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「タクマ……! タクマ……!」


「うう……」


懐かしい声が青年の耳朶に響き頬を叩く感触が覚醒を促す。

目を開き身体を起こすとそこには見慣れた顔があった。


「おう、タクマ。よく寝てたな。もうすぐ着くぜ。シャイニング本社に」


「マサキ……」


中山昌樹なかやままさき

タクマが所属していたかつてあった国民的アイドルグループ「クマップ」のリーダーである。


タクマは戸惑いながらマサキの顔と周りを見回す。

どうやらここはロケバスの中のようだ。


クマップのメンバーを見回しよく観察するとタクマは驚愕した。

みんな若い。

メンバーの誰もがまるで20前後ではないか。


「ようやくアルバムを出せるって話だ。やったなタクマ!」


「シンヤ……」


加藤慎也かとうしんや

クマップのメンバーで1番年下でこの頃はよくパシってやったものだ。

こいつも若返っている。


それにしても先程からのメンバーとの遣り取りがタクマの記憶の底を揺さぶる。

……そして思い出に行き当たった


「ここまでこられたのも俺たちが力を合わせて頑張ってきたからだな……感慨深いよ」


「タケシ……」


草津武司くさつたけし

細っこく人の良さそうな目でこちらに笑みを浮かべる。


……そうだ、これは俺たち「クマップ」の長年の努力が認められて本社に呼び出されデビューを告げられた日の記憶だ


高鳴る胸を抑えながらタクマは目を擦る。

あの時は本当に嬉しかったし、まだメンバーとの仲は良好だった。


「はい、喉渇いただろ?」


「シロウ……」


稲田士郎いなだしろう

こいつもなよなよしていたが、今ほど変人じゃなかったな。


「ほら、着いたぜ。どうした? タクマいこうぜ」


「ああ……」


心配そうにタクマを気遣い、優しい笑みを浮かべるメンバーたちの手を取りタクマはロケバスを降りて行った……




再び景色が暗転すると今度は怒鳴り声が頭へと響いてきた。


「おい! 何やってんだよ! タクマ! アドリブ入れんなって!」


メンバーの1人の怒声にタクマは顔を顰める。


「っせーな……」


今度は遠くから自分とメンバーを見ているような感覚。

これは…….数年前の収録中の遣り取りだ。


他のメンバーが心配そうに2人の喧嘩を見守る中、マサキが怒った顔で自分に向かって更に捲し立てる。


「真面目にやれよ! お前スタンドプレーに走り過ぎなんだよ!」


更にヒートアップするマサキに対して過去の自分は馬鹿にするような冷ややかな笑みで腕組みする。

……やめろ

この後起こることは嫌というくらいに覚えているしわかっている。


「どうせお前、俺たちのこと馬鹿にしてんだろ? 国民的アイドルだなんて言われてさ。1人でなんでもできるとか思ってる?」


(この後、俺は……)

ただ眺めているだけで何も出来ない自分をもどかしく思いながら、タクマは必死に過去の自分に向かって叫び続けた。

……やめろ! その一言は言うな‼︎


だが、タクマの言葉は過去には届かない。


過去のタクマは馬鹿にしたような口調で嘲笑いながらメンバーを見渡した。


「……ああ、思ってるよ。じゃあさ、お前らと俺の主演ドラマや映画の数と興業収入比べてみろよ? 俺に勝ってるやつ1人でもいんのか? それどころかお前らが束になっても負ける気がしないんだけど」


その決定的な一言にメンバーの全員が呆気にとられ、そしてみるみるうちに頬を紅潮させていった。


「なんだとタクマ……!」


「おい! 言っていい事と悪いことがあるだろ! 謝れタクマ!」


激昂するメンバーにフンと鼻を鳴らしタクマは背を向ける。


「嫌だね。本当の事を言っただけだろうが。じゃあな。雑魚ども」


「タクマァァァァ‼︎」


……なんて愚かな自分だったんだ

タクマが頭を抱えて後悔する間にも場面は転換する。





「ちょっといい加減にしてくれませんか、こんな夜中に」


「いいじゃないですか。我々も食ってかなくちゃいけないんですよ。ちょっとだけお願いしますよ」


今度は夜道をパパラッチに追い回され、うんざり顔の自分が見える。

早足で急ぐ過去の自分に多数の記者が追いすがりフラッシュを焚く。


「天下のコムタクさんがこんな夜中に何してたんですか?」


「病院から帰ってきたところです。察してください」


親族が急病で搬送されたという日にもしつこく記者に追い回された日の記憶だ。

……くそっクズどもめ!


困惑するタクマに構わず記者たちはマイクを差し向け、無遠慮な質問を繰り返す。


「やはりご家族の誰かがご病気になられたんですか? 詳しくお話しを」


「何かエピソードを添えてお話しください。大変かもしれませんがこれからの役作りに活かせるといいですね」


その心無い言葉に過去のタクマは足を止めて振り向く。


「おい今あんたなんて言った?」


冷静な判断を欠いたタクマは慌てた記者の顔面に向かって思い切り拳を振り下ろした。


「いい加減にしろ‼︎」




気がつくと暗闇の中で頭を抱えて泣いていた。


「ううっ……! くっ……」


虚無の空間でタクマのうめき声だけが木霊する。


「俺はもう…… 戻りたくないんだ…… 何がコムタクだ…… 何が国民的アイドルだ……! そんなものくそくらえだ‼︎」


それはどれだけ栄光を極めようと孤独と虚無に苛まれる心の底からの叫びだった。


「アイドルなんてすぐにでもやめてやる‼︎」



冷たい風が吹き荒ぶようにタクマの身体を駆け抜ける。

その時、突っ伏し泣き続けるタクマに温かなスポットのような光が当たる。


「ほんと、意地っ張りでかっこつけだなお前は」


聴き慣れたその声に顔をあげるとそこにはメンバーがいた。

そして温かい笑顔でその手を差し伸べる。

……あの日のように


「そんなになる前になんで俺たちに一言でも相談してくれなかったんだ?」


「呆れるほどバカだなお前は」


「お前ら……」


タクマは涙を拭い立ち上がりその手を取る。

4人は眩しい笑顔でそんなタクマを受け入れる。


「忘れたか、俺たち」


5人の手が合わさりそして春のように温かい日差しが彼らを照らした。


「「「クマップだろ?」」」


「マサキ……! シンヤ……! タケシ……! シロウ……!」


古い古い友人たちの名を叫びタクマは久しぶりに心からの笑顔を見せた。

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