室映士は判断する
品子は店の奥へと進み、室の前の席が空いているのを確認した。
ここの店長も突然に「六時の君の前の席を空けておいてくれ」などという依頼を受け、さぞ困惑したことだろう。
自分の前の席へと向かう品子達に、間違いなく室は気付いているはずだ。
惟之が室に背を向けて店の奥側のソファーに座ったのを確認し、品子は惟之の向かいの入口寄りのソファーへと座る。
だがすぐさま驚いた表情を浮かべた品子は、席を離れて室の正面へと立った。
「室さん、覚えていますか? 私、多木ノ駅の近くで先週、お会いした鳥海大学の人出です」
自分の名刺を室に差し出すと、にこりと微笑んでみせる。
室は裏側にして渡された品子の名刺を一瞥して受け取ると、同様に笑みを浮かべた。
「……あぁ、人出さん。あの時はどうもお世話になりまして」
互いに偽りの笑顔を顔に張り付けたまま、二人は話を続ける。
「いかがでしょう? 例の件、私としては室さんに少しお時間をいただきたいと思っているのですが」
「……そうですね、なにせ突然のご依頼でしたので。こちらは少々、戸惑っていると言いますか。私個人と言うよりは、相手の方の問題でもあるようですし」
室に渡した名刺の裏に、品子はメッセージを書きつけていた。
『白日という組織としてではなく、人出品子が個人として千堂沙十美と話をしたい』と。
今の返答を聞く限り、室は品子の要望を理解しているようだ。
「では、お相手の方と私が連絡を取るのは可能でしょうか?」
「それはまず相手の都合等もありますから。ここで私が決められるものではありませんね」
思い出すのは、先日の室との出来事。
店内は快適な温度に保たれているはずなのに、汗が止まらない。
鞄の中からハンカチを取り出し、額の汗を拭う。
そうして再び室に向き合った品子の汗が、一瞬にして止まった。
己の手が、ハンカチを強く握りしめていく。
室が先程まで浮かべていた笑顔を消し、表情を無くした様子で見上げていたからだ。
「……いや、決めてしまいましょう。私としては現状、相手に聞く必要はないと判断をしました」
ぞくりと品子の肌が粟立つのが分かる。
無意識のうちに、足が後ろへと下がっていく。
「あなたとしては、周りの状況から私が事を起こしにくい。そう考えているかもしれませんが」
品子の体が動かない。
いや、動かすことが出来ないのだ。
今は顔だけが、かろうじて動かせるのみ。
助けを求めるかのように、自分の立っている場所から真横の位置になった惟之へと視線を向ける。
だが彼も同様に座ったままで、不自然に小刻みに体を揺らすような動きをしているではないか。
周りの人々には変わった様子はない。
つまりは発動者のみの動きを制限する能力なのだと品子は悟る。
そんな動揺など知らぬと言わんばかりに、室は話を続けていく。
「全てをご破算にしてしまえば、何も問題ないのですよ」
それはつまり、ここに居る全員を始末するという宣言。
この男には、一般人が何人いようが関係ないのだ。
ごくりとつばを飲み込む。
話し合いで解決と言うのはやはり無理だったのだ。
非常にまずい。
惟之の体が動かなければ、今回の計画が根本から崩れてしまう。
本来は交渉が決裂した時点で、惟之が近くで待機しているある人物に連絡を取り、この場を収めてもらう予定だったのだ。
何とかして、今の状況をあの人に伝えないと。
このままではこの店にいる人間が全員、殺されてしまう。
「……今一度、聞きたいのですが。考えが改まる可能性は?」
「無いですね。冬鳥のお嬢さんでもいたら、相手の意思もあって交渉の余地もあったのかもしれませんが。……あなたのために今回、協力させられた人達には同情しますよ」
室はぐるりと周りを見渡す。
今更ながらに、つぐみを最初から店に連れてこなかったことを後悔する。
「室さんとの、二度目の交渉も決裂ですか。本当に残念です」
なんとか時間を稼いで、惟之か自分の体が動くようにならないだろうか。
いつもより早く鼓動を打つ、自分の心臓の音がうるさくてたまらない。
さらに品子の耳には、店の入り口の方で新たな客が入店したのを知らせる、ドアベルの音が遠く聞こえてきた。
その軽やかな音色ですら、今の品子には耳障りにガンガンと鳴り響いてくる。
「仕方がないですね。以前にも言いましたが、あなたのその気概は嫌いではないのですよ。私としても残念です」
室が自身の右手を見つめた後、ゆっくりと立ち上がり品子へと近づいて来る。
発動が完了したのだ。
体が動かない以上、品子にはもう術がない。
さすがに今回はつぐみがいない為、沙十美の助けは無いということか。
室の手が触れた時点で、自分の命は無くなる。
ならばせめて最期に何か、言ってやろう。
そう考え、品子は口を開く。
「もう最期になるでしょうから、聞いてもいいでしょうか?」
室の歩みが止まる。
「十年前の事故。……あれは、本当にこちらからの事故だったのでしょうか?」
答えるだろうか。
品子は室の顔を見つめる。
彼はこちらを見つめた後、ぽつりと言った。
「相互でしょうね。その件は」
「それは……!」
つまりマキエの事件は白日、落月どちらにも関わった存在がいるということではないか。
品子の顔色が変わったのを見て、室は続ける。
「知らなくていいこともあったでしょうに。それではお別れで……」
「ここでしたか、室さん! あら? 人出先生、先に話してくれていたのですね」
室の言葉を遮るように、店の入り口の方から声が響く。
駆け込むようにこちらへと向かってくる人物に、品子も室も驚き言葉を失う。
そんな二人に彼女は。
冬野つぐみは笑いかけると再び口を開いた。
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次話タイトルは「人出品子は動揺する」
たまには品子もあわあわします




