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髪を振り乱しながら包丁を片手に暴れる女を警備員に飛びつく寸前で私は後ろから羽交い締めにした。

事情はよく分からないけど、どうやらコムタクとあのハゲが入れ替わっていることに気づき暴れようとしているらしい。

……もし流血沙汰にでもなれば寝覚めが悪い

ほんの少しだけど昔合気道を習っていて良かったと思う。


「離せ! 離せよぉ‼︎ 私があのハゲをやってやるんだよぉ‼︎」


「落ち着いてよ! あんたが暴れても何も解決しない!」


しかし暴れる女も必死だ。

喚きながら暴れる女を制御する私を恵子が手を叩いて囃す。

この女……


「すごい! 美智子! やるじゃん!」


「感心してないであんたも手伝ってよ!」


怪訝な顔をした警備員が組み合う私たちを不審そうに見つめ通信機に何やら連絡を入れているようだった。

……まずい


「君たち……! 警察を呼ぶからちょっとこっちにきてくれるかな?」


ここで捕まるわけにはいかない。


「まずい……! 逃げるわよ! 恵子! あんたも捕まりたくなかったら来なさい!」


「くっ……! ここはあんたの言うとおりにするわ!」


女も自分の置かれた状況に気づいたのか、私たちと一緒に警備員の制止を無視して走り出した。



数分走って追ってくる者がいないことを確認し、私たちは人通りの無いところで立ち止まり一息つく。


「ゼェゼェ……! ちょっと! あんた刃物なんて振り回して危ないじゃない!」


「そっちこそなんなのよ! 邪魔しないでよ!」


ボサボサ髪の女はヒステリックな声で言い返してくる。


「止めてあげたんでしょ⁉︎ あんた警察に捕まるところだったのよ⁈ 感謝して欲しいくらいだわ!」


ぎゃあぎゃあと言い合いになる私たちを宥めるように恵子がひらひらと両手を振って止めに入った。


「二人とも落ち着いて…… 私は岡田恵子。あなたはどうしてこんなところへ?」


ヤバめのこの女は少し落ち着いたようで息を少し切らせながらも自己紹介を始める。


「私は矢場山耶馬子やばやまやばこ。……うち、コムタクのファンっていうかむしろ結婚数秒前の嫁かな?っていうくらいのカリスマファンなんだけどさぁ……」


私は密かに恵子と目を見合わせた。

どうやらこいつはストーカー一歩手前の本当にやばい奴だったようだ。

耶馬子は虚ろな焦点の合わない目でブツブツと囁くように話を続ける。


「コムタクドラマ…… あんたらも知ってんでしょ? あれはね…… 本当はあんなクソハゲが主演じゃないのよ? もっとかっこいい俳優さんが演じてたんだから…… そう、あんなのは偽物よ偽物……! でもどんなに私が騒いでも誰も話を聞いてくれないの…… だからね? 私、今日は偽物に会いに来たの……? フフフフ…… どうしてだかわかる?」


これはまずい。

何しろハゲとコムタクを入れ替えたのは私たちなのだ。

こんなやつに私たちの先日の所業がバレたら……

思わず額から冷や汗が流れる。


「あのクソハゲに会って話を聞いてみて場合によっちゃグサリとね、やりにきたんだよ……! クスクス……

だって私、耐えられないんですもの……

あの名作も映画も海外向けの雑誌にもあのハゲが主演で国民的アイドルってことになってんのよ? 耐えられないわ…… 私もう我慢できない‼︎」


耶馬子の予想以上のヤバさに恵子がガタガタと震えながら青い顔で私に囁いてきた。


「……ねえ、美智子こいつヤベエよ」


彼女は泣きながら言外に逃げようと訴えてくるし、私もこの場を逃げ出したかったが、一つ懸念があった。


「あんた、コムタクとハゲが入れ替わってることに気づいてるのね?」


耶馬子はきょとんとした目で私たちを見つめる。

やはりか。

コムタクとハゲが入れ替わっていることを認識している人間は貴重だ。


「私たちも気付いてるのよ。この珍現象に。耐えられないわよね。わかるわ。協力しましょうよ」


私のその言葉に耶馬子は不気味な笑みで応えた。











「いい店だろ……? 君の為に用意したんだ」


「まあ、素敵ね」


都内のとある一流ホテルの最上階にあるこのレストランの個室を借り切り二人の男女が肉料理を前に夜景を眺めていた。

一方は血色の悪い頭のはげ上がり太った中年男コムタクであり、もう一方は今日のロケで共演した女優であった。


不思議なことにこのハゲ男の誘いを断る女優はいない。

なぜならこの男は国民的アイドルコムタクだからだ。


「ふふふ、一番高いワインを頼もうじゃないか」


顔に似合わない台詞を言うその男のその言葉に、しかしなぜか女はうっとりとする。


「いいロケーションね…… さすがコムタクだわ」


窓から見える煌めくような都内の明かりと星空。

都内でも有数のデートスポットを押さえるその手腕は流石コムタクと言うべきか。


「当然だ。でもどんな素晴らしい夜景も君の瞳の美しさには敵わないよ」


「まあ……」


見え透いた歯の浮くようなその台詞に女は頬を赤らめる。

内心で笑いを抑えきれない太った中年男はしかし、懐から聞こえる着信音に舌打ちを鳴らした。


「おっと、済まない。マネージャーから連絡が入ったようだ。全く気がきかない奴だよ」


残念そうな顔を見せる女を背に廊下に出るとそのハゲた中年男は不機嫌そうな声で怒鳴り気味に電話に出る。


「何だ、マネージャー! 予定があるって言っただろうが‼︎」


『おやおや、先ほどの女性の前とはえらい違い。すぐに紳士の仮面を剥がしましたね羽毛田部長。お久しぶりですね、庶務の高見です』


しかしマネージャーの名前が表示されたその着信からは聞き知らぬ女の声が何故か知った風な口を聞いてきた。


「ああーん⁈ 誰だお前は⁈ 何言ってんだ⁈」


『本当にお忘れのようですね…… 仕方がない、我々と同行してもらいましょうか』


ハゲ男ことコムタクは激昂する。

悪質な悪戯だろうか。

マネージャーのボケだろうか。


「何言ってんだお前⁈ 寝ぼけてんのか? ふざけた電話かけやがって! 明日しめてやっからな‼︎」


『切らない方がいいですよ? そしてゆーーっくり後ろを振り向いてください』


「ああ⁈」


イラつきながらも中年男は不機嫌そうな表情で後ろを振り向き、そして凍りつく。

背中のすぐ先には無表情でボサボサ髪の女の持った包丁が差し向けられていたのだ。


その女のすぐ後ろには更に二人のスーツ姿の女が立っていた。


「はいどーも、高見でーす」


「岡田恵子でーす。そしてこっちの包丁女は本当にヤバい奴です。大声ださないでね?」


どうやら声からして一人は電話の主のようだ。

渋々といった風にコムタクはゆっくりと頷いた。

すると一方の女が微笑みながら中年男の方へと歩み寄ってくる。


「じゃあ、お連れの方には悪いですけど少しだけお時間いただけますかね」

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