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冬野つぐみのオコシカタ  作者: とは
第十章 三条の転じ方

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松永京は警告する

「それは認められない! だったらどうやって、品子(しなこ)先輩を救い出すっていうんだ!」

 

 興奮気味に語る里希(さとき)に、松永(まつなが)は冷静に答えてくる。


「現状で与えられている情報にも記載がないため、確約は出来ません。十鳥(とどり)さん、……いえ。もうこう呼ぶ必要はありませんね」


 咳払いをして、松永は続ける。

 

「十鳥は、能力を把握した発動者の行動を封じるそうです。彼と戦うのは避けるべきでしょう。ですが、それ以上に厄介なのは、高辺(たかべ)さんでしょうね」

「ん? なんで彼女にはさん付けなの?」


 松永は、眉をひそめていく。


「だってあの人、すっごく怖いですもん。今も私達のこの会話を、聞いていそうではないですか」

「確かにそう思わせるものがあるけどさ。ねぇ、なんか話がずれてない?」


 里希の言葉に、松永はノートPCへと視線を戻していく。


「品子様の救出に対し鹿又(かのまた)様は、何かしらの準備をしていると自分は考えます。あの方の行動に、納得はしておりません。ですが、私よりもずっと先を読む力をお持ちです。……とはいえ、気に入らない点が一点ありましてね」


 彼が指さした画面には『松永:任意に行動』と書かれた文字。

 

「他の方には指示があるにもかかわらず、私だけこれですよ。ぶん投げもいいところではないですか」

「ちょうどよかったじゃない。あなた、命令されるの嫌いなんだから」


 むっとした表情を、松永は浮かべる。


「冗談じゃありません。何かあった際に、他の方は『命令に従った』って言えるのに、私だけそれが使えないんです。あの人、私の逃げ道をばっちり塞いでいやがるんですよ!」

「それだけ期待されているってことでしょう。……多分」

「うっわぁ、雑な慰めをありがとうございますぅ」


 あからさまに不機嫌な声となり、松永はぷいと横を向いてしまう。

 まるで子供ではないか。

 とはいえ、ここ数日は彼に相当な無理をさせていたのも事実。

 少しはその労をねぎらってやるべきか。

 足首を軽く動かし『調整』をしつつ、彼から少し距離をとる。

 小さくため息をついてから、里希は松永へと声を掛けた。


「……まぁ、僕もあなたに期待している部分はあるよ」


 ぴくりと松永の肩が揺れる。

 その動きが次第に大きくなったかと思うと、ふいにそれは止まった。

 ……来る。

 タイミングを合わせ、里希は素早く足を彼に向けて掲げた。


「……里希様ってば今、私のこと褒めぐっふぉ!」


 一度目の経験で、彼が来る位置はすでに把握済みだ。

 こちらに飛びかからん勢いで近寄ってきた松永の顔面を、里希は靴の裏で押し止める。

 両手で顔を覆った松永は、うめき声をあげながらあとずさっていく。


「……ひどい! さっきは手のひらだったのに」

「部下なんだから、(あるじ)に二度も手をわずらわせないで」

「わずらわせって……、まず部下を人間扱いというか、大切にしましょうよぉ。ううっ」  

 

 鼻の頭を指先でさすりながら、涙声で松永は嘆いている。

 なんとも面倒な性格の部下だ。

 だがそれ以上に、自分がより厄介な性格であることも、もちろん自覚している。


 だから今こそ、伝えようではないか。

 生死がかかった場所までついてきた愚かで忠実な彼に、自分なりのねぎらいと鼓舞(こぶ)を。

 立ち上がり、ふてくされた顔でいる彼を里希は見据える。

 

「……部下だって言うのなら、ちゃんと僕に着いてきて。あなたは僕の盾なんだから」


 里希の言葉に、松永の嘆きがぴたりと止まる。

 代わりに彼の口元に浮かぶのは、誇りと喜びを含んだ力強い笑み。


『何があっても裏切ることなく主を守り、許可なく勝手に消えることも認めない』


 自分の部下となった際に、彼に誓わせた言葉。

 十年の間、違えることなくこの男は、それを守り続けてきた。

 松永は里希の前で(ひざまず)くと、恍惚の表情で自分を見上げてくる。


「……えぇ、その通りです。すべては主のために」

「宣言と報告はもう終わり? ならさっさと移動するよ」

「承りました。と言いたいところですが、私は一旦、ここでお別れいたします」

「……は?」


 まさかの言葉に、里希は間抜けな声で反応してしまう。

 

「里希様に活を入れてもらったことですし、ちょっと方針を変えることにします。なにせ私、任意行動ですから。ほんの少~し細工を施してから、里希様の後を追いかけますので」


