アイスは甘いだけじゃない
「つぐみさん。お風呂、次どうぞ」
「ありがとね、シヤちゃん。では先生、ちょっと失礼します」
「うん、ゆっくり入って温まっておいで〜」
「はい! では行ってきます」
穏やかに進む会話を品子は見守っていく。
いつも通りの生活が進んでいる、……ように見える。
だが今日の出来事は、この家に居る全ての人間に大きな影響をもたらしているのだ。
「品子姉さん。聞きたいことがあるんです」
つぐみが風呂に入ったのを見届けたシヤが、真剣な表情で尋ねてくる。
「何だい? やっぱり今日の話かな?」
「……はい。リードで私はつぐみさんの会話を聞いていました。男に襲われていた時、つぐみさんはずっと謝っていました。恐らく、ご自身のお兄さんに」
どうやら倉庫では、シヤには聞いてほしくなかった会話があったようだ。
「ずっと『叩かないで』とお兄さんに対して言っていました。品子姉さんはその、……事情を知っているのですか?」
「あぁ、知ってるよ。でも言わない」
「どうしてですか? 私がまだ未熟だからですか?」
ぐっと唇を噛んだ後に、シヤは品子を見上げてくる。
「違うよ、そんなに知りたいのならば。シヤが直接、冬野君に聞けばいい」
「そ、それは……」
「だろう? シヤは自分が話していないことを、他人から話して欲しいと思うのかい?」
「いいえ、それはっ! ……確かに、間違っていますね」
シヤはだんだん小声になり、うつむいてしまう。
「『間違っている』とは言えない。ただもう少し、待っててもいいんじゃないかと思うんだ」
いま話題にしている彼女は、一人きりになった風呂場で泣いているのではないだろうか。
怖かっただろうに、痛かっただろうに。
皆に心配をかけまいと、いつも通りに振舞っていたあの子。
惟之も言っていたが、成長するのをそう急がなくてもいいのに。
……もう少し、私たち大人に頼ってくれてもいいのにと、品子は願ってならない。
恐らく祖母以外の周囲の大人達は、今まであの子に『頼る』ということを許さなかったのだろう。
本来なら彼女を守るべき『家族』という存在ですらも。
シヤと話しながら、品子の中に芽生えるのは冬野家の人間に対する、重い負の感情。
そんな考えを抱く自身を律せねばと、ぐっと拳を握りしめる。
そんな自分の思いを知らないシヤが、まっすぐに品子を見つめ問いかけてきた。
「品子姉さん。私がつぐみさんに出来ることって何なのでしょうか?」
シヤの言葉に品子は驚きを覚える。
彼女がここまで他人に関わろうとするなんて、少し前なら想像も出来なかった。
つぐみという存在が、皆にとって日々大きくなっていくのを嬉しく思う。
そして同時に、恐れてしまうのだ。
彼女がもし品子達の前からいなくなるようなことがあれば、シヤはどうなってしまうのだろう。
十年前のあの時のような、感情を無くした人形のような姿になってしまうのだろうか。
……いや、違う。
品子は、そっとシヤの頭に触れる。
不思議そうな顔をしながら、見上げてくるシヤに笑いかける。
ヒイラギがそばにいない今、それでも立て続けに起こった出来事をシヤは逃げることなく受け入れ、成長しているではないか。
様々な人に出会い、この子は強くなろうとしている。
ならば品子が、大人がすべきことは。
「そうだね。とりあえず冬野君がお風呂から出てきたら、三人でチョコアイスを一緒に食べよう。この先、彼女が助けて欲しいとか話を聞いてほしいと言ってくる時がきたら。その時はきちんと向き合い、聞いてあげることなんじゃないかな」
まずは、見守ろう。
そして助けて欲しいとこちらに手を伸ばしてくれたら。
その時は、しっかりと手を握ってあげよう。
……そしてまず何より、私自身が。
この子達を守れるように、強くなろう。
新しく生まれた誓い。
それをしかと抱きしめ、品子はもう一度シヤに笑いかけた。
◇◇◇◇◇
「……よし!」
鏡を見て、思っていたより目が腫れていないことにつぐみはほっとする。
お風呂から出る前に、しっかり冷水で顔を冷やした甲斐があった。
すっかり目の腫れを戻す方法に長けてしまっている自分が悲しい。
倉庫で見た、品子と明日人の顔。
今日のような悲しい顔を、もう二度とさせてはいけない。
これからは、自分の行動に責任があるという自覚をしっかり持とう。
いつまでも自分だけが守られている状況に、もどかしい思いはある。
だが余計なことをすれば、今日のようにかえって迷惑を掛けてしまうのだ。
今後は、一人で勝手に危険な所に出向かないように心がける。
品子達に意見を聞かれたら答えられるように、これからも観察力を高め、出来ることを着実に増やしていこう。
ずいぶんと風呂で時間をかけてしまった。
次に入るはずだった品子は、さぞ待ちくたびれているだろう。
洗面台の扉を開け、廊下に出ようとしたその時。
「ふーゆーのーくぅーん」
「きゃあああ!」
扉の前で品子が文字通り、待ち構えていた。
まさか人がいると思わず、大きな声を出してしまう。
その声に驚いたシヤが、廊下に飛び出してきた。
「つぐみさん、一体どうし……。あぁ、品子姉さんの仕業ですか」
呆れたように呟くシヤをみて、品子はなぜか嬉しそうだ。
シヤに関することなら、何でも嬉しいのだろう。
「ねぇねぇ、皆でチョコアイス食べようよー! お風呂上りはやっぱ、甘いのでしょ」
「え、それは構いませんが。……でも先生、まだお風呂に入ってないですよ?」
「大丈夫! 入った後にも食べるから! べつばらだもん!」
別腹の意味が、つぐみの知っている意味とは違っている。
だがお風呂上がりのアイスは、確かに格別だ。
半ば連れ去られるかのように台所へ向かい、三人でチョコアイスをほおばる。
三人で食べるアイスは甘いだけでなく、なんだかむずむずとした温かい気持ちも味わえるのだと今日、つぐみは知った。
この日の、この時間を。
品子の笑顔と真顔で黙々と食べ続けるシヤと過ごした、愛おしくてたまらないこの瞬間を。
これからもつぐみはきっと、忘れることはないだろう。
お読みいただきありがとうございます。
次話タイトルは「しろいばしょで」
ミニスカサンタ?……何の話ですか?
これまた短い話です。




