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冬野つぐみのオコシカタ  作者: とは
第一章 木津ヒイラギの起こし方

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蛯名里希 

「うぅ、終わった」


 三条管理室から出た品子は呟く。

 惟之と共に頬の痛みと疲れを抱え、ただ足を前へ前へと進めていく。


 ……とにかく、気まずい。

 惟之に、余計なことを知られてしまった気まずさが品子を沈黙させる。

 一方の惟之も、品子と目を合わせることもなく先を歩いていく。

 二人で黙々と歩み続ける中、品子達の後ろから声が掛かった。


「おや、これは二条と三条のお似合いコンビのお二人ではないですか? 相変わらず仲がよろしくて良いですね」


 丁寧だが、一切の情を込めていないであろう言葉。

 声を聞いた品子によぎるのは、面倒くさい男に見つかったという思いのみ。 

 聞こえないふりをして、そのまま立ち去ろうかと一瞬よぎるが、そういった訳にもいかない。

 何せ相手は、品子達よりも立場が上の人物だ。

 無下(むげ)に扱われたと彼に言われたら、品子達二人だけでなくそれこそ上司の清乃にも(るい)が及びかねない相手なのだから。

 小さくため息をつくと、品子は笑顔を作り振り返る。


蛯名(えびな)様、今日はこちらにお見えだったのですね」


 蛯名里希(えびなさとき)

 彼は一条の上級発動者であり、里希の父親であり一条の長でもある蛯名吉晴(えびなきはる)と共にマキエ亡き後の(はら)いを完成させた人物だ。

 その功績を認められ、彼は品子より年下にもかかわらず立場はかなり上の存在となる。


「はい、少々野暮用(やぼよう)がありましたから。それにしても……」


 近づいて来て、ちらりと品子達を一瞥(いちべつ)すると、(あで)やかな笑みをたたえ口を開く。


「先だっての落月の発動者の件。待機との指示だったのに無駄に動き回り、更にはお二人とも足に怪我をなさったとか。そこまで仲良く揃えることもないでしょうに、ふふ」


 (ねぎら)いの言葉からの、素敵なスタートですこと。

 心の中でそう呟き、品子は口を開いた。

 

「ご心配を掛けてしまったようで、申し訳ございません。私共は、すっかり回復いたしましたので」


 互いに口元には、笑顔がこぼれている。

 今の品子と彼の共通点。

 笑いたくもないのに上げた口角。

 そして偽りしかない、互いを思いやるように作られた会話。


 少なくとも十年ほど前までは、こんな間柄ではなかったのだ。

 かつては彼を品子は当たり前のように「里希」と呼び、彼も品子のことを「品子先輩」と呼んで慕ってくれていた。

 彼の右目の下にあるほくろにちょんと触れると、嬉しそうに偽りのない笑顔を品子に向けていたというのに。


 彼の言葉を聞きながら、そんなことを考えていると、無理やりに視線が横へと流されていく。

 頬に感じるのは痛み。

 里希が自分へと平手打ちをしてきたのだ。

 視線を前に戻せば、口を真一文字に結び、鋭い眼差しの里希の姿が目に入る。


「そうやって私を見下すのは、やめていただけませんか」


 ……そんなつもりはちっとも無かったのだが。

 互いの過ぎた時間と距離の違い。

 それらの相違にじくりと心に痛みが走り、比例するように顔もうつむいていく。


「……蛯名様。私どもに、かかずらっていることもないでしょう」


 今まで黙っていた惟之が口を開く。

 里希は驚きの表情を見せると、惟之を覗き込むかのように見やった。


「あぁ、惟之さん。そこに居たのですね。あなたは人に任せてばかりで、何もしようとしない。だから、全く気が付きませんでしたよ。……確かにこの時間は、互いに必要のないものですね」


