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椅子から転げ落ちて慌てふためく私たちに羽毛田、いやコムタクが心配そうな表情で歩み寄ってくる。

そして屈み込むと私たちをまじまじと見つめる。

……何度もドラマでみたことのある風貌だ

言葉を失う私たちにコムタクはあの人懐こい笑顔と軽い調子で問いかけてくる。


「チッス! 大丈夫? ミチコとケイコ? どうしたの? 俺、なんか変だったかな? ごめんね?」


「いえ、そんなこと、ないです!」


「ふ、ふひゃあ……!」


いや、変というレベルじゃないと心でツッコミを入れながら私たちは回らぬ頭で返事した。

それでもコムタクは心配そうな表情で私たちを見比べるとさらに優しい言葉を投げかけてくる。


「とりあえず、仕事はいいから休んどきなよ。何なら病院に行く?」


前身である羽毛田からは逆立ちしても出てこないその言葉に私たちは戸惑いながら首を激しく横に振る。

いったい目の前で何が起きているのだろうか……?


「い、いえ! 大丈夫ですぅ‼︎」


怪訝そうに私たちを見つめるコムタクだったが、納得したように立ち上がると私たちの肩を叩いて爽やかな笑顔でその場を後にした。


「そっか、ま、なんかあったら俺に言ってよ」


コムタクが去った後、暫くして回復した私たちはお互いに肩を叩きながら部屋の端の方で相談を始める。


「ど、どど、どうする⁉︎ 羽毛田が本当にコムタクになっちゃったよ⁉︎」


私はオフィスの方を振り返り、他の社員の様子を観察する。

誰一人、羽毛田がコムタクに変わった事に不審を抱いた様子が伺えず、黙々といつも通りに仕事を続けているようだ。

むしろ慌てている様子の私たちを不審げにチラチラと観察しているようだ。

普通、あんなハゲが突然コムタクに変わったら慌てない人間などいないだろう。

とすると考えられることは一つ。


「落ち着いて、恵子。テレビのドッキリかもしれないわ」


「ドッキリ⁉︎」


「そうよ、テレビで何度も見たことあるでしょ? 昨日の藁人形のおっさんが仕掛け人。私たち以外の同僚もグルなのよ」


恵子はますます恐慌をきたし、吃りながら私にしがみついてくる。


「じゃじゃじゃ、どうするの⁈」


「落ち着いてって。私たちも大人よ。仕掛けに気付いても乗ってあげるのが花ってもんよ。気づかないフリしてこの企画に乗ってあげましよう。そして後日、オンエアを見ながら笑うのよ。ついでにコムタクのサインも貰いましょう」


「なるほど…… すごいわ美智子!」


そうそう、それがベターな対応だろう。

それにしてもあの羽毛田も茶目っ気があったのね。


そんなことを思いながら私は羽毛田ことコムタクの仕事ぶりを観察する。

ダメージジーンズに淡い色のシャツといったラフな格好のコムタクは席の間を忙しなく動きながら、次々と指示を発していく。


「うーーん、メイビー…….! スグルさぁ、この企画書書いたの君だよね?」


「は、はい部長」


……下の名前呼びだ

羽毛田本体とは真逆なあけすけな態度でコムタクはまるで社員の肩にもたれかかるように爽やかな声で話し続ける。


「既存の価値観に囚われずにさぁ、ここを、こうして…… こうしたらどうかなぁ?」


「お、おお…… 慧眼です、部長!」


また、コムタクは先日取り引き先を逃した山田にも優しい声をかける。


「ケンタ、顔色悪いぞ? 外回り直帰でいいからな? こないだの失敗は気にすんなよ、また取り返せばいいさ」


「あ、ありがとうございます! 部長!」


(む、むっちゃ有能上司になっとるぅ‼︎)


部下への思いやり、既存の方式に捉われない考え方、ざっくばらんな態度、ラフな着こなし。

本当に羽毛田とは真逆だ……


ドッキリと信じていた私たちの前にはしかし、なかなかテレビクルーがネタばらしに現れない。

ドッキリにしては長い、いや長すぎる。



「怖い、怖いよ! どうなってんの⁈ ねえ、ドッキリじゃなかったの?」


昼休憩の時間になり、会社から少し離れた定食屋で私たちは昼食を取ることにした。

恵子は泣きそうな顔で悲鳴のような声をあげる。

悲鳴を上げたいのは私も同じだったが2人ともパニックに陥るわけにはいかない。


「落ち着いてよ恵子、ドッキリではないとしたらあのおっさんの呪いが本当だったってことね」


午前中の社員の様子を観察したところ、どうやら私たち2人だけが羽毛田とコムタクが入れ替わったという事象を認識しているらしい。


「じゃじゃじゃ、どうなんの⁉︎ 羽毛田消えちゃったよ⁈ 私たち殺人犯⁈」


「落ち着いてってば! 会社の人も誰一人おかしいと思ってなかったじゃない! こんな不思議現象で捕まってたまるもんですか!」


そう、私たちは本当にこんなことになるなんて思ってもみなかったのだ。

藁人形で呪ったくらいで捕まってたまるか。

恵子は顎に手を当て思案にふける。


「じゃあ羽毛田はいったいどこへ……」


「だから変身しちゃったんじゃないの? いいじゃない。あんなハゲがイケメン有能上司に変わったのよ。感謝して欲しいくらいだわ」


我ながらひどい言い草だと思うがもはやなんともし難い。

確かにあの男に唆されたのは事実だが呪いの事なんて全く分からない。


……そんな事を思案していると恵子が店に設置されたテレビを見上げながらあんぐりと口を開け今にも卒倒しそうな顔をしていた


「ちょっと、どうしたの恵子」


「み、み、み、み、ミチコ‼︎ コムタクが……!コムタクが⁉︎」


恵子が指差すテレビの方を見る。

どうやら人気ドラマの再放送のようだが、恵子は何を慌てているのか……


男主人公がヒロインに寄り添い両手を重ねる。

場面が切り替わり主人公の顔がアップになった瞬間、私は卒倒しそうになった。


『メイビー‼︎』


コムタク主演ドラマ「メイビー!アゲイン!」……

その主演男優の顔色は不健康そうで腹はでっぷりと出ていて、サイドにしかない毛髪。

……コムタクが映るはずのそこにはあの男が代わりに映っていた


「「いれかわっとるぅぅぅ⁉︎」」


親指を立てヤニで汚れた歯を覗かせるコムタクこと羽毛田嫌蔵、渾身の演技だった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 読みやすく流れるような文章で、お話の中に一気に引きこまれていきました(^^♪ それにオチも面白く、思いっきり笑わさせていただきました♪ でも、個人的にはファンタジーへの入りかたというか、導…
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