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冬野つぐみのオコシカタ  作者: とは
第一章 木津ヒイラギの起こし方

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ひどい人

 数時間後、約束通りに品子は昼過ぎにビルに帰って来た。


「ただいまー、冬野君。さっき二階に九重君がいたよ。今のうちに、お礼を言っておいた方がいいんじゃないかな。このビルに来るのは、今日で最後だからね」


 確かに、資料探しは今日で終了だ。

 今、言わなければ連太郎に会うタイミングは難しくなる。


「ありがとうございます! ちょっと二階に行ってきます!」


 品子と入れ替わるように、つぐみは慌てて下の階へと降りていく。

 二階の部屋では、出雲が書類を段ボールに詰め込んでいる。

 こちらの部屋も今日で撤退するのだろう。

 がらんとした部屋には出雲しかいない。


「すみません、出雲さん。九重さんって、どちらにいらっしゃいますか?」

「あら、こんにちは冬野さん。九重君は資料を車に積み込んでくれているの。下に行けば会えると思うわ」

「ありがとうございます! では下に行ってみます」


 手短に礼を言い、部屋を出て階段を下りていく。

 一階へと降りるが、連太郎の姿はない。

 車に向かったのならば、裏手にある駐車場にいるはずだ。


 外へ出て駐車場に向かおうとすると、資料を運び終えたであろう連太郎が、こちらに向かってくるのが見える。

 彼も、こちらの存在に気付いたようだ。

 なんだか気まずそうな顔をしたのが、つぐみにも見えてしまった。

 昨日のこともある、当然の反応だろう。

 先程の彼の表情に、逃げ出しそうになる心をぐっと押さえる。


「逃げるな、つぐみ! 今、自分は何のためにここに立っているの!」


 気持ちが揺るがように呟き、ゆっくりと彼の方へ向かっていく。


「こっ、こんにちはっ! 九重さん」

「……こんにちは」


 相手が発した言葉と雰囲気の重さにくじけそうだ。

 それでもつぐみは、目を合わさない連太郎へと話を続けていく。


「昨日は私の未熟な判断のために、沢山の人に迷惑を掛けてしまいました。きちんと反省していきます。自分の立ち位置を間違えないように。これからはそれを心がけていきます。だから私……」

「冬野さん!」


 連太郎はつぐみの言葉を遮る。


「冬野さん、自分は。……自分はあなたを。本当はもっと早く、助けることが出来ました」 


 目をぎゅっと閉じ、連太郎は絞り出すような声で語り始める。


「あなたに、とてもひどいことを言いました。それだけでなく、すぐに助けずにいたのです。そんなひどい人間に、あなたが謝る必要は、……ありません」


 連太郎は、うつむいたまま話し続ける。

 言葉の一つ一つに、彼の心の痛みが伴っているようだ。

 そんな苦しげな様子に、つぐみはすぐに言葉を返すことが出来ない。


「昨日も言った通り、あなたを助けていません。ふさわしい行動をしていなかったのは。……ほかならぬ、自分なのです」


 強く握りしめられた拳は震えている。

 彼を見つめ、つぐみは思うのだ。


 ――あぁ。この人は本当に正直な人だ。

 彼は昨日からずっと自分と向き合い、後悔し、話しているのだろう。

 それはとても怖かったに違いない。

 きっと、勇気も必要だったことだろう。

 この人は、本当に優しい人だ。


 自分は知っている。

 本当にひどい人と言うのは……。


「ねぇ、違うんですよ。九重さん」


 声が、とても低い。

 変化に気付いた連太郎が、つぐみの顔へと視線を向けてきた。


「本当にひどい人と言うのは。そんなに苦しいという思いを抱いて、話はしないのですよ」


 目があった連太郎の顔に、驚きの表情が浮かんだ。

 だが、それでもつぐみは言葉を続ける。

 頭の片隅では、続けるべきでないと気付いてはいるのだ。


 それなのに、こぼれ出た『それ』を。

 ――もう止めることは出来ない。


「本当にひどい人は、その言葉を、笑いながら言うんです」


 あぁ、私は一体どんな顔をしているのだろう。

 自分も今、笑っているのだろうか。


 かつての出来事を頭の中で反芻(はんすう)させながら、つぐみはただ言葉を出していく。


「……さん! 冬野さん!」


 呼ばれたその声で、我に返る。

 連太郎が、つぐみの肩を掴んでこちらを見ていた。

 動揺のためであろうか。

 連太郎の姿が、ぼんやりとした輪郭で映し出されている。


「……あ、私?」

 

