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冬野つぐみのオコシカタ  作者: とは
第一章 木津ヒイラギの起こし方

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千堂沙十美は決意する

「あ、先生! もう沙十美が居ます」

「おや、本当だ。待たせてしまったようだね」


 時刻は午後十二時三十五分。

 戸世(とせ)市の南西にある戸世病院。

 つぐみ、そして惟之と品子の三人は、総合受付前に立っている沙十美の元へと近づいていく。


 一緒に病院に行きたい。

 シヤからそう言われたものの、彼女には木津家で待機してもらっていた。


 室の機嫌を損ねて、万が一のことがあってもいけない。

 以前の経験もあり、その結論を出した時、シヤはつぐみ達にこう言ってきたのだ。

 

「つぐみさん。兄さんがどれだけ嫌がっても、必ず起こして帰ってきてください。兄さんがいない間のことを、早く報告しなければなりませんから。……兄さんがいるのはそこでは無くこちらだということを、しっかりと伝えて来て下さい」


 あの時のシヤには、一緒に行けないもどかしさが表れていた。

 今日こそは沙十美に協力してもらい、ヒイラギを目覚めさせ一緒に帰るのだ。

 その決意を新たに、つぐみは品子達を見つめる。 

 やがてその視線は、二人の頬へとすいよせられていく。


 昨日の品子と惟之に、一体なにがあったのだろう。

 最近は二人が出かけると、どちらかの頬が大変なことになって帰ってくるのだ。

 昨日はなんと、二人そろって頬を腫らしているという新しいパターンだった。

 保冷剤とハンカチを渡しながら、つぐみは理由を尋ねる。


「お、大人の事情です」


 と品子が言ったきり、何も教えてもらえなかった。

 一体、大人の事情とは何なのだろう。


 近づいていく自分達に沙十美が気付き、手を振ってくる。


「来てくれてありがとう、沙十美。あれ、室さんは?」

「いるわよ。あっち」


 沙十美が指さす先に、窓際で立っている室の姿が見える。

 外の景色を眺めているだけの姿。

 それだけなのに、つぐみの目は彼へと吸い寄せられてしまう。


「なんだか室さんって、何もしてなくても目立つんだね」


 思わずつぐみは呟いてしまう。


「そうなのよね。最初は一緒にここに居たんだけど、周りの視線が気になっちゃって。だからあそこの隅っこに追いやっておいたわ」

「……あの室を相手に、追いやったってすごいな」


 さらりと出された沙十美の言葉に、惟之が驚きの声を上げている。


「さて、手早く済ませましょう。あいつ煙草が吸えないってうるさくて。傍に居なくても、ちゃんとあいつは距離を空けてついて来てるから。気にせず行きましょう」


 確かにあまり時間を取らせてもいけない。

 沙十美を連れて、ヒイラギへと病室に入っていく。


 静かな部屋。

 ヒイラギはそこで眠り続けている。

 入ってくる日の光で部屋は明るいのに、そのまぶしさを知ることなく彼は眠り続けていた。

 体の上を通っている、いくつかのチューブが痛々しい。

 沙十美はヒイラギの姿を見つめ、つぐみ達へと声を掛けてきた。


「ちょっと席を外しますね。五分程で戻れると思います」


 つぐみがうなずくのを確認し、沙十美は部屋を出て行った。

 話をするために、室の元へと向かったのだろう。

 いずれにしても、こちらは待つことしか出来ない。

 願いを託し、つぐみは呟く。


「お願い、沙十美。どうかヒイラギ君を……」



◇◇◇◇◇



 ヒイラギの病室から出た沙十美は、目を閉じ室の気配を探る。


「……こっちね」


 再び目を開き、廊下を進んだ先には、椅子の傍らにいながら座ることもなく佇んでいる男。

 思ったより響く、自分の靴音を耳にしながら彼へと近づいていく。

 室は一度ちらりとこちらを見たものの、背を向けたまま動こうともしない。

 そのまま振り向きもしない室の後ろに立つと、服の裾をそっと掴み尋ねる。


「ねぇ、あんたさ。私がいなくなったら寂しい?」


 突然の問いに動ずることも、振り返ることもなく室は答える。


「寂しくはない。ただ今回の件でお前が消えたら、俺はあいつら全員を消す。……それだけだ」


 問いに対しての拒否でありながらも、沙十美を拒絶したものでもない。

 実に彼らしい答えに、口元に笑みが浮かんでしまう。

 そしてそれは沙十美の心に、今までになかった感情を芽生えさせた。


「随分と穏やかじゃない答えをありがとう。じゃあ私が消えるまであんたは、私の傍から離れないで。……今回に限らず、これからも」

「それを決めるのはお前ではない。さっさと済ませてくれ」

「わかった。勝手にどこかへいかないでね」

「それを決めるのもお前ではない」

「はいはい、素直じゃないわね。……じゃあ行ってくる。だから待ってて」

「ここの空気は好きではない。そんなには待たない。早く行け」


 掴んだ時と同様にそっと指を離し、再び来た道を戻る。

 きっと彼は、あのまま自分の方を見ることもないだろう。

 そして沙十美も、振り返るつもりもない。


 約束した。

 すぐに済ませて帰ると。

 約束した。

 だから必ず戻る。


 念いを、強く持つ。

 大丈夫だ。

 念いの力を、今こそ。


 沙十美は、真っ直ぐに前を見据える。


 私を必要としているつぐみとの。

 そして室との約束を果たしにいこう。



◇◇◇◇◇



「ヒイラギ君の心の中の変化した蝶の毒。これと接触するのは、可能だと思います」


 病室に戻った沙十美はそう告げながら、ヒイラギへと近づいていく。


「本当に? ありがとう沙十美!」


 沙十美のもとへと駆け寄ったつぐみが、ぐっと手を握り締めてくる。


「でも、そう簡単な話ではないの。確かに接触は出来るわ。でもその相手は、今のこの現状を変えたくないと思っている。つまり彼を目覚めさせたいと願っているこちらには、敵意を向けてくる可能性が高い。それを説得して、彼の目が覚めるように促す必要があると考えられるわ」

「説得をして促す? どうすればそれが出来るの?」


 つぐみの問いかけに、沙十美は答える。


「今から私は、その変化した毒に接触を試みる。でも私一人では説得は無理なの。だって私はヒイラギ君のことを知らない。だから彼の心やその毒に、目覚めるように話すことが私には出来ない。だから……」


 一瞬ためらった後、つぐみを真っ直ぐに見つめる。


「つぐみ、あなたに一緒に来て欲しい。彼の心の中に」

お読みいただきありがとうございます。


次話タイトルは「胡蝶の夢」

時期的に某有名漫画様が浮かびますねぇ

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― 新着の感想 ―
[一言] 「大人の事情です」って品子先生、その言い方だと心の汚れた私のような者には、何やら特殊なプレイのように聞こえてしまいますよ! それにしても沙十美と室さんは、何というか繋がりを感じられる雰囲気…
[一言]  つぐみさんと沙十美さんの冒険が始まったりするのでしょうか(わくわく)  次回更新楽しみに待っています。  それと、わがままなのですが、できたら登場人物表が欲しいです。ご検討くださいませ。…
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