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私こと、高見美智子はとある中堅企業に勤めるOLだ。

せせこましく人が行き交うオフィスに今日も部長の濁声が飛び交う。


「高見くん、お茶が温いよ。それに薄い」


この不健康そうな顔色で腹の出た頭髪の薄い男は羽毛田部長と言って年中怒っている嫌われ者だ。

薄いのはお前の頭髪だ、という言葉を呑み込み私は作った笑顔で羽毛田の湯呑みを回収する。


「はい、すみません。すぐ取り替えますね」


そうして作り直したお茶を持って行く間にも羽毛田は新たなターゲットを定めて怒鳴り散らしていた。


「おい! 杉山! なんだこのレポートは! 計算間違いすぎだし誤字多すぎじゃないか! ちょっとこっち来い!」


叱られている杉山を尻目に私は無言で羽毛田の机に湯呑みを置くとそそくさと自分のデスクへと戻る。

飛びかかる火の粉からは逃げなくては。


そうして杉山への長い説教が終わると羽毛田は立ち上がりつかつかとオフィスの端の席に歩み寄ると鋭い罵声を発した。


「山田! お前こないだ一つ取り引き先逃しただろ! 居残りだ! しばらく定時で帰れると思うなよ⁈」


……そうして羽毛田の怒声が一日中続くのが私たちの職場だ




「なんなんよ、あのハゲ……! 自分はなんも出来んくせに威張りくさりやがって……」


ドン、と乱雑に飲み干した生中をテーブルに置くと同僚であり友人である真向かいの恵子を見る。

今日は仕事終わりに呑んで行こうということになったのだ。

恵子もうんうん、と頷きながらビール片手に私に同調する。


「本当にねぇ。今度残った髪毟ってやろうかしら」


そうして暫く呑みながら羽毛田の愚痴を言い合っていたら、何やら隣のテーブルから視線を感じ私はそちらを振り返った。

見ると、何という特徴のない風態の白シャツを着た壮年の男が静かな笑みを浮かべ私たちを見つめていた。

そうして私と目が合うとにっと笑い口を開く。


「姉ちゃんたち、職場の上司にご不満かい?」


「ええ、うん…… ごめんなさいね、耳障りだったかしら?」


「いやいや、そんなことねーよ? 酒場は愚痴を垂れる場所さ」


男はクスクスと笑うとグラスの酒をグイと飲み干した。


「それより、どうかね? 聞いてりゃ本当にひでー上司みてえじゃねえか。そんなあんたらに良いもんがあるんだけど」


「あら、何かしら」


興味深けに私たちは男が鞄をゴソゴソと探るのを見つめる。

そうして男が取り出したものを見て私たちは唖然となった。


「おっ、今ちょっとゾッとしたろ? 『こいつあぶねー』とか思っちゃった?」


男が手にしていたそれは手のひらに収まる藁人形だった。

それは本格的なブツのようで、私は男がそれを取り出した瞬間異様な空気すら感じた。

私たちが顔を見合わせて、退席しようとした雰囲気を察したのか、男は手にしたブツに不似合いな陽気な笑い声で私たちを引き留めた。


「まあ、待て待て。話を最後まで聞いて損はさせねーよ。これはありきたりな人を祟り殺すためのもんじゃねー。この藁人形はな、呪った相手の人格だけじゃなくて姿まで入れ替える効果があるんだ。すげーだろ?」


……バカにしてるんだろうか

私はムッとして男に言い返す。


「なによ、おじさん。そんな怪しいものを私たちに売りつけようって算段なわけ?」


しかし、私の剣幕にも怯まず男は両手を広げて余裕の笑みを崩さない。


「おいおい、これは慈善事業だぜ? あんたらから儲けようなんて思っちゃいないよ。お代は焼酎一杯でいいさ。損な話じゃないだろ? 騙されたと思ってさ、な? 俺を信じてみねーか?」