 思わずつぐみは、目を伏せてしまう。

 先程の自分の行動に、彼は何を思ったことか。

 怖さと情けなさから、言葉を出すことが出来ない。


「冬野さ……。あ、あのこれを、使ってほしいです」


 連太郎がつぐみの肩から手を放すと、自身のポケットから、ハンカチを差し出してくる。

 受け取る理由が分からずにぽかんとしていると、彼はそっとハンカチをつぐみの目の下に当てた。


 彼の行動でつぐみは、自分が泣いていたことに気付く。


「え、私? え。す、すみません。嘘? これは、あのですね……」


 (つたな)い言葉しか出せないつぐみを、連太郎は黙って見ているだけだ。

 その言葉ですら途切れると、彼はハンカチをぐっと強く握りしめる。


「所用がありますので、自分はここで失礼します。本当に、本当に所用です!」


 くるりと背を向け、ビルとは反対の方へ、彼は凄い速さで走り去っていった。

 取り残されたつぐみは、その後ろ姿を見つめ茫然(ぼうぜん)とすることしか出来なかった。



◇◇◇◇◇



 前へ前へと連太郎は走る。


 ここから遠くへ。

 どこでもいいから、遠くへ行くんだ。

 とにかく、あの人から離れるという一心で。

 あの時、彼女はこちらに向かって話しかけながら、泣いていた。

 そして笑っていた。


 悲しいだろうに、苦しいだろうに。

 感情のやり場がなく、ただ泣き、笑っていた。

 そのきっかけは自分の放った言葉。

 冬野家の特殊な家庭環境は、調査書を読んで知っていたのに。

 傷つけてしまった。

 昨日だけでなく、今日も。

 息苦しさにようやく足を止め、振り返る。

 当然だがつぐみがいないことに、連太郎はほっとしてしまう。

 

 幸いにして、今日であのビルは撤退するのだ。

 更に言えば品子の発動で、つぐみはもうじき記憶を失う。

 もう連太郎を知る、彼女と会うことは無いのだ。

 とはいえ、ここですぐに戻って顔を合わせてしまうのもかなり気まずい。

 出雲に電話をして、つぐみがビルを出たら帰ろうとスマホを取り出す。

 何故か耳にじくじくとこびり付くようなコール音を聞きながら、手のひらで目を覆う。


 目を閉じていることで、やけに辺りの蝉の声が頭の中に聞こえてくる。

 じんじんとひびくのは、なき声。


 鳴いているのは、何?

 泣いていたのは、誰?


 ぐるぐると回るのは、いつもの自分らしくない考え。

 そんな思考に戸惑いながら、出雲が電話に出るのを、連太郎はただ待ちつづけるのだった。



◇◇◇◇◇



「すみません。ただいま戻り、……靭さん?」


 つぐみはしばらく、ビルの前で連太郎を待っていたが、戻ってくる様子はない。

 仕方なく三階へと戻って来れば、どうも惟之の様子がおかしいのだ。


「あぁ、安全だ。確かにあの子は安全だ。だけど俺の安全が……」


 彼は何か一人で、ぶつぶつと呟いている。


「やぁ、お帰り! 遅かったね。九重君には会えたかい?」


 対して品子はとても元気そうに、満面の笑みで出迎えてくれる。


「はい、会えましたが。……あの、靭さんは一体?」

「あー、気にしないで。ちょっと動揺しているだけだから。あと惟之は全面的に協力するって!」


 惟之を見る限り、とてもそのような雰囲気には見えない。

「なんであの人が」や、「まさか来るなんて」と聞こえて来る彼の呟きに、つぐみは戸惑うばかりだ。

 いつも冷静な惟之が、ここまで言う相手とは一体どんな人物なのだと、謎ばかりが増えていく。


「それで、早速なんだけどさ。今日の夕方に、計画を実行してみようかと思ってるんだ。冬野君は大丈夫かい?」

「え、そんなに相手の場所が早く分かるものなのですか?」

「うん、そいつがね。どうやら夕方過ぎに、特定の場所に現れるらしいんだよ」

「特定の場所に、ですか? こちらはいつでも大丈夫です。とりあえず私は、どうしたらいいですか?」

「そうだねぇ。君がいきなりそいつと対面するのは、危険だと判断している。だからまずは私達が先に接触しようと思っているよ」


 まずは、惟之と品子で話をするということか。

 理解したつぐみはうなずく。


「それで交渉が上手く行けばそいつと君と会わせて、千堂君の件を話してみる。この流れでどうだろうか?」

「はい、わかりました。よろしくお願いします」

「うん、上手くいくといいね」

「えぇ、そうですが。……靭さんは一体、何にそんなに動揺しているのですか?」

「あぁ、惟之はね。久しぶりの対面があるから。あと惟之はサングラスじゃなくて、この後は普通の眼鏡かけてね」


 久しぶりの対面、眼鏡を変える。

 わからないことばかりだが、一歩前進できたことはつぐみとしては喜ばしい。


「とにかく、最優先は君の安全。危険と思ったら、すぐにその場から離れるつもりでいてね」

「はい、先生達も気を付けて」

「うん。そうあるように、こちらも出来る準備はしていくから」


 品子が時計をちらりと見て席を立つ。


「では、そろそろ行くとしよう」

お読みいただきありがとうございます。

次話タイトルは「ある喫茶店にて」

とある時間の君に会いに行きます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 確かに本当に酷い人は悔やみませんよね。 つぐみはポワポワしているようで、 やるべき時はしっかりヒロインしてますね! この辺のめりはりがすごくしっかりしてると思います。
[一言] つぐみの過去は気になるし、九重君は逃げちゃうし、あれよあれよという間に展開が変わって、狼狽える惟之さんで癒される…。 さすがです惟之さん! 新しい人物が登場する予感と、室さんの再登場を楽…
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