ヒロインの思惑
婚約破棄ものです。
「アルヘンシラス公爵令嬢ワルキュラ!
嫉妬に駆られたお前の数々の所業! 全て露見している!
その醜悪さ、独善、残忍、卑劣、どれをとっても王太子妃としてふさわしくない!」
ああ。ほんとうに声もステキ。
わたしの斜め前に立って悪役令嬢の断罪をはじめた、カリナン王太子。
乙女ゲームから抜け出してきたような、キリッとした美男子なの。
美男子なだけじゃなくて、勉学も優秀、そして女性にもすごくやさしいのよ。
やさしすぎて、わたし以外にもやさしいのが、ちょっとだけ玉にキズ。
でも、こういう時にはやってくれる人なの。
そして、わたし達のうしろに居並ぶ4人も、カリナンに劣るとも勝らない美男子揃い。
しかもみんな優秀なの。
ハーレムルートは諦めたからお互い恋愛感情はないけど、カリナン様とわたしの恋を応援してくれてるの!
カリナン様に断罪されているのが、アルヘンシラス公爵令嬢ワルキュラ。
ゲームのスチル通りの、すごい吊り目で憎々しげな顔をした醜悪な悪役令嬢。
黒を基調にして赤をワンポイントでいれた毒々しいドレスがいかにもな感じだわ。
鉄扇で口元を覆って、表面上は澄ましてるわ。
逆らえない人をあの鉄扇で容赦なく叩いてるのよね。
「よって、メルネド王家の王太子である余、カリナン・メルネドはここに宣言する!
お前との婚約を破棄し! カルメラ男爵の御令嬢であるプリシラと婚約すると!」
よしっ! まずはカリナン様の台詞バッチリ!
ついにこの日が来たわっ!
そして、カリナン様の隣に立っているのが、今まさに話題のカルメラ男爵令嬢プリシラですっ!
つまり、わ・た・し。
実は転生者です。
3歳の時に高熱を出して寝込んで、転生者だって思い出しました。
それと同時に気づいたんです。
この世界は『ハートどきどき、イケメンがいっぱい、どれを選ぶか迷っちゃう(ハート)』の世界だって。そしてわたしは、ヒロインのプリシラだって。
元の世界では引きこもりで、ゲームの中でしか対話できなかった不細工なわたし。
今や鏡に映るのは、スチル通りの金髪ほわほわ美少女!
この世界はわたしのもの!
わたしがヒロイン!
初めて鏡で自分の容姿を確認した時は、思わず踊ってしまったわ。やっほー。
だけど、わたしは舞い上がらなかった。
前世で、FXですっからかんになって、自殺に追い込まれた苦い経験が、わたしを慎重にしたのよ。
うまい話には落とし穴がつきものだってね。
ゲームの展開通り、どこぞの男爵家の当主がメイドに産ませた子供であるわたしは孤児院から引き取られた。
でも、当たり前だけど、イベントがなかったり、一行でも済まされてる時間も、この世界ではちゃんとあるのよね。
現実だから、細部までかっちり作り込まれてて、ゲームに出てこない人や法律もいっぱいあった。
だからわたしは、いろいろ修正したわ。
攻略キャラとの余りに不自然な出会いは、不自然でないように変更したりした。
だって、王子様にいきなりぶつかるとか、高位貴族しか入れない秘密の庭園で出会うとか、この世界の法律ではアウトな行為だもの。それに、わたしは許されたとしても、警備の人とかが責任とらされてクビにされでもしてたらイヤだしね。
おのおのの攻略対象が持っている国家機密並に秘密にされているはずのトラウマを、最初から知っているような台詞も言わないようにしたわ。
他の国の密偵だとか疑われたら大変だもの。
つまりわたしは、攻略本なしで攻略キャラを攻略したのよ。しかもセーブがない一発勝負!
わたし頑張ったわ! すごく頑張ったわ!
だから大丈夫。
大丈夫よわたし。
だって「ざまぁ」とかされる要素ないから!
さぁ、どう出る悪役令嬢さん!?
悪役令嬢は、傲慢に顔をあげると、鉄扇をぱたりぱたりと開閉し。
「思い当たるところは御座いませんわ」
と言い放った。
でも、大丈夫。
だって、アタシ本当にいじめられてるし!
カリナン様は。
熱い怒りを見事に抑えつつ冷静な声で。
「思い当たるところはない。か。
だがな、こちらには大量の証拠があるのだ」
周り中からハブられるわいじめられるわ。教科書は破られるわ。
しかも、高位貴族専用のラウンジルームに取り巻き集めて、アタシをどういじめるかの相談までしてた証拠もあるのよね! しかも何度も何度もよ!
正義感のままに突っ走ろうとした攻略キャラ達を押しとどめて、完璧な証拠固めをしてもらった甲斐があったわ!
