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○○商事のオフィスには今日もかつての濁声に代わり朗らかな声と和気藹々とした空気が広がる。
「うんうん、よく一晩で作ってきてくれたな。ありがとう。でも無理すんなよ」
「はい、部長!」
かつては羽毛田の圧政に苦しんでいた社員たちもコムタクとハゲが入れ替わったおかげで活気を取り戻し、今では誰もが率先してバリバリと業務をこなしていた。
業績もかなり伸びているらしい。
そんな功労者の机に私は今日も淹れたてのお茶を運んでいく。
「おう、高見。いつもありがとうな」
「いえ」
朗らかな笑みで屈託なく微笑むコムタクが茶菓子を頬張りお茶を飲むのを見届けて、私は切り出した。
「部長、来客の方からお話があります。応接室の方までお越しいただけますか?」
コムタクは机の上の書類を整頓しながら不思議そうに頷いた。
「客? うん、分かった」
「どうした? 急な話だな」
「ええ、実は大事なお話がありまして……」
コムタクの問いにお茶を濁しながら応接室の扉を開けると白シャツ男呪道始め、羽毛田やヤバ子、恵子ら一同が打ち合わせ通りに揃っていた。
呪道はコムタクを見つめ薄笑みを浮かべるとソファに腰掛けたまま片手を上げる。
「どーも、初めまして。俺は呪道勘一。アンタに呪いをかけた者さ」
それから何気なく視線を羽毛田に移し、いつもの軽い調子で話を続ける。
「そしてこちらも同じく俺の呪いの当事者。羽毛田さん。アンタとすっかり入れ替わった男さ」
コムタクは表情の読めない顔で羽毛田をチラと見遣り、傍のソファに腰を下ろした。
「コムタァク‼︎ 生コムタクよ! 生コムタァァァァーーク‼︎」
「はいはい、ヤバ子おとなしくしようね」
テンションがブチ上がり興奮したヤバ子を抑えながら私はコムタクの様子を観察する。
妙な話に混乱している様子はない。
「2人が元に戻りたがっていないために呪いが解けない」という呪道の仮説を検証するために今日は話し合いの場を設けたのだが果たして……
「部長……すみません。急な話で混乱されると思いますが……」
「いや、お嬢ちゃん、説明はいらねーよ」
「……え?」
呪道が薄笑みを浮かべながら足を組みクックと笑った。
「この人、わかってるわ。自分が入れ替わってることに」
「そんな……だって」
私の戸惑いを打ち消すようにコムタクがへえと感心したように膝を叩いた。
「へえ、すごいなあ。そういうのわかるんだ」
驚く私たちを見回し、コムタクは訥々と語り始める。
「騙してたみたいでごめんね。なんだか3日目くらいから変だな、と思い始めて段々入れ替わったことには気付いてた」
「じゃあなんで……」
「ははっ! 野暮だなお嬢ちゃんたち。そりゃあ決まってんだろ。俺は聞かなくても分かるわ」
呪道は軽い調子で笑いながらコムタクの顔を見つめる。
「芸能界よりこっちの方が居心地良かったんだろ? コムタクさん。アンタ苦労多そうだもんな」
「お見通しですね」
コムタクはため息を吐きソファに深く腰掛け直した。
「確かに仰る通りです。俺はもうあの世界には戻りたくない。あの世界は異常だ。悪いね、羽毛田さん。このまま入れ替わったままでいてくれないかな? あんた楽しくやってんだろ? いいじゃないか」
「そんな……!」