私たちは顔を見合わせて小声で相談を始めた。

……たかが焼酎一杯でいいなら

そう考えたのが間違いだったのか正解だったのか私にはわからない。




私たちは結局、男から藁人形を購入し、今晩は恵子も私のアパートに泊まることになった。

シャワーを浴び、ルームウェアに着替えて呑み直しの準備を始め、そしてあの藁人形を取り出す。

思わず私はため息をついてしまう。


「あー……もう、本当バカみたい。なんであんな男の口車に乗っちゃったんだろ」


恵子は笑って藁人形の額にデコピンを食らわす。


「まあ、いいじゃない。焼酎の一杯くらい。なかなか口の上手いおっさんだったわ。話のネタくらいにはなるでしょ」


こんな怪しいものを勢いで買うことになったのはやはりあの男の口が上手かったからだろう。


『わかんねーか? お姉ちゃんたち? その気になればこれであんたらの職場のうるさいハゲが明日からコムタクになるんだぜ?』


確かそんなことを言っていた。

もちろんそんな事は信じていないけど。

しかし、藁人形から発する異様な空気のようなものに私は息を飲む。


「上司がコムタク……」


「夢のようなシチュエーションよね……」


コムタク……

本名、小村琢磨こむらたくま

人気ドラマの主演を何度も務めた誰もが知ってる我らが国民的アイドルだ。

私たちは互いに顔を見合わせコクリと頷く。


「とりあえずやってみますか」


物は試し。

私たちはおっさんの説明通りに藁人形の術式を施すことにした。

まずは羽毛田の顔写真を藁人形の体内に納めなくてはならない。


「はい、これアルバム」


「えーーと…… ハゲはどこよ? いたいた! 顔ぶちぬいちゃってもいいわよね?」


アルバムの社員旅行から羽毛田を見つけると恵子はハサミで勢いよくその顔を切り取り始めた。


「ハハハ! 恵子ひっどーーい‼︎」


「美智子もノリノリじゃん!」


「そんで藁人形の中にハゲの顔写真を…… 頭部にはコムタクの写真ね」


コムタクも同様に顔写真を切り抜き、藁人形の頭部へと糊で貼り付ける。

そして最後は藁人形の前にお酒を供えて、おっさんに聞いたあの呪文を唱えるだけだ。


「よし、じゃあいくわよ……」


私たちは開けたビール缶を藁人形の前に置くと目を閉じて両手を合わせる。


「「神様! 羽毛田嫌蔵はげたけんぞうがコムタクになりますように!」」


その瞬間、藁人形から白い煙が発生し、ビール瓶の中の酒がジュワッと音を立てて消えてなくなった。

私たちは驚いて抱き合いながら後ずさる。


「うわわっ!」


「ひえっ!」


私たちは抱き合いながら暫く震えていたが、それ以上のことは何も起こらず落ち着きを取り戻し藁人形を観察する。

コムタクの顔写真が貼りついたそれは何も変わらず、自分たちの間抜けさに思わず私たちは笑い出した。

どんな仕掛けかは分からないが、あのおっさんの悪戯かなんかだったのだろう。

私たちはひとしきり笑うと藁人形をゴミ箱に投げ捨て、テーブルに着座し直す。


「もう、なんだったの、今の煙り……」


「……はあ、アホくさいわね。呑み直そっか」


「そうね……」





次の日、私たちは一緒に出社した。

いつもと変わらない朝、会社に近づくに連れて同僚の見知った顔が増えていく。


「おはようございまーす」


「おはよう」


やがてオフィスの自席に着くが今日は羽毛田の姿が見えない。


「あれ、ハゲがまだ来てないわね。珍しい」


「本当、珍しいわね」


いつもは30分前には着席し、もうすでに濁声がオフィスに響いている頃なのだが。

おかげで雰囲気が軽いわ、と談笑していると出社時間である9時はとうに過ぎた。

流石に何かあったのかと誰もが首を傾げていると軽快な足音が聞こえ、けたたましく扉を開ける音が背中の方から聞こえてきた。


「あ、ウィッスウィッス! すんません、遅れました〜」


なんなんだ……

どこのバカな新入社員だ?

羽毛田に怒られるぞ、と振り向いた私たちの目に飛び込んできたのは……


「「えぇぇぇぇぇぇぇぇ‼︎」」


少し日に灼けた肌に焦げ茶に染めた長髪にワイルドな風貌。

うちの会社はスーツ着用が義務なのに私服で出社するふてぶてしさ。淡い色のシャツからは引き締まった筋肉がうっすらと見え隠れする。

それは見飽きるほど見飽きた国民的アイドルの顔だった。


「こここここ、コムタク⁉︎」


「コムタクじゃん⁉︎」


私と恵子は驚いて椅子から転げ落ちる。

男は怪訝な顔で私たちを見つめ心配そうな顔で歩み寄ってきた。


「は? 俺、羽毛田だけど……」


……嘘つけ!

何処からみても100%のコムタク。

そこには皆からの嫌われ者羽毛田は居なかった。

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