険悪な二人が「素直にならないと出られない部屋」に閉じ込められた話
「おい、ここはどこだ? 俺たちはどこにいるんだよ!?」
「はっ? わ、私は知らないし! て、ていうか、狭いからあっちいってよ!」
「無理だっての!? だってここ……」
俺は何故か狭い空間にいた。隣には同じクラスの犬猿の仲である時任雫がいる。
狭い空間には何もない。あれだ、ロッカールームの中に押し込められている感じだ。
そんな中に人が二人も押し込められたら嫌でも密着してしまう。
「あんた変なところ触らないし!!」
「知らねえよ!? こら、馬鹿!! 動くんじゃねえっての!?」
色々とやばい状況だ。てか、この空間は一体なんだ? 俺は寝ていたんじゃねえのか?
少し冷静になってきた頭で空間をよく見ると、メモが貼ったあった。
――『素直になれないと壁によって圧殺する空間』
「はっ?」
「ど、どうしたのよ……」
俺は時任にメモを指さした。時任は身体をもぞもぞ移動させてメモを読む。
「圧殺? 素直になれない? い、意味分かんないし!?」
「俺だって知らねえよ!」
いや、噂には聞いたことがある。都市伝説で何かをしないと出れない空間に飲み込まれた男女がカップルとなって出ていく、という話だ。
「いやいやいや、おかしだろ? 素直になれってなんだよ?」
「あたしはいつだって素直だし!!」
俺は本当は知ってる。こいつが俺の事を好きだって事を。
だって放課後の教室で聞いちゃったんだもん!! 聞くつもりなかったんだけどな……。
ていうか、俺も正直こいつの事が好きだ。いや、大好きだ! ……好きだから素直になれなくて喧嘩ばかりしてしまうというのもある。
「だーー!! 俺はいつだって素直だっての!! わかった、素直に言うぜ。俺は時任の事が好きだ!!!」
「ほえ!? ちょ、あんた……、わ、わかったわよ!! 私だって言うし!! 私はあんたの事が大好きなのよ!!!!」
その瞬間、空間が広がったような気がした。
辺りは一瞬だけ暗くなって再び明かりが付く。
俺は呆けた声を出してしまった。
「な、なんだよ。まだ出れねえのかよ!?」
「こ、こんなに恥ずかしい思いしたのに……」
俺たちがいるのは再び閉鎖空間であった。大体ワンルームくらいの広さだろう。
また壁に紙が貼ってあった。
『大切な人を助けるために自分の犠牲は必要か?』
部屋の雰囲気が変わった気がした。
俺たちは知らずに手を繋いでいた。それは愛情からではない。恐怖からだ。
「な、なんだこれ?」
「ちょ、怖いんだけど……」
「だ、大丈夫だ。俺がお前を守る」
「ちょ、う、嬉しいし……」
俺は深呼吸をして時任を抱き寄せた。
大声を張り上げる。
「俺は欲張りなんだよ!! 俺が犠牲になって時任が助かっても、泣くのは時任じゃねえか!! 俺が絶対どうにかしてやんよ!!」
「わ、私だって、あんたを残して死ねないし!! ……助かるなら二人一緒だもん!」
あれ? なんだ? おかしいぞ。なんで死ぬ前提の話で考えていたんだ?
まあ気にしなくてもいいか。
また部屋が暗くなった――
そして、明るくなると部屋は更に大きくなった。学校の教室くらいの大きさだ。
今度は何もない空間じゃない。
黒板が置かれてある。机が並べてある。……俺たちが通っている教室だ。
「ねえ、これって私達の机だよね?」
「ああ、そうだな……」
黒板を見ると、またメモがあった……。
くそ、どうなってんだよ。
『クラスメイトの命を助けるために二人の記憶と秘密を捨てられるか?』
俺と時任の繋ぐ手が強くなる。
少しずつ何かを思い出しそうになってきた。
それは時任も同じのようで真剣な顔になっていた。
あれ? 俺は学校以外でその横顔を見た事がある……。どこでだ?
「ね、ねえ、あ、あのさ、もしもだけどさ、私がこの世界の人間じゃないって言ったら驚く?」
こいつは何を言っているんだ?
――俺もぼんやりと何かを思い出しそうだ。
俺はどこで生まれた? 日本人? 幼い頃の記憶は?
