表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冬野つぐみのオコシカタ  作者: とは
第一章 木津ヒイラギの起こし方

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/320

冬野つぐみと少女の場合

「嘘! だってさっきまでここに居たのは、三人だけだったはず!」


 つぐみの声が響く。

 ここはただ広いだけの何もない白い空間。

 誰かが近づけば、すぐに認識できたはずだ。

 つまりこの子は、『突然』現れたということになる。


「つぐみ! なにぼさっとしてるの!」


 沙十美がつぐみと女の子を引きはがすように、体を引っ張り立ち上がらせた。

 こちらの急な動きを、予想していなかったのだろう。

 少女はつぐみが立ち上がった勢いで、そのまま尻もちをついた。

 引っ張られるまま、つぐみは数歩さがり距離を取る。

 混乱した頭を落ち着かせ、離れたその子をつぐみは見下ろした。

 白いワンピースを着た長い髪の少女は、小学生くらいの年ごろに見える。

 髪が顔を覆っているため、表情はうかがい知ることが出来ない。


「さ、沙十美。何が起こったのか教えて欲しい」


 腕を掴んで離さない沙十美に声を掛ける。


「正直、私があなたに聞きたいくらいなんだけどね。あなたがヒイラギ君に話しかけている時に、白い蝶が寄って来たのよ。いいえ、寄って来たというよりは、空中から突然に現れたように私には見えたわ」


 この現象に驚いていたのは、つぐみだけではないようだ。

 声を震わせ、沙十美は説明を続けてくれる。


「それでどんどん蝶が増えてきたと思ったら、あなたの隣に、突然その子が現れたのよ。しかも出てきた途端にあなたに噛み付いてるんだもの」


 改めて自分の腕を見れば、右腕にはっきりと残る小さな歯形がある。

 かなり強く噛んできたようで、血が滲み出してきていた。

 これは、つぐみを敵と認識していることだ。


「あなたはあなたでそんな状況なのに、ちっとも動かないんですもの。だから声を掛けて引っ張って、この状態の出来上がりって訳」

「解説ありがとう。これはつまりこの子が……」

「えぇ、この子がもう一つの目的だった子。『変異した毒』でしょうね」


 自分の話だと認識し、女の子はつぐみ達を見上げてきた。

 子供らしからぬ強い意志を秘めた瞳は、こちらを射抜くように睨みつけてくる。

 隣りにいる沙十美の口から、「嘘でしょ」と呟く声が聞こえた。


 この顔は、知っている顔。

 知ってはいるが、決して出会うことは無いはずの顔を見つめ、思わずつぐみは呟く。


「な、何で沙十美が?」


 一方、名前を呼ばれた沙十美は苦笑いを浮かべている。


「まぁ、そうなるわよね。だって私が元なんだから」


 ――その女の子は、幼い沙十美の姿をしていた。



◇◇◇◇◇



「何で沙十美が二人もいるの? あと、……沙十美ってやっぱり小さい頃から可愛いんだね」

「動揺すると、訳の分からないことを言い出す。こんな時でも、つぐみは相変わらずみたいね」


 呆れながら答える沙十美と、小さな沙十美を交互に見つめる。

 少女はつぐみを睨みつけたままヒイラギのそばへと向かい、彼をかばうように立ちはだかった。


 明らかに、つぐみ達を警戒をしている。

 ならば、敵意が無いことを伝えるべきだ。


「あ、あのね。小さい沙十美ちゃん? 私達は、あなたにひどいことをするつもりは無いの。ただ、ヒイラギ君に起きてもらって、元の世界に戻ってほしいだけなの。だから心配しないで」


