靭惟之は確認する
ヒイラギとシヤを、このまま連れていくべきか。
惟之はその結論を出せずにいた。
彼らと以前に約束していた、「自分達に出来ることがあったら、必ず呼んでほしい」という願い。
それもあり、ここまで連れてきたものの、彼らの口数はいつにもまして少ない。
当然であろう。
清乃の中に清春が存在していることを、彼らは知ってしまったのだから。
この事実が、彼らにどれだけの衝撃を与えたのかは計り知れない。
ましてや自分は、それを知りながらもずっと黙っていたのだ。
その負い目もあり、二人に直に意思を聞くことなく、ここまできてしまった。
発動者にとって、動揺は大敵だ。
『念い』が揺らげば、能力は著しく損なわれる。
やはりここは帰らせるべきであろうか。
思い悩む惟之の耳に、鹿又の声が聞こえてくる。
「う~ん、おじさんってば、長距離運転で体がガチガチだわ。ちょっと外で体をほぐしてこようかねぇ。出雲も連太郎も、一緒にラジオ体操でもしようじゃないか?」
「え? 自分はそのつもりはな……」
「まぁまぁ、九重君。たまには体をほぐすのも悪くないと思うわよ」
ぐいぐいと連太郎の背中を押しながら、出雲は車から降りていった。
鹿又もその後に続くと、通りすがりに惟之の肩を軽く叩く。
「あまり時間をやれなくてすまんな。どんな結論でも間違っていない。お前からも、そう言ってやってくれ」
三人だけで話を。
鹿又のその配慮に感謝しつつ、惟之は苦笑いで答えていく。
「俺からではなくても、すでにこの子達には聞こえていますよ」
「あっれぇ、そうなの?」
鹿又は大げさに驚く仕草を見せる。
「んじゃ、ついでに言っておくか。清春様の件、俺も初耳だったからびっくりしたし、何で言ってくれなかったんだろうって思ったよ」
ヒイラギ達へと穏やかな視線を向け、鹿又は続ける。
「俺は清春様からすれば、裏切る可能性があったから言わなかっただけ。でも決して裏切ることなんてない君達に伝えなかったのはきっと、守る為なんじゃないかな。俺があの人の立場だったら、きっと同じようにしていたと思うから」
ヒイラギ達からの返事を聞かず、鹿又はひらひらと手を振り、車から降りていく。
彼から託された言葉を、引き継ぐのは自分だ。
二人の正面に座り、惟之は前を見据える。
「連太郎と同じように、二人にも、この先の行動を決めてもらう」
青ざめた顔色の二人が、自分を見つめ返してくる。
シヤにいたっては、両手が震え、ヒイラギに手を握ってもらっている状態だ。
こんな子達に、残酷な選択を突き付ける。
あまり時間は残されていないこともあり、熟考する猶予すら与えてやれない。
自分は何とひどい人間だろう。
うつむきそうになるが、それは彼らに見せるべき姿ではない。
「今のヒイラギ達は、ひどく動揺している。この感情をもって救出に向かうのはとても危険だ。それを二人も理解していると思う。このまま帰るというのであれば、もちろんそれは構わない」
目はそらさない。
なぜなら自分は、見届ける必要があるからだ。
彼らの表情から読み取れるもの。
恐れ、不安、ためらい。
……だが、惟之の言葉を聞く彼らの感情の中に、安堵は一切ない。
つまり二人には、帰るという選択はないということ。
ならば自分は、彼らの決断を見守り、その背中を押すだけ。
「俺がお前達を守る。不安や抱えきれないものがあれば、俺が全て受け止めるから」
惟之の言葉に、シヤは目を閉じ、うつむいていく。
やがて顔を上げた彼女の表情に、思わず惟之は言葉をこぼした。
「……シヤ?」
笑っている。
ごく小さな笑み。
けれども、シヤは笑っていたのだ。
「ありがとうございます、惟之さん。九重さんが言っていたように、私もここにいていいのかと、ずっと考えていたんです。でも、……思い出せました」
シヤの言葉を継ぎ、惟之は続ける。
「黒い水の事件での、冬野君が誘拐された時のことだね?」
「はい、品子姉さんに帰れと言われた時、それでも私達兄妹は拒み、最後まで皆さんと共にいました」
そうだ、自分達にあの時、シヤは言ったのだ。
帰るという選択をすれば、自分が許せなくなる。
そんな後悔はしたくないのだと。
「やっぱりその時と、気持ちは変わらないのです。だからまたつぐみさんを助け出して、私はあの人に『おかえりなさい』と言いたい」
強い意志を宿した瞳を、彼女は自分へと向けてくる。
「だから私も、最後までここにいさせてください。惟之さんの言葉で、それを言える勇気をもらえました」
「……そうか、わかったよ」
「おいおい、シヤ。品子のことも忘れちゃだめだろう? ねぇ、惟之さん」
声に緊張を含みながらも、ヒイラギはにやりと笑って惟之を見つめてくる。
「俺も行くよ。あの時より、俺達はきっと成長しているから」
シヤの手をそっと離し、握りしめた拳を彼は見つめる。
「冬野が俺達にくれたんだ。前を向く力を、進む力も。だから見ていてね惟之さん。俺達はきっとあいつを助けるために、役に立ってみせるから」
「……やっぱり兄さんだって、つぐみさんの話ばかりしているではないですか」
めずらしく口をとがらせたシヤの表情に、惟之はつい笑ってしまう。
「よ~し、そっちは結論が出たようだな。俺もラジオ体操のおかげで、体がすっかり元気になったぞ」
声の方へと目を向ければ、鹿又が機嫌よさそうに自分達へと近づいてくる。
「では、作戦会議を始めるとするか。ここに来るまでに入ってきた情報は今、出雲がまとめているからそれが出来次第、説明することにしよう。それぞれの発動を踏まえ、こちらで人員の振り分けと役割を決めさせてもらった」
鹿又は胸ポケットから出した手帳に目を向けつつ、惟之達へと口を開く。
「指定された役割さえこなしてくれれば、やり方はそれぞれに任せる。ただ今から言う条件だけは、守ってもらいたい」
顔を上げた鹿又は、言葉を続けていく。
「高辺、十鳥を見かけた際は、どのような状況であろうが作戦を中断させ、撤退せよ。これだけは、何があっても守れ。絶対にだ」
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次話タイトルは『松永京は語る』です。




