兵士。

 実力と地位の凄まじいまでの懸隔。そのために貯まりに溜まった鬱屈があるはず。

 先程の圧倒的な暴力は、まさにその発露だった。

 出世をちらつかせれば、すぐ飛びつく筈だ。


「そのことについて、是非話したいですわ。

 それに、わたくしを救ってくださった感謝もしたいですし、

 それら諸々のため、わたくしを実家までエスコートしてくださりません?」


 王太子は、さっと顔をあおざめさせる。

 少し前に、意識を取り戻したものの立ち上がれないヒロインも、あ、と呟く。


 しまった。


 もし、悪役令嬢がこの老人にエスコートされて出て行ったら、止めるものがあるだろうか。

 ない。

 近衛隊長が血だまりに沈む廃人となったのを見た直後、手を出せる者がいるはずがない。


「公爵令嬢殿よ。それは出来かねますぞ」

「な、なぜでございますか」

「先程の王太子殿下の言葉からして、御令嬢殿の嫌疑もまた明白ですぞ。

 容疑があやふやであれば、御実家での謹慎もありえましょうが、あれだけの明白な証拠が在る以上、御実家に返すわけには参りません。国王陛下の御帰還まで宮殿の一室での謹慎が適当かと」

「貴男、わたくしの味方なんでしょう!

 わたくしなら、貴男をどんな地位にもっ!」

「私は、法に従って行動しているだけですぞ。

 それに……先程の御発言は、私を利益をもって誘導しようとしたと取られかねませぬぞ。

 以後、そのような発言は慎まれたがよいですぞ」


 悪役令嬢は恐怖に貫かれて、思わずよろめきそうになった。

 先程の圧倒的な暴力が自分に向けられかねないのだ。

 目の前の化物が、国法に触れると判断したら、血に沈むのは自分かもしれないのだ。


 王太子とヒロインは逆転の目を見た。


 この際、地下牢案を放棄し、王宮での謹慎にすれば。

 そして、この老人をその監視役にすれば。


 王子は命令しようとした。

 だが、老人の名を知らなかった。

 王子はヒロインを見た。

 だがヒロインも知らなかった。


 二人は背後の側近達を振り返った。

 優秀な側近達は、二人が知らなくても大抵の家臣、貴族の名を知っていた。

 だが、側近達も老人の名を知らなかった。


 これほどの腕前をもっていながら、彼の名を知るものは誰もいなかった。

お読みくださりましてありがとうございます。


まだ続きます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] すごい窮屈というか、頑固というか生きるのが下手くそそうな老兵が、老いるまでなにかと無法に声を挙げてきて、それでも言い訳を並べ立てられたりして泣く泣く逃がして来た事も多かっただろう老兵が、や…
[良い点] 老兵の地力。 「老」兵であれ、警備にいるということは日頃の鍛錬も怠らず。 役職的に日の目を見るようにも思えない知識から、習得の努力も怠ってない。 地位に腐らず、年に驕らず、日々弛まぬ研鑽を…
[良い点] 力無き正論など無力。 [一言] 権力者の脅迫や買収に屈しない姿はまさに「愚直」。 この人物が出世しなかった理由だろう。 この「正論」の行き着く先を見せてください。
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