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今日もいつもと変わらない朝が始まる。


「ウイッス! ウィッス! 遅れてごめんね〜いや〜ちょっと髪のセットに時間かかっちゃってさ〜」


ラフなファッションのコムタクもとい羽毛田は悪びれることもなく会社に遅れてやって来て……


「何か厄介な案件はないかな? 厄介なのからさっさと片付けていこう」


軽い調子でも相変わらず部下思いの有能上司で……


「部長、申し訳ありません。ちょっとこの件なんですが先方と揉めてまして……」


「よしわかった。俺が直接行こう。気にすんな。もちろん全責任は俺が持つよ!」


「ぶ、部長……!」


誰からも頼られるハゲてない羽毛田は部下から泣きながら感謝される有能上司になった。


めでたし。めでたし。







……とはならないのは私たちだ。


「もう……! どこにいるのよあのおっさんは……!」


ドン、とテーブルに飲み干したグラスを乱雑に置く。


羽毛田とコムタクが入れ替わってから10日ほどが経った。

ここ最近はいつもの飲み屋に恵子と2人で通っている。

もちろん、あの呪いのおっさんを見つけるためだがあの藁人形を買った夜以来会うことが出来ないでいる。

常連や店の人に聞いても手がかりすら掴めない私たちは途方に暮れていた。


なぜそんなに一生懸命におっさんを探してコムタクとハゲを戻そうとするんだ?

嫌な上司がコムタクと入れ替わったんならそれでいいじゃないか。


そう思うでしょ?

いや、私たちも驚きこそすれ始めのうちはそう思ってた。

でもどうしても状況を元に戻さないといけない大きな理由ができたのだ。


酔いが回ってきた恵子はいつものようにシクシクと泣き崩れ、泣き言を繰り返す。


「コムタクドラマが…… コムタクドラマが…… 全部クソハゲ主演のクソドラマになっちゃった……!」


その立場が入れ替わるだけでなく、まるで嵌め込まれたように過去に撮影されたコムタク主演のドラマや映画の主演がセリフや脚本もそのままで全て羽毛田ことただのハゲたおっさんにすり替わっていたのだ。


親指を立てヒロインに小汚い歯を見せる羽毛田。

ヒロインの危機に颯爽と駆けつける羽毛田。

ホワイトクリスマスにヒロインの耳元で「アイラブユー」と囁く羽毛田。


名場面が全て台無しだった。

……まるで悪い夢でも見ているようだ


厄介なのは私たち2人以外はコムタクと羽毛田が入れ替わったことに気付いていないことだ。

このままではあの名作ドラマも映画も私たちだけが楽しむことができないばかりか、これから次々と作られる新作ドラマの主演も羽毛田ばかりになるだろう。

私たちだけがその異変を感じる事ができるのだ。

はっきり言って地獄である。


「うぐぅ……! なんなんこれぇ……? なんでドラマの名場面ことごとくハゲに代わってるん……?」


机に突っ伏して泣く恵子を宥めながら私はスマホを弄り考えをまとめる。


「ねえ、恵子。私たち、嘆いてるだけじゃ何も変わらないわ。一つ聞くけど、コムタクとハゲ入れ替わったままでいいと思う?」


ガバッと起き上がり恵子は目をひん剥きながら心から叫んだ。


「ダメ! 私、もう耐えられない! 月9も雑誌の表紙も、海外アーカイブの表紙も羽毛田だらけだなんて耐えられないわ‼︎」 


「そうよね、私もそう思うわ」


コムタクとハゲが入れ替わっても誰も気づかない。

何という恐ろしい呪いだろうか。

でも私たちがやったことなのだ。

私たちが何とかしなければならない。


「それじゃあ、呪いのおっさんが捕まらない以上、まず本人に会いに行ってみましょう。いったい何が起こってるのか会ってみないと始まらないわ」


「でもどうやって……?」


私はスマホの画面を恵子に見せ説明する。

そこにはとあるドラマとロケハンの地図が表示されている。


「新作コムタクドラマ『ハロー! プライド!』のロケが近所で行われるらしいのよ。当然、主演はコムタクじゃなくて羽毛田。明日は有給使って行ってみましょう。本人と話してみたらわかることもあるかも知れないわ」


「わかった……!」


涙ぐむ恵子と頷きあい私たちはとりあえずもう一杯生中を注文した。






快晴の空の元私たちは電車を乗り継ぎロケ現場へとやってきた。

広い公園に多くの人だかりが出来ている。

撮影スタッフは何やら準備を始めているようだが、俳優たちはまだバスの中にいるか到着していないようでその姿は見えない。


「あれがどうやらロケ現場みたいね」


予想していた事だが、この人だかりを超えて羽毛田に会うのは困難だろう。

羽毛田なのにコムタク扱いされているのが腹立たしく納得は出来ない……

だが何とか貼り付いて羽毛田に会わなければならない。


そうして人だかりを眺めていると一角でざわつくような声と怒声が上がっているようだった。


「ねえ、なんか揉めてない?」


怪訝に思い、恵子と騒めきの方に行ってみると1人の小柄な女性がすごい剣幕でスタッフに食ってかかっていた。


「おい! クソハゲを出せよォ⁈ あのコムタクのニセモノのクソハゲをよぉ⁈」


女は長いボサボサの髪を振り乱しながらスタッフの1人の肩を小突き回す。

スタッフの男は困惑の表情を浮かべながら宥めるように女を押し留めた。


「ちょっと、危ないから暴れるのはよしなさい!」


しかし片目が長い髪で隠れた、黒いゴシック風の服を着たその女は更に激昂の色を強めながら狂気の眼差しでバッグから何かを取り出した。


「このっ……! コムタクのニセモノハゲがよぉぉぉぉ‼︎」


群衆から悲鳴が起こる。

女の手元で日光に反射し、白く光るそれはどう見たって刃物だった。


「ひっ!」


恵子は悲鳴を上げ後ずさるが、私は思わず女の方へと駆け出していた。


「……ちょっ! ストップ‼︎ ストップ‼︎ やめなさいよ‼︎」

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