川の字
「毒が変化している?」
指に付いたチョコを舐めながら、品子がつぐみへと尋ねてくる。
「はい。井出さんが、その可能性もあると」
「その毒がヒイラギと同調して、起こさないようにしていると?」
「えぇ、その可能性を考えています」
アイスを大きく一口ほおばり、品子がソファーへと座る。
「むー、毒じゃなくなったのなら、起こしてくれればいいじゃん」
「……兄さんが起きたくないと願っている。だから、その毒は起こさない力を使ったということでしょうか」
「うわー、オカルトチックだねぇ。そうなったらもうお手上げじゃん。ちょっと方針を変えた方がいいかもなぁ」
品子が顎に手を当て、考え込む様子を見せる。
「私が読んだ資料に、毒の変化という記述は無かった。冬野君も、白日の資料はあらかた読んでもらっている。これならばもう、資料室は明日にも閉鎖してもよさそうだな」
「そうですか。二条の方々には本当にお世話になりました。九重さんにも一度、直接お詫びを言いたいのです。明日は、来てくれるのでしょうか?」
「あぁ、来るはずだよ。私が明日、彼と話をする約束になっているから」
「では明日は、一緒に連れて行ってもらえますか?」
「もちろんいいよ。さて、そろそろ私はお風呂に行こうかなー」
大きく伸びをして、品子が廊下へと出て行く。
そろそろ寝る準備をと考えているつぐみに、シヤから声が掛かった。
「……あの、つぐみさん」
いつになくシヤが、もじもじとしている。
そんな彼女も可愛いらしいと思いながら、つぐみは尋ねる。
「シヤちゃんどうしたの?」
「あの。実は今日、惟之さんと井出さんが、この家に泊まるかもしれないと思ったのです。それで昼過ぎの短い時間ですが、お布団を二組干しておいたんです。でもそのまま帰られたので……」
シヤの顔が、次第に赤く染まっていく。
「そ、それでせっかく干したのにしまうのももったいないので。そのお布団を、使おうと思い、……まして」
「うんうん、いいと思うよ。お日様の匂いの布団っていいよね。すっごくわかるよ」
「はい、なので、あの。……その布団を、つぐみさんの部屋に持っていって、一緒に寝ても、……良いでしょうか?」
シヤの顔が真っ赤だ。
何と可愛らしいことか。
こんな誘いを、断れるはずがない。
「シヤちゃ……」
「いいに決まってるよー! そしてもう一つはもちろん、私が使うということだよね! シヤー!」
廊下から光の速さで。
……いやこれは、光を超えんばかりの勢いでやってきた品子が、お約束の高速頬ずりをシヤへ始めている。
「せ、先生。お風呂はどうしたのですか?」
「もちろん入るよ! だってその後のアイスも食べなきゃいけないし!」
「あ、本当にアイスまた食べるのですね。お腹は、大丈夫ですか?」
「大丈夫っ! というわけで、お布団二つ冬野君の部屋に敷いておいてね、シヤ!」
それだけ言うと、品子は廊下に戻っていく。
……忙しい人だ。
改めてシヤの顔には。『いろんな意味でタイミングを失いました。もうどうしたらいいか分からない』と顔に長々と書いてある。
とりあえずは、自分から話しかけた方がよさそうだ。
「シヤちゃん。先生が言った通り、お布団を二つ持っていこう。どこに置いてあるのかな?」
「……あ、はい。こちらです」
シヤと一緒に、布団を運びながらつぐみは思う。
品子は先程「冬野君の部屋」と言っていた。
その一言が、つぐみをこの家に受け入れてくれているようで、とても嬉しかったのだ。
おそらくつぐみがここに居られるのは夏休みの間。
あるいはヒイラギが目を覚まし、この家に戻って来た時までだ。
できれば後者であってほしい。
そうつぐみは願うのだ。
お風呂から上がった品子が再びアイスを食べた後、三つ並んだ布団で誰がどの位置で寝るかの話し合いが行われた。
話は長引くかと思いきや、品子からの一声によりあっさりと位置は決まる。
「やはり身長でなぞらえた川の字だろう!」
つぐみ達も賛成し、左に品子、真ん中にシヤをはさんだ川の字で寝ることになった。
つぐみは右側から、大好きな二人を一度に見ることが出来る景色を楽しみながら。
時に品子がシヤをぐいぐいと抱きしめて、それを無表情で受け入れているシヤの様子を見つめながら。
眠りに落ちるその直前まで笑っていられるという、とても幸せな眠りにつくことが出来たのだった。
お読みいただきありがとうございます。
次話タイトルは「大人の力」
20歳越えたからって大人って訳でもないのですよねぇ。




