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冬野つぐみのオコシカタ  作者: とは
第二章 10年前の昔話

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10年前の昔話 その1

これは十年前のお話。

品子は17歳。

惟之は19歳の時のお話になります。

 部屋の前で品子は一度、深呼吸をする。

 ここは二条の管理区にある一室。

 右手の軽く握った手を、扉に二回打ち付ければいい。

 そう、それがノックだ。

 そして『先輩、入りますよ』と言えばいいだけなのだ。


 たったそれだけのこと。

 だが品子はそれが出来ずに、かなりの時間を扉の前で立っているだけ。

 学校が終わってからの(わず)かな時間しかここに居られないというのに、これでは時間がもったいない。


「……だめだ。こんなことでは!」


 軽く握っていたはずの手は無意識のうちに力が入っていたようで、広げた手のひらに、くっきりとした爪の跡が見えた。

 ふるふると首を振り、前を向く。

 一緒に揺れるおさげ髪にそっと触れ、ぐっと気合を入れる。


「しっかりしろ! こんな弱気でいるのは私らしくない!」


 大きく手を振り上げノックを一回、二回。

 次は笑顔でこの部屋に入っていけばいいだけだ。


 もっともこの部屋の主は、品子がどんな表情をしているか知ることはない。

 それに今の彼にとって、品子の表情など、どうでもいいことなのだろうから。


「先輩、失礼します。人出です」


 品子の声は震えている。

 その原因はこの薄暗く、光が拒まれた部屋のせいなのか、あるいは。


「……品子か。毎日くる必要はないと、昨日も言ったが」

「そうでしたっけ? 私、そんなことを言われたなんて覚えていませんけど」


 声を掛けながら、窓に向かい鍵を開ける。

 カラカラと音を立てながら開く窓から、心地よい風が部屋の中に入ってきた。


 目は見えなくても、風は感じることは出来る。

 今は何でもいいから、何か彼の心を揺り動かすものを。


 そう願い窓を開けたまま、振り返りベッドにいる人物を見つめる。

 相手は上半身こそ起こしているものの、こちらを向く気配が全くない。

 その顔には両目の部分を覆うように巻かれた包帯。


 彼は。

 (うつぼ)惟之これゆきは、数日前の『事故』により右目の視力を失った。 


 薄暗い部屋でないと目に痛みが走るということ。

 ここ本部ならば、治療班が誰かしらは滞在している。

 それもあり体調が急変しても対応できるということで、事故の日からずっと彼はこの部屋で過ごしていた。


 『事故』

 そう言われても品子にはちっとも納得ができない。

 だがそれを声高(こわだか)に言うほど子供でもない。

 品子以上に納得が出来ないであろう人達が、何も語らないのだ。

 今回の事件の部外者ともいえる自分が、何を言えるというのだろう。


「品子。ヒイラギとシヤはどうしている?」


 惟之は品子が来ると、まず第一にこの質問をする。

 申し訳ないが答える内容はいつも一緒だ。


「三条の管理区にいますよ。今は母が一緒にいるので、そんなに心配しなくても大丈夫です」

「……そうか」

「たまには違う質問でもしてくださいよ。『品子はどうして今日も可愛いんだい』とかでもいいんですけどね」

「……」


 品子なりに頑張って出した会話は、沈黙をもって強制終了となった。

 わかってはいる。

 そもそも彼は、普段からそんな言葉を出すタイプでもないのだ。


 ヒイラギとシヤ。

 品子の大切な従兄妹。

 彼らは大好きな母親を失った。


 あろうことか周りの大人達は、その母親の最期の姿まで小さな彼らに見せつけたという。

 品子が知らせを受け、彼らの元に着いた時。

 二人とも茫然(ぼうぜん)と、……いや、違う。

 絶望の中で、品子に救いを求めてきた。

 それなのに品子はただ、抱きしめることしかしなかった。

 何も出来ない無力な自分。

 今もその時も品子の立ち位置は、全く変わらないままだ。


「とにかく! ヒイラギ達は任せてください。彼らを心配してくれるのはありがたいのですが、まずは自分を優先してほしいです。はい! 今日の手土産は、私のお気に入りのお店のチョコですよ。二個しかないから、一個しかあげませんからね」


 サイドテーブルを惟之のそばへと寄せ、持ってきたチョコレートを一つテーブルへと載せる。


 渡したチョコレートは、昨日と同様に、惟之に触れられることはない。

 さして大きくもないテーブルにぽつりと置かれたチョコレートは、薄暗い部屋の中にもかかわらずさらに小さな影を作っている。

 品子は下唇をかみ、うつむく。


 ……今だけは先輩の目が見えなくてよかった。

 自分の頬をつねり、無理やりに笑顔を作る。


「もう! 食べないんですか? だったら私、食べちゃいますからね! 後で欲しいって言ったってあげませんよ」

 

 なるべく大きな音を立てて包装紙を取り、チョコレートを口に放り込む。

 

「ふもぅ、せっかくおきにいりのひゃつを持ってきたっていふのに。先輩、私と一緒でダイエット中でしたっけ?」


 チョコレートはあっさりと品子の腹に収まり、部屋は再び沈黙が支配する場所となる。

 