 そう語る彼の顔に浮かぶのは、いつもとは違う笑み。

 今までに幾度(いくど)か見たことのある、その表情を見つめながら里希は答える。


「今、あなたが考えている対象者が、自分でないことを心から祈るよ」

「ご安心を。といいますか」


 彼は(わら)う。


「どうして私が主に、『自分の視界からいなくなる方法』など考える必要がありましょう」


 背中にぞくりとした感覚が走る。

 発動を持たぬ、ただの事務方。

 そんな彼がどうしてここまで生き延び、隣に居続けていられたのかを、改めて里希は認識する。

 

「それに私がいない方が、あなた様の望む風を吹かせることが出来ますから」

「……まどろっこしい言い方はやめてくれる? ちゃんと説明して」


 怒りを帯びたこちらの声に、松永は苦笑いを浮かべた。


「二人だけでの陽動。これは鹿又様が『二人で十分である』と判断したからではないかと。つまり、まだ見ぬ里希様の協力者は」

「僕と同じ、攻撃型であると?」

「はい。ですので発動を持たぬ自分が同行すれば、むしろ足手まといになります」

「なるほどね。確かに視界の隅でちょろちょろされても、迷惑なだけだもの」


 松永が、頬をかきながら答えてくる。


「そんな言われ方したら、ちょっと傷つきますねぇ。とはいえ、思う存分やってほしいというのは事実です。私も所用を済ませ次第、すぐに追いかけますので」

「わかったよ。約束したんだから、ちゃんと後から来てよね。盾がいないせいで僕が死んじゃったら、身も(ふた)もないんだから」

「えぇ、それはもちろん。といいますか、この作戦によりもし、私がたどりついた時に里希様が亡くなっていたら」


 真剣な表情をたたえ、松永は続ける。 


「私は全てを投げ出し、そのような采配(さいはい)をした鹿又様を殺します」


 随分と物騒な結論を出してきたものだ。

 しかしながら、里希は理解している。

 異能はなくとも、この男であれば鹿又の命を奪うことは不可能ではないと。


 同時にこれは彼からの鼓舞であり、警告でもある。

 もし里希が死んだ場合、松永は品子を助けることすらしない。

 彼は暗にそう言っているのだから。


「穏やかじゃないね。では、そうならぬように僕も動くとするよ」


 なだらかな上り坂になっている道路へと、里希は視線を向けた。

 品子達がいる施設は、ここから車で十分ほどだという。


「少し先に進んですぐに、脇道があります。一本道で迷うことはありませんし、高~いフェンスと門扉もあるので、その先にいるのは関係者しかいません」

「じゃあ、そこにいるやつを全部、片づけながら建物に向かえばいい。そういうことだね」


 松永へとまっすぐに視線を合わせれば、淡い笑みと共に彼はうなずいた。


「じゃあ、行ってくるから」

「はい、どうかご無事で」

「そんなの当たり前でしょ。あなたこそちゃんと僕の元に戻ってきてよ」


 答えを聞かず、里希は彼に背を向ける。

 察しの良いこの男のことだ。

 こちらの考えなど、とうに理解していることだろう。


 —―返事は再会した際に。


 振り返ることなく進んだ先にあるのは、言われたとおりの光景。

 風の力を借り、軽々とフェンスを越え着地をすれば、踏みしめた草木と地面の香りが里希を包む。

 それに混じり漂ってくるのは、自然とはそぐわぬ血の匂い。

 嗅ぎなれた匂いの元は、歩き進めるにつれ姿をあらわしてくる。

 明らかに人ならざる力によって切断された、死体(それら)へと視線を向け里希は呟いた。


「まいったねぇ。これって僕の協力者とやらは、とっくに始めているっていうことかな」


 うつぶせに倒れた者が多いこと。

 これは恐れをなし逃げ出した相手にも、容赦なく攻撃を加えたという証。

 自分が到着するのを待たずに行動を開始していること。

 加えて、五体満足で死んでいる者がいないことを考えるに、随分と残忍な性格のようだ。

 とはいえ、下手に生き残られて他者に情報を渡される。

 そのリスク回避のための行動である可能性も否定できない。


「さて、僕はこの協力者さんと、お友達になれるかなぁ。それにしても鹿又様ってば……」


 こみあげる感情は、怒りかそれとも。

 抑え損ねた(くすぶ)りが、自分を中心に渦巻くように風を引き起こしていく。


『あの人、私の逃げ道をばっちり塞いでいやがるんですよ』


 松永の言葉がまさか、自分にも当てはまっていたとは。

 鹿又が、明確な相手の情報を示さず、最も危険な場所へとたった二人で向かわせた理由。

 それは相手の情報を知った自分が、この案件から降りる可能性を懸念(けねん)したためではないのか。

 

 正体不明の協力者。

 こいつの思考と行動は。


 ――恐ろしいまでに自分と酷似している。

お読みいただきありがとうございます。

次話タイトルは『蛯名里希は出会う』です。

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― 新着の感想 ―
里希様と松永さんの軽快なコント… 失敬、軽快なやり取りに「流石やなぁ(*'▽')」と読み進めてましたが おっと! これはいったい誰の仕業! これは想定外の協力者となりそうだな! めっちゃ楽しみですよ(…
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