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「ただいま、明美、聡子。遅くなってすまんな」


「お帰りなさい、パパ!」


「お帰りなさいあなた」


郊外の一軒家に帰ると妻と幼い娘が笑顔で出迎えてくれる。

それが10年前までの羽毛田の当たり前だった。


「でね、今日は学校で○○ちゃんが……」


今日も親子3人で温かい食卓を囲み、喋り続ける明美の話に微笑みながら相槌を打つ。

ささやかな幸せが羽毛田の明日の活力となった。


(うう…… これは夢か……? 違う、俺の過去か……)

羽毛田はそんな自分の過去を間近に見ながら記憶を呼び覚ましていく。





うららかな春の日差しの元、羽毛田は今年度配属されてきた新人に微笑を浮かべながら挨拶をする。

過去の自分は今よりも毛髪はあり肌色も良い。


「君たちが我が部に配属されてきた新人さんだね。よろしく頼むよ。何か困ったことがあればいつでも相談してくれればいいからね」


「よろしくお願いします!」


「そんなに緊張しなくていい。肩の力を抜きたまえよ」


過去の羽毛田は緊張の取れない社会人一年目の新人に今とはちがう検のない声と笑顔で優しく語りかける。


「あーー、ちょっと君、済まないがここの計算が間違ってる。レポートやり直しお願いするよ」


「はい、申し訳ありません」


この頃の羽毛田は部下への指摘も柔らかく穏やかだ。

羽毛田は過去の自分を見ながら思案を巡らせる。

…….いったいどうして今のような自分になってしまったのか

(そうか、あれは)




再び場面が切り替わり、本社の重役数名の前で身を縮こめている自分が見えた。


「羽毛田くん、君のところの業績が下がってるよ。どうなってるのかね?」


「申し訳ありません。全て私の責任です」


羽毛田は鋭い追求に深々と頭を下げる過去の自分をじっと見る。

(そうだ…… この辺りから俺の歯車は狂い始めたんだ……)


また重役の1人がとんとんと資料を叩きながら羽毛田に冷たい視線を向け言い放つ。


「済まないが今夏のボーナス査定は覚悟しておいてくれたまえ」


深々と頭を下げ続ける自分に重役たちは次々と畳みかけてきた。


「君のやり方がぬるいのではないかね? 君に任せている支社には期待していたのだが…… 羽毛田くん、雑兵は使い潰してなんぼだよ」


「はい、しかし……」


冷や汗をハンカチで拭いながら答える過去の自分を見ながら羽毛田も思わず喉を鳴らす。


「君のお子さんもまだ幼い。単身赴任は嫌だろう?」


「それは……」


単身赴任という言葉に羽毛田は動揺する。

幼い娘を残しての単身赴任は辛い。

項垂れる羽毛田に重役たちは容赦なく厳しい言葉を叩きつけた。


「頼んだよ、羽毛田くん。コンプライアンスやなんのと世間は煩いがグレーゾーンをつくんだ。期待してるよ」


「単身赴任、嫌だろう?」


「はい……」


暗く光を失った目で弱々しく頷く過去の自分を見ながら羽毛田は大きくため息を吐いた。

(そうだ…… この辺りから俺は……)



本社の意向に従い、この頃から部下への当たりがきつくなる自分の姿も目の前に広がる。

遅くなる帰りに荒んだ心は家族との会話や交流の機会を奪い、やがて……


「ただいま…… 明美? 聡子?」


ある日、遅くに帰宅した羽毛田は異変を感じとる。

ここ数年、妻子がわざわざ出迎えに来てくれることも無くなったがそれにしてもこの自宅に人が居るという気配が感じられず羽毛田は家中を何気なく探し回るが、その内に机の上の書き置きを発見した。


「なんだこれは……?」


妻の文字で書かれたそれには「暫く別居したい」との旨の内容が書かれていた。


「ぐっ‼︎ どうしてだ⁈ 明美! 聡子! 俺はこんなにも頑張っているのに‼︎」


羽毛田は膝を突き嘆き、悲しむ過去の自分をじっと見つめていた。



また場面は転換し、見慣れたオフィスに自分自身の怒声が際限なく響く。


「休憩時間はとっくに過ぎてるぞ‼︎ 早く持ち場に戻れ!」


「タバコ休憩に制限を設ける! 1日2回までだ‼︎ 罰金も設ける‼︎」


「いいか! 終業時刻に帰れると思うなよ‼︎ お前らはこの会社のおかげで食っていけてるんだ! 身を粉にして働け‼︎」


羽毛田はそんな自分を見てため息を吐く。

……まるで悪循環だ

こうして傍らで見ていると自分の何がいけなかったのかよく見えてくる。


そして、場面がまた転換し自分とコムタクが入れ替わった後の職場が見える。


奇抜だが優しく気遣いのできるコムタク部長はみんなから慕われ、愛されていた。

上役にも言うべきところはガツンと言ってやっている。


そんなコムタクを見て羽毛田は顔を伏せ呻いた。



うう……

あんな若造に負けてたまるか……!

あんな何も知らない若造に!


「そうだ…… 諦めたら戻らないんだよな…… 俺の家族は」


羽毛田は顔をあげ真っ直ぐとその目を見開いた。

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