室映士は戸惑う
今話より第三章に入ります。
引き続きのお付き合いを頂けましたら嬉しいです。
そして新章第一話ですが主人公ではなく室映士の視点でのスタートとなります。
楽しんで読んで頂けますように!
「おい、じゃじゃ馬。……話がある」
自室で目を閉じたまま、室映士は自分の中に居る千堂沙十美へと声を掛ける。
『え? えっと、い、今かしら?』
室の呼びかけに対し、沙十美からは焦った様子で返答が来る。
「あぁ、今だ」
『あ、あのね、もう少し後でも……』
「……今だ」
『わ、わかったわよ! けど、知らないからね!』
いつも通りに霧が現れた後、黒い服を着た沙十美とその隣に白い服を着た少女が室の前へと現れる。
「おい。……誰だ?」
見覚えのない存在に室は眉をひそめる。
少女は沙十美の後ろに回り込むと、彼女の黒い服をぎゅっと掴みながら覗き込むように自分をじっと見つめてくる。
一方の沙十美はと言えば、ばつが悪そうに視線を泳がせたまま、何も話そうとしない。
三人共にしばらく黙っていたが、埒が明かないと判断した室が口火を切る。
「……殖えたのか?」
「ちょっ! あんた相変わらず失礼ね。そもそもそれを言うならせめて『姉妹か?』とかでしょうよ! 殖えたって言葉を選ぶあんたはどうかと思うわ! ん? いや、確かにベース的には蝶だから言葉的におかしくは……」
室の言葉に激しく反応した沙十美は、その後ぶつぶつと呟いている。
今日もこいつはうるさい。
室がそう考えているのを少女は無表情で見つめていた。
だが沙十美の叫びを聞くと、自分もと言わんばかりにぎゃんぎゃんと騒ぎ出した。
『大きな私。あいつの名前は『あんた』と言うのか? おい、あんた! 大きな私に変なことを言うな! いじめるなぁっ!』
「大きな私」と、この少女は言った。
よく見れば、確かにこの二人は似ている。
似ているどころか、確かに大小の千堂沙十美ではないか。
同じだけあって、やかましいところは一緒なのだなと室は思う。
「しかしこの小さい方の声はどこから出てるんだ?」
室は沙十美に対し、進行中の仕事の都合で、こちらの指示があるまでは外に出ないようにと言い含めてある。
最近は自分の中からも存在がふっと居なくなるとは思っていた。
つまりはこの少女が関係していたということか。
そう納得をしたところで室は本題に入ることにする。
だが、この小さい方に騒がれても面倒だと室は口を開く。
「まずその小さい方に退場してもらいたいんだが」
「わ、分かったわ。小さな私、ちょっとこの人とお話があるの。また何かあったら教えてね」
『うん、分かった! あんた! 大きな私を困らせたらゆるさないからな!』
びしりと室に指を突きつけ、まくし立てると少女は唐突に自分の目の前から消え失せた。
嵐のような出来事にあぜんとしながら室は沙十美を見てしまう。
「あ、あんたの今の顔、なかなか見られない表情してたわよ。うぷぷ、傑作だったわ。……っと、いけない。それでどういった話かしら?」
「冬野つぐみの件だ。少々厄介なことになった」
「つぐみの? ……どういうことかしら?」
沙十美の声を聞き、一瞬だが自分の体が凍る。
相手からの鋭利な眼差しを、自分も逸らすことなく見つめ返す。
今、自分は彼女に威圧されたということか。
その思いを見せることなく、室は沙十美へと言葉を続けていく。
「……落月に、『観測者』と呼ばれる組織の監視役がいる。そいつにお前と冬野つぐみの存在を知られた」
「監視役に見つかってしまったの? そんな、それじゃあ……」
「それでだ、その観測者からの言伝を預かっている。見逃してやってもいい、との事だ」
「え? それは一体、どういう意味かしら?」
戸惑いを見せる沙十美に、室はため息混じりに答える。
「見逃す代わりに、お前と冬野つぐみに話を聞きたいそうだ。そうすれば上には何も言わないそうだ」
「話をしたい? ねぇ、あんたの知る限りの観測者とやらの情報を聞かせて」
不安そうな沙十美の声を聞きながら、室の本能が周囲に視線を走らせる。
「組織内の発動者達の動向を観察し、上に報告している監視者。随分と変わりもので、こいつの姿を見たことがある奴は、ごく一部の人間だけだろうな」
「あんたはそいつに会ったことはあるの?」
「……」
「どうしたの? 具合でも悪いの?」
先程から感じているこの部屋の違和感に黙り込んだ室を、沙十美が心配そうにのぞき込んでくる。
(この感じは……?)
――どうやらここからは、少し発言を考えてすべきなのかもしれない。
室はそう考え、静かに息を吐く。
「体調は問題ない。会ったことがあるかという件だが、それだからこの話をしているわけだからな。お前が観測者と話すのはいつでも出来るだろう。問題は冬野つぐみの方だ」
「つぐみ? それはその観測者ってやつが危険だから?」
室が見る限り、沙十美の口調に変化はない。
つまり彼女は、この部屋の違和感に気付いていないということ。
「危険がないとは言わない。おそらくだが観測者は、自分の興味を組織の仕事よりも優先するタイプのようだ。まぁ、そのおかげで今この状態でいられるわけだが」
「じゃあ一体?」
「彼女には常に、白日の発動者が誰かしらそばについているだろう? 白日の奴らも含めて観測者に会わせるのはまずい。……白日に、観測者の存在を知られるわけにはいかない」
室の言葉に沙十美がうなずく。
「なるほどね。だからそいつにつぐみ一人だけを会わせる必要があるということね。ふーむ、どうしたらいいかしら」
「お前がこのあいだ発動させた、胡蝶の夢とやらを使うのはどうだ?」
「そうね、それが一番無難なんだけど。でもその観測者がどこにいるか分からないわよ、私」
「……ということだがどうする、観測者?」
「え? 何を言ってい……」
「……そうですねぇ。胡蝶の夢ですか? すっごい気になりますね! あぁ、でもそれだと意識を支配される可能性もあるかぁ。残念だけど却下ですね。うーん、でもすごく気になります! 体験してみたいなぁ!」
唐突に自分の耳に届くのは自分たち以外の声。
(……やはりいたか)
嬉しそうな声が響く中、室は小さくため息をつくと次に発するべき言葉を考え始めた。
お読みいただきありがとうございます。
次話タイトルは「観測者は求める」
観測者、ぐいぐいと動き出していきます。