 相手を驚かせないようにゆっくりと、なるべく優しい言葉で話しかけてみる。

 すると少女は戸惑い気味に自分の喉に手を当て、こちらを見つめ口を開く。


「ぎ、ぎいがぎ、がどぎ」


 少女の唸るような声に、つぐみは沙十美と顔を見合わせる。


「どうしよう、沙十美。この子、お話ができないみたいだよ」

「ちょっとこれは予想外ね。意思の疎通が出来ないとなると……」


 これでは彼女に、ヒイラギの眠りを止めさせることが出来ない。

 ならば直接、ヒイラギに起きるように促していくべきだ。

 そう考え、彼のそばに向かおうと一歩前へ出る。


『来るな!』


 頭の中に、声が響く。

 幼い声、これは目の前にいる彼女の声なのか。

 だが言葉は、彼女の口から発せられたものではない。

 思わず後ろにいる沙十美を振り返る。

 彼女も同様に驚いている様子だ。

 つまりこれは、二人に聞こえた声。

 彼女は話すことは出来ないが、自分の意思を伝えることは出来るのだ。


『やめろ。この人に触るな。ひどいことを言うな。来るな来るな嫌い嫌い!』


 彼女の感情そのままに入ってくる言葉。

 声の大きさに、頭に割れそうな痛みが襲いくる。

 思わず頭を両手で抱えながらつぐみも叫んでしまう。


「聞いて! 私は彼に、ひどいことをしない!」


 大声に驚いたのだろうか。

 ようやく頭の中に響く言葉が途絶える。 

 ヒイラギを抱えるようにしがみついた彼女は、鋭い目つきで(まばた)きすらせずに、こちらをにらみつけていた。


 この子は、ヒイラギを守りたいだけなのだ。

 理解をしたつぐみは、再び彼女に語り掛ける。


「聞いてくれてありがとう。あのね、私はあなたを困らせるために来ていないよ」


 ゆっくりとしゃがみ、彼女との目線を同じ高さに合わせてから話を続けていく。


「あなたがヒイラギ君、そこにいる男の子を守りたいのは分かったよ。急に人が来て怖かったのね? ごめんね、驚かせて」


 彼女は何も言わず、つぐみを見つめたままだ。

 ただ先程までと違い、その目には敵意は無くなりその分、とまどいが現れ始めている。

 少なくともつぐみ達が、自分や彼を害する存在ではないと認めてくれたのだ。

 話を続けてこちらの気持ちを理解してもらい、彼を起こすのに協力してもらおう。

 態度の軟化にほっとしながら、つぐみは再び口を開いた。


「彼に、ヒイラギ君に帰ってきて欲しいの。皆が彼をずっと待っているの。だから……」


 つぐみの言葉に、少女の顔色が変わる。


『みんな? この人にひどいことを言う、……みんな! この人を泣かせたみんな! 待っている? この人を傷つけたいから待ってるの? 許さない。ひどいひどい嫌い嫌い!』


 再び響く彼女の声。

 ……そうだった。

 つぐみにとっての「皆」はシヤ達のような、ヒイラギを大切に思う人達。

 だが彼の心の声を聞き続けた彼女にとっての「皆」は、ヒイラギを傷つけた人達という認識なのだ。

 なんということだろう。

 せっかく開きかけた彼女の心を、つぐみは再び閉ざしてしまったのだ。

お読みいただきありがとうございます。

次話タイトルは「千堂沙十美と少女の場合」です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ここに来て沙十美(小)が出現するとは!? 良い意味で先の展開が読めませんね。 しかし幼女の頃から可愛いのか。 いいね、でもそれをこの状況下で云うつぐみも面白いです♪
[一言] 小さくともさすがは沙十美、敵に回すとかなり厄介ですな…(゜Д゜) タルトで釣れるなら一番簡単そうですが、まぁそうはいきませんね(笑) どうやって攻略するのか楽しみにしてます!
[良い点] いやぁ、なんとなく沙十美ちゃんの同位体かとは思っていましたが、純な少女(幼女?)で来るとはね! 子どもを説得するのって、感情論でくる相手に対してツグミがどう出るのか! 楽しみでなりません…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