靭惟之は答える
鹿又からの指示は、これで守れたはずだ。
きちんと役目を果たした連太郎へと、惟之は声を掛ける。
「ご苦労だったな、連太郎」
「いえ、自分は……」
返事と共に、彼はうつむいてしまう。
「どうした、何か気になることがあるなら、言ってみなさい」
「あの、……木津君に連れて行かれた人達は、どうなるのでしょうか」
か細い声で尋ねてくる連太郎に、惟之は答える。
「ヒイラギが言っていた通り、まずは話を聞かせてもらう。その後は俺達に関する記憶を消して、日常へと戻ってもらうよ」
「そうなのですね。……ですが」
彼は、真剣な表情を惟之へと向けてくる。
「記憶操作ができる発動者は、そう多くありません。蛯名様が今の壁を破壊したら、彼らの記憶を消しにいくのでしょうか? でしたら蛯名様の負担が大変なものになるのではないかと」
「それについては心配ない。鹿又様が記憶操作が出来る方をすでに一人、手配済だ。まぁ、蛯名様が落ち着き次第、そちらに回ってもらうことになるかもしれないが」
いつもながら、人のことを思える優しい子だ。
返答を聞き、連太郎はうなずいている。
「その方が今は、対応してみえるのですね。よかったです」
ほっとした表情を浮かべる彼へ、惟之は言葉を続ける。
「次の指示が来るまで、俺達は待機だ。他に聞きたいことがあれば、今のうちなら何でも答えてやれるが?」
連太郎は大きく目を見開くと、顔を真っ赤に染める。
「な、なんでもっ、……ですか?」
「ははっ、なんだ連太郎。今になって緊張が解けたのか?」
先程までの戦いでの眼光の鋭さは消え、おろおろとしている姿に、惟之はつい笑ってしまう。
「こう見えてちゃんと、鷹の目は継続しているよ。警戒はしているから心配しなくていい。勉強熱心なお前のことだ、先程の戦いで、聞きたいこともあるだろう?」
瞬きを数回繰り返し、「あ、そっち……」と彼は呟いている。
「えっと、そうですよね。……ありがとうございます。では、木津君の行動についてなのですが」
ヒイラギが消えた場所を指さし、連太郎は惟之へと振り返ってくる。
「彼の脱兎についてです。人が消えるって一体、どうなっているのですか?」
「あぁ、兎の能力を持つ、あの子にしか見えない安全な道があるんだよ。そこを人ならざる速さで移動していくんだ。すごい力だよな」
「はい、自分もそう思います。ですが、それ以上に」
戸惑いの表情を見せ、連太郎は続ける。
「ナイフを弾いた惟之様のあの技。自分は今まで、一度も見たことがありません」
「まぁ、めったに使わないからな」
「あれは鷹の攻撃発動の『鉤爪』ですよね? 以前、鹿又様から聞いたことがあります。調査能力も戦闘能力も持ち合わせているなんて、本当にすごいです」
表情を一転させ、興奮した様子で連太郎は話しはじめた。
慕ってくれていることもあり、この子は過剰なまでに自分を褒めてくれる。
照れ隠しについ黙りこむ姿に気づき、彼は慌てた様子で尋ねてきた。
「そっ、そういえば他の皆さんの様子が気になりますね!」
気を遣わせてしまったことに後ろめたさを抱えつつ、要望通りに鷹の目を使い、周囲の状況を確認する。
鹿又と出雲は、情報収集を継続しており、後続でやってきた二条の事務方達と打ち合わせの最中だ。
報告をしたいが、話を中断させるのも申し訳ない。
ならばと、彼らのそばで待機しているシヤへと、惟之は声を掛ける。
「シヤ、聞こえるか?」
やがて手のひらに、彼女の力の証である青い光が生まれ、シヤの声が聞こえてくる。
対象者の声を聞き取り、届けることが出来る彼女の能力の『リード』が発現した証だ。
『惟之さん、どうされました?』
「こちらの作戦は問題なく進んでいると、鹿又様へ伝えてくれ」
『はい、わかりました』
「そちらで何か変化は?」
『少し前に鹿又様が離席して、一条の松永さんと打ち合わせをしていたみたいです。私はここで待機していたので、どのような内容かは分かりませんが』
「そうか、ありがとう。シヤのリードのおかげで、伝達がスムーズになるよ」
彼女の照れたような笑い声の後に、割り込むように鹿又の声が響く。
「彼女とお前がいれば、連絡に困ることはなさそうだな」
「えぇ、リードのおかげで、自分の鷹の目に費やす力はかなり抑えられます」
「大いに結構。四条の真那さん達もこちらへ向かっているとのことだから、死なない程度になら怪我をしてもかまわんぞ」
「遠慮しておきます。正門の方ですが、やはり障壁で苦戦しているようですね」
里希と知らない少年が、壁を破壊しようとしているのが視える。
「あの少年は何者です? 自分は会った記憶がないのですが」
「あ~、うん。全て終わったら説明する」
鹿又の歯切れの悪さに、何か裏がある予感がしてならない。
「自分達も正門に向かい、協力しましょうか?」
「それは心配ない。お前達はそこで待機だ。また指示が出来たら連絡する」
一方的に話を終え、鹿又は席を離れた。
リードで会話を聞いていた連太郎が、不安そうに尋ねてくる。
「障壁は、突破できるでしょうか?」
「わからない。前に俺が破壊した時よりも、今回のものはかなり頑丈に出来ているようだ」
考え込む様子を見せ、連太郎は続ける。
「ですが、鹿又様は心配ないといっていましたよね?」
「あぁ、他の協力者を呼んでいるのか、あるいはあの方自身が障壁へと向かうかもしれないな」
「そうですね。鹿又様のことですから、『俺が行くのが一番早い!』とか言いそうですし」
鹿又ならやりかねない。
こんな状況でありながら、つい苦笑いが出てしまう。
「あぁ、そうだな。それに今、正門にいるのは……」
施設の方へと視線を移し、惟之は里希のことを思う。
三条管理室での彼と清乃の面会時からずっと、自分は鷹の目でその行動を視てきた。
父親が操られていたという真実に絶望し、それでも立ち上がり今、障壁を破壊せんと自身の力を尽くしている。
『長の息子』という殻を破り、『蛯名里希』として進むことを決めた彼ならばきっと。
「蛯名様ならば、きっとやり遂げてくれる。俺はそう信じるよ」
「そうですね、自分もそう思います」
まっすぐに自分を見つめ、答えてくる連太郎へうなずき、再び施設へと惟之は視線を向けた。
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次話タイトルは『蛯名里希は言葉を失う』です。