 (わず)かばかりの笑顔を見せながら、惟之に言葉を投げかけると、里希は背を向け去っていく。

 見送るように彼の後ろ姿を眺めながら、品子は呟かずにはいられない。


「なぁ、惟之。人はどんどん変わっていくんだな。……つまんないほうにさ」

「変わらないというのも、つまらないものかもしれないけどな。まぁ、ここでおしゃべりをする必要はないし帰るとしよう」

「しっかしさぁ。野暮用って私を叩くことかよ。一条の偉いさんが、こんな三条の管理箇所に来る用事なんて絶対ないじゃん」

「絶対とは言い切れないけどな。……しかし俺達は、えらく里希に嫌われたもんだな」

「んー。ここまでされると、さすがにちょっとへこむよな。というかそんなに嫌いなら、関わらなければいいのに」


 彼の態度に変化が起こった理由に思い当たることといえば二つ。

 一つ目はマキエの事件。

 あの事件以降、態度が変わっていったように品子は感じられる。

 里希も惟之と同様に、事件の場所にいた当事者でもあった。

 その際に、何かあったのだろうか。


 そしてもう一つは……。

 だがこれはこちらが『お断り』された方だ。

 恨まれるのは筋違いだろう。

 

「なぁ、惟之。マキエ様の事件の時に、里希に変な様子ってなかった?」

「……悪いな。俺は自分のことだけで全く余裕が無かったんだよ。あいつの様子がどうだったかは覚えていないんだ」

 

 当時の惟之は重傷者だ。

 周りに気を配る余裕は無かっただろう。

 報告書では、里希は怪我もなく帰ってきたと記憶している。


 せっかく本部にいるのだ。

 里希の当時の状況も気になる。

 資料室に寄ってもう一度、マキエの事件の資料を読んでから帰ることにしよう。


「惟之、私は資料室に寄ってから帰るよ。お前は先に帰ったら?」

「何だ? 調べ物なら、二人の方が効率はいいから手伝うが?」

「いや、マキエ様の事件の時の里希の動きが気になってしまって。一度、読み直したくなってさ」

「それほど時間はかからなそうだな。俺も行くよ」

「わかった、じゃあ行こうか」


 品子だけでなく、惟之に対しても里希の態度は冷淡なものだ。

 惟之は里希のことを、どう思っているのだろう。

 先に歩き出した惟之の後を追いながら考える。


 昔から惟之は面倒見がいい。

 品子よりも里希と接点があったのだから、きっと感じるところも多いはずだ。

 だが惟之から、里希に対する愚痴などは聞いたことが無い。

 いや里希に限らずだ。

 他人に対する不平不満もあるだろうに、彼は一切それを出さない。

 何でもかんでも溜め込んで、疲れないのだろうか。

 留めておかずに、誰かに少しくらい吐き出せばいいのに。


『……足りない所はあるだろうし。それならば、違うところで互いに補っていけばいいんじゃないのか』


 昔、ある事件の際に、惟之から語られた言葉をふと思い出す。

 今はだいぶ、補えるようになったと思うのだが。

 あの時を再現するかのように、品子の手が惟之へと伸びる。

 だが、背中に触れる寸前で品子は手を止めた。


 時を経ているからこそ思う。

 言わないことも、補うという方法の一つだということに。 

 伸ばした腕を下ろす。

 先を歩く惟之の背中をほんの少し見つめた後、二条の資料室へと品子は向かうのだった。

お読みいただきありがとうございます。

次話タイトルは「千堂沙十美は決意する」です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 久しぶりにこちらの方を読ませて頂きました。 チャンポンな読み方なので、時々混乱しますが、 品子に関しては相変わらずなので、何処か安心しました。 早くオモイカタを読破して、オコシカタを最初から…
[一言] 暴力反対(๑•ૅㅁ•๑) ……あれ、言ってからなんだか今更感が でもやっぱり暴力反対(๑•ૅㅁ•๑)
[一言] 新しい人物が出ましたが、この時点での感想は「嫌な奴!」ですなぁ。 品子先生の言うとおり「嫌いなら関わらなければいい」のですが、これって案外難しいのですよね。 人は嫌いなものを傷付けたり、下…
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