「……治療班に、目の治療を拒否したというのは本当なのですか?」


 沈黙に耐えられず品子は問いかける。

 治療班は言っていた。

 右目は完全に視力を失っていると。

 瞼を開けることも出来ないのに、治療を拒否しているのだと。


「今は、何も考えられない。……着替えたいから、今日は帰ってくれないか?」


 どうやら、今日はここまでのようだ。


「はーい、わかりました。チョコも食べたし帰りますね。何か必要なものあれば明日くるときに、持ってきますけど?」

「特にない、俺は大丈夫だから。……そう毎日、来なくてもいい」

「はい。わかりました」


 窓を閉めながら、惟之の言葉の前半部分に返事をし、後半部分は聞き流しておく。


「ではお邪魔しました! ちゃんとご飯を食べなきゃだめですよ!」


 返事は、ない。


 本当に大丈夫だというのならば、答えてほしいのに。

 言おうとした言葉を飲み込み、品子は扉を静かに閉めた。



◇◇◇◇◇



「あら、里希? どうしたの。こんなところに居るなんて珍しいね?」


 三条の管理区に居たのは蛯名(えびな)里希さとき

 品子より二つ年下で十五歳の一条所属の少年だ。

 いつもにこにこと、品子の話を楽しそうに聞く姿は本当に可愛らしい。

 彼の傍にはヒイラギとシヤが居る。

 ヒイラギの手には、猫の小さなぬいぐるみが握り締められている。

 数日前に品子がガチャガチャのおもちゃで手に入れたものを、ヒイラギが珍しく欲しいと言ってきたのであげたものだ。


「あ、品子先輩。父からの使いで今日はこちらに来たんです。それじゃあ、ヒイラギ君、シヤちゃん。……またね」


 里希は二人の顔を一人ずつ正面から見た後に、彼らの頭を撫でてから品子の方を向く。


「では失礼します」


 その言葉と共に立ち去ろうとする里希を、品子は呼び止める。


「待って里希。私のお気に入りのチョコレート最後の一個、里希にあげるね」

 

 鞄から先程たべ損ねた自分の分のチョコレートを取り出し、里希に差し出す。

 里希はそれをそっと受け取り、こちらに笑いかける。


「ありがとうございます。とても美味しそうですね!」


 チョコレートと品子の顔を、交互に見ながら再び笑う。


「ふふふ、里希は可愛いからね。あげちゃうよ!」


 ことばと共に、品子は彼の右目の下にあるほくろにそっと触れる。

 いつものように彼は顔を真っ赤にして言うのだ。


「からかわないでください。男なのに可愛いと言われても、……困ります」


 そう言ってうつむく仕草が、やはり品子には可愛らしいとしか思えない。

 なにせ彼は、品子が羨ましく思うほどの色白な肌の持ち主だ。

 加えて柔らかな笑みに、すっきりとした顔立ちに儚げな立ち姿。

 何だかこちらが守ってあげたくなるではないか。

 こちらを見つめる瞳も、黒というよりも薄い茶色の透き通るような色合い。

 そんな瞳で見つめてくるのだ。

 可愛いと言っても仕方がないだろう。

 だが本人が困っているというのなら程々にしておかねば。

 そう思いつつ彼へと別れの挨拶を済ませる。


「また美味しいもの見つけたら、里希にもあげるからね! 気を付けて帰るのよ」

「はい、ありがとうございます。では、今度こそ失礼します」


 ペコリと礼をして、里希は帰っていく。

 自分達も帰るべく、品子はヒイラギ達に声を掛ける。


「ヒイラギ、シヤ。そろそろ帰ろうか。……あれ、どうしたの?」


 二人ともじっと下を向いたままで、動こうとしない。

 ヒイラギに近づき肩をぽんと叩くと、彼の体がびくりと揺れた。


「え、ちょっと。どうしたのヒイラギ? どこか痛いの?」

「ちっ、ちがうよ、しなお姉ちゃん」

「でも顔色が悪いよ。熱とかあるのかな?」


 品子はヒイラギの額に触れる。

 汗ばんではいるが、熱はないようだ。


「よかった。熱があるわけではなさそうね。さぁ、帰ろう! 私は母さんを呼んでくるからここで待っていてね」

「嫌だ! 一緒に行くよ! ……一緒に、行かせて」


 一緒に行きたいなんて、可愛いことを言ってくれる。

 品子はその言葉に、にんまりと笑う。


「ふふふ。いいよ、じゃあみんなで母さんを迎えに行こう! さ、手を繋ごうか」


 両手を前に出すと、二人ともぎゅっと品子の手を握ってくる。

 ヒイラギは猫のぬいぐるみをせっせとポケットに入れると、慌てながら手を差し出してくる。

 小さくて温かい大好きな二人の手。

 ぎゅっと握り返し、自分の両腕をぶんぶんと振りながら進む。


「しなお姉ちゃん、手をにぎってるのむずかしい!」


 ヒイラギが品子に言う。


「そりゃそうだよ。これだけ大きく振り回しているからね~!」


 品子は、ヒイラギを見ながらにやりと笑うと、もっと大きく腕を振るのだ。

 きゃあきゃあ言いながら、二人共ようやく笑ってくれる。

 可愛い笑顔を両側に見ながら、品子は母の居る部屋へと向かって行くのだった。

お読みいただきありがとうございます。

次話タイトルは「10年前の昔話 その2」です。

昔話というものは結構長いものです。

そこそこ続きますのでどうぞお付き合いをお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] ……誰ぇっ!?Σ(゜□゜;) というのが最初の印象でした(笑) 品子先生にもこんな時期があったのですねぇ……。 誰だコイツ!?(;゜ロ゜) というのがビンタ野ろ……もとい里希への印象でした…
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