「……以上。大量の証拠と証人がある。それでも申し開きが出来るというのか?」
カリナン様の理路整然とした追い詰めに、
「くっっ……で、ですがその卑しいプリシラとか言う女は! 殿下以外の殿方にも手を出していますわ!」
「ほほう、その証拠でもあるのか?」
悪役令嬢は、ぎりっと唇を噛み、わたしを睨み付けた。
「殿下の側近方にも手を出している泥棒猫ですわ!」
そう言うと、彼女はわたしと側近方のあれこれを見てきたように話し始めた。
なるほど、彼女も転生者だったってわけね。
きっと、いざとなったらこれを持ち出すつもりだったんでしょう。
でも、それ、アウトォォォォォォ!
さっきも言ったけど、わたし、ゲームとはイベントの内容を少しずつずらしていたもの。
可能なら日付までもね。
つまり、彼女が言ってることは全部見当外れ。
わたしの目の前で、彼女の言い分はひとつずつ徹底的に論破されていってます。
乙女ゲームの世界へ入ったら、誰でもがハーレムルート選ぶと思ってたんでしょうね。
もしかしたら、彼女自身前世でそういうプレイスタイルだったのでしょう。
ですが残念、わたしそんなことしてませんから!
ざまぁが怖いから王太子殿下ひとすじにしたし!
全員からプレゼントもらって、下町の古物商で売りさばくとかもしてないし!
「というわけで、ワルキュラよ。
そもそもわたし以外は、彼女にプレゼントなど贈っていないし、プリシラ嬢も受け取っていない。
ちなみに、その購入費用も、わたしが個人的に運用できる資産から捻出しているので、国家予算から不正流用もしていない。
さて、お前の言い分は全て論破されたわけだが……
まだ何か言うことはあるか?」
「ぐっ」
悪役令嬢は唇を血が滲むほど強く噛んでわたしを睨み付ける。
そのすさまじさに思わず震えてしまうと、カリナン様がそっと抱きしめてくださる。
ああ、本当に殿下は素敵。しかもわたしを愛してくださってる。
裏設定まで知っているから、本当に好きになれるかしら……って心配したけど、恋ってそういうものじゃないのね。引きニートが、知識やフィクションだけで判ってるつもりだったのとは全然ちがった。
肉体接触に関しては、何度か情熱的なキスは交わしたけれど、それだけ。
フィクションに出てくるような婚約破棄やらかし王子は、肉体関係をガツガツと求めてくるものだけど、カリナン様は、ほんとうにわたしを大切にしてくれて、こらえてくださってる。
わたし、本当に彼が好きになってしまったの。
もし王子でなくなったとしても、彼が好きよ。
大丈夫。
何度も確認したし、大丈夫。
わたし、引きニートで、なろう系の小説読みあさってたから、ざまぁに対する護身は完璧。
悪役令嬢は、闇魔法も光魔法も使えないし、というかこの世界に魔法ないし。
妖精王とか聖女とかそういうのでもないし、というかこの世界にそういうのないし。
王家とつながってカリナン様より高い継承権とかも持っていないし、強大な隣国の皇帝の隠し子でもないし!
何かスゴイ発明の才があって、それがこの国の基幹産業だったりもしないし!
本人にすごい武力とか、パンチ力とか、金の力があるわけでもないし、人望もないし!
強大な高位貴族のおさななじみとかいないし!
人智を越えるほど彼女を溺愛している義姉、義妹、義兄、義弟もいないし!
王家の方にもちゃんと根回し済み。
悪役令嬢の実家ってちょっと力がありすぎるんで、王家としても潰したいらしくて、
この断罪を国王陛下は黙認し追認するつもりだっていう言質も証拠の書類もとってあるし。
実は1年前から妃教育とかも受け始めてるし! 頑張って勉強してるし!
よくいるヒドインみたいに、我が儘言ってさぼったりもしてないし!
筋がいいって褒められてるし!
それに悪役令嬢の実家についても調査してるのよね。
そうしたら人身売買とか、麻薬の取引とか、武器の密輸とかもごろごろ。
マジで悪役令嬢にふさわしい実家だったわ!
カリナン様と側近方はそれに対しても備えをしてるのよね。
明日には、悪役令嬢の実家にも武装した部隊が突入するてはずよ。
わたしの、いえわたし達の計画に抜かりなし!
カリナン様は、きびしい目で悪役令嬢を睨むと、重々しく告げる。
「アルヘンシラス公爵令嬢ワルキュラ!
そなたの悪事の数々明々白々である!
更に、プリシラ嬢が私達に淫らな罠をしかけているという偽りの告発をしていた時、そなたは、なぜか私を始めとする側近達のうちあけたことなき秘事まで知っているくちぶりであったな。
そこから判断すると、そなたが他国のスパイであるという可能性も疑わねばならぬ。
これは見過ごしにはできん! 厳しい詮議の必要あり!」
まだお話は続くよ!