あっ――
俺は自分の頃が理解できた。
「と、時任。お、俺、もしかしたら普通の人間じゃない、かも」
「へ? あんた……」
俺と時任が見つめ合う。
複雑な表情の瞳がすごく綺麗だな、ってぼんやりと思った。
時任がため息を吐く。
「私ね、この一年間すごく楽しかったし……。この場所であんたに出会えて良かったし。……思い残す事無いし……」
「おい、時任、待ちやがれ!! 俺だってお前と一緒にいて楽しかったんだよ!! だから……、だからっ!!! わすれたく、ねえんだよ……」
それでも、俺たちは大切なクラスメイトを助けたい。
俺たちの思い出で助けられるなら――
俺と時任は頷きあう。
そうすると、教室に色が入った。それは倒れたクラスメイトの姿であったり、血の色であったり……、肉片であったり……。
破壊され尽くした教室だ。クラスメイトは全員死んでいた。
俺と時任は向かいあっている。
俺の右腕はなくなっていた。視界が狭い。片目が潰れている。全身がボロボロだ。
時任は泣きながら俺の腹に剣を刺していた。
――時任は記憶をなくした異世界の侵略者。
――俺はこの世界を守る防衛装置として自然発生した幻影のような存在。
俺たちの記憶はこの一年間しかない。
俺は不完全な幻影で、目的を忘れていた。
目的である侵略者の消去を忘れていた。
時任が侵略者であることを思い出したら、俺も思い出してしまった。
……俺たちは自分たちの記憶を取り戻そうと一緒に行動していた。喧嘩しながら笑いながら、それが楽しくて……。
俺の前にいる時任は笑っていた。俺はその笑顔が大好きだった。愛おしくて愛おしくてたまらない。
おかしい話だろ? 幻影が恋をするなんてさ。
時任がボロボロの俺の身体を抱き寄せる。
そして、俺に口づけをして顔を離す。
わかってる。
「……バイバイ、わたし、絶対忘れないし」
「うっせ、俺だってお前の事忘れねえよ、馬鹿」
その瞬間、空間がきしんで砕け散った――
**************
女神との条約の締結。
魔王と守護者との戦いの余波により、世界の軸が損傷。
支配者権限として、魔王と守護者の記憶の消去を執行。
――――――――成功。
支配者権限として、崩壊世界からの時間の巻き戻しを執行。
――――――――失敗。
支配者権限として、時間の巻き戻しを執行。
――――――――失敗。
異世界の女神より通信あり。
……支配者権限による、時間の巻き戻しを執行。
――――――――成功。
支配者権限による、神の代行者『ボブ』を召還。
女神による介入あり。
女神の代行者『大佐』が侵入。
…………くそビッチが、これより、やり直しの世界線を開始する。
***************
俺の名前は世界龍太。
ぶっちゃけ記憶喪失なんだわ。
裸で倒れているところを近所のボブっていうおっさんに保護されて今に至るってんだよ。
で、どうやら俺は近所の高校生で身寄りが無いってことがわかって、優しいボブさんが見受け人になってくれたんだよ。
「龍太!! いじめられるんじゃねえぞ!! ボッチになったら俺の教えを思い出せよ!」
「わかったぜ! ボブじい!! 行ってくるわ!!」
高校生活というものがどんなものかわからない。
だけど、無性に胸がドキドキする。
俺は知らずに走り出していた。
そして、角を曲がる時――
「うわぁ!? あぶね!?」「ちょ、ちょちょっ!?」
制服を着た女の子とぶつかってしまった。
どうにか抱きとめて倒れなかったけど……。
「ちょっと、あんたいつまで触ってんのし!! 痴漢なの? 変態なの? 馬鹿なの! パン落としちゃったし!」
「はっ? 違えよ!? てか、なんで食パン手に持ってんだよ!! そんな漫画みてえな事ありえねえだろ!!」
「う、うっさいわね! あっ、遅れちゃうし!!!」
女の子は学校の方へ向かって走り出した。……超早いんだけど。
ていうか、俺も遅刻するぜ。
俺は走ろうとしたが、何か異変に気がついた。
「あれ? おれ、なんで足が動かねえんだ? へ? なんで泣いてんだ?」
意味がわからん。目から滝のように涙が出ている。……ゴミでも入ったか。とりあえずハンカチで目を拭きながら俺は走る事にした。
入学式が終わり、無事自分の教室の席に付く。
なんだろ、この教室の奴ら……見覚えがあるような気が……。
その時、教室に今朝の女の子が入ってきた。
「あっ!! 食パン女!」
「はっ? ありえないし」
俺は席から立ち上がる。
女の子も俺に近づく。
「ちょ、あんたパン弁償してよ!!」
「いいか、俺はあんたじゃねえんだよ!? 俺の名前は世界龍太だ。覚えとけ」
「ちょ、あんただって食パン女って言うなし!! 私は時任雫って名前だし!! あっ、雫って呼ぶなし」
「おう、まあパンはあとで奢ってやる。じゃあ時任、また後でな」
「う、うん。まあ許してやるし」
時任はその時、すごく良い笑顔を放った。
俺はそんな笑顔を見たことがない。
胸が締め付けられる思いだ。なんでだ? ていうか、顔が赤くなる。よくわからない気持ちになってくる。
時任の顔も赤い。ていうか、超カワイイじゃねえかよ!? くそ、どうした俺。冷静になれ。
時任が女子生徒の輪の中へ向かう。
途中で足を止めて振り返った。
「……前は名前で呼べなかったけど、今度は龍太って呼ぶし。……んっ? 私なにいってるの?」
時任が首を傾げて再び歩き始めた。
俺はこの時決めた。
「おーーい、「雫」! 昼飯一緒に食おうな!!! これからよろしくな!!」
「馬鹿龍太っ! 雫って呼ぶなし!!」
「いいじゃねえかよ、減るもんじゃねえし」
わかんねえんだよ、なんだってこんなくだらねえやり取りで、俺は、泣きそうになってんだよ?
「ちょ、龍太泣いてるし、子供じゃん」
「うっせ、お前だって泣いてんじゃねえかよ……。なあ、どっか痛いところあんのか?」
雫は自分が泣いている事に驚いていた。
「べ、別に大丈夫だし……。ふ、へへ、なんだろう、これ? あははっ、楽しいし」
「ばっか、何笑ってんだよ? ははっ、確かに笑えんな!!」
俺たちはそのままずっと、泣きながら笑い合っていた。
この時間が永遠に続いてくれ、と俺は心の中で叫んでいた――
GW明けのリハビリに書いた短編です!!
★の評価といいねの応援をお願いします!!
にゃんポメ書き溜めます!