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冬野つぐみのオコシカタ  作者: とは
第十章 三条の転じ方

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蛯名里希は望みを叶える

(すみ)やかに、先行人物と合流及び陽動行動を』


 鹿又(かのまた)からの連絡を、里希(さとき)反芻(はんすう)する。

 

「里希様、取り急ぎということなのか、その先行相手の詳細がありません」


 困惑の表情を浮かべた松永(まつなが)からの声に、緋山(ひやま)が答える。


「でも『先行』ということですから、二条のどなたかではないでしょうか?」


 緋山の言葉に、明日人(あすと)がうなずいていく。


「私もそう思います。おそらくその方が、蛯名(えびな)様のサポートをする。そうして共に、品子さんの救出に向かってほしいのではないかと」


 あの鹿又が『速やかに』と言っている。

 最低限の文言でしか記されていない指示といい、早急な対応が必要な状況なのではなかろうか。


「井出さん、私は今からその指定場所へ向かいます。あなた方には、清乃様の治療が終わり次第、合流いただきたい。それでよろしいでしょうか」

「えぇ、そのつもりです。どなたかわかりませんが、協力者がいるのでしたら、よほどのことがない限りは大丈夫だとは思いますが……」

 

 明日人はまっすぐに、里希を見つめてくる。

 

「どうかご無事で。絶対に一人で無理をしないでください」

「えぇ、その通りです。蛯名様には私達がいるということを、どうか忘れないでくださいませ」

「……ありがとうございます。その、……そちらも無理なく」


 自分を気遣う明日人と緋山の言葉に、心臓が必要以上に跳ねあがる。

 そんな今の状況において、自分の心に浮かぶ思いは二つ。

 一つ目は、彼らに対し、つたない返事をしてしまったというふがいなさ。

 そして二つ目は、自分の隣でニヤニヤとしている部下の存在が気に入らないということだ。


「松永、この大事な時に、何をニヤついている?」

「とんでもない、これは私の地顔ですから。里希様こそ、こころなしか顔が赤く見えますが、何か心境の変化でも?」

「……別にない」


 いつも以上にしらじらしい態度で、松永は大きくうなずいてくる。


「そうですか。ならば自分は、車の準備をしてまいりましょう」


 机のノートPCを手に取ると、松永は部屋を出る準備を始めていく。


「ん~ふふ~。成長ぅ~、成長っていいなぁ~」


 おかしなリズムと共に鼻歌を歌う松永に、里希は冷たい視線を向ける。


「……松永。その指定場所へは車だと、どれくらいの時間がかかるんだ?」

「ここからですと、だいたい一時間くらいになります」

「そうか、鹿又様は早急に来てほしいようだったが」

「もちろん、急ぐようにはいたします。ですが距離がある上に、高低差のある山道は、どうしても時間がかかりますから。って、里希様?」


 ゆるやかに発動をはじめる自分に、松永が気づく。


「井出さん達が同行するのであれば、車での移動となる。だが今から向かうのは、私とお前の二人だけになった」

「えっと、……そうですね?」

「ここから見て、指定場所のだいたいの方角は?」

「はい、北東になりますが。あの里希様、どうして窓を全開にしているのでしょう?」

「今は気にしなくていい。ところで私の予備のスマホは?」


 清乃にあれだけ痛めつけられたのだ。

 今までのものは、衝撃や付着した血液などで、もう使い物にならないだろう。

 窓から離れ松永の前に立てば、彼はぎこちない笑みと共にスマホを差し出してきた。


「あのですね、里希様。私は今、ものすごくありえない想像をしてしまっているのですが」

「余計なことは考えなくていい。ところで少し前に言っていた、お前の好みのタイプについてなんだが。味噌汁を作ってくれる人と、もう一つは何と言っていたかな?」


 松永の襟首を掴み、引きずりながら里希は窓へと向かっていく。

 ノートPCを脇に抱えながら、彼は泣きそうな声で答えてきた。


「お姫様抱っこが好きな人で……、うわっ、痛い!」

「よかったな、ここが一階で」


 松永を窓から外へと強引に突き落とし、明日人達へと振り返れば、彼らはぽかんとした表情をこちらへと向けている。


「清乃様によろしくお伝えください。では、失礼」

 

 窓から外へと降り立てば、松永が服に付いた汚れを払っているのが見える。


「待たせたな。では行くとしよう」


 引きつり顔でいる松永へと声を掛ければ、彼は激しく首を横へと振った。

 じりじりと後ずさりをしていく彼へと、里希はゆっくり近づいていく。


「いやです! 正規ルートで行きましょう! それがい……」

「そうそう。ささやかだが、お前の望みを叶えようじゃないか。落としたくないものは、しっかり抱えておくといい」


 松永の膝の裏へ蹴りを入れ、よろめいたところを肩の後ろに手を回し支える。

 その体を横抱きにすれば、彼の望んだお姫様抱っこの完成だ。


「あのですね。確かに私、お姫様抱っこが好みのタイプとは言いました。でもそれは、自分がすることが理想であってされる方でな……、ぎゃぁぁ! いーやー!」

「しゃべると舌を噛む。死にたくなかったら黙れ」


 それだけを伝え、一気に発動を解放すれば、周囲に強烈な風が巻き起こっていく。

 足元にそれらを集め、合図のように片足で軽く踏み出せば、風はぶわりと里希達の体を舞い上げていく。

 押し潰されそうな風圧からか、あるいは諦めたのか。

 何も言わなくなった松永から視線を外すと、里希は北東を目指す。

 障害もなく、直線距離で向かうのだ。

 おそらくは、あと数十分もあればたどり着けることだろう。


 しかしながら、自分と行動を共にする相手とは一体、何者であろうか。

 さらに言えば、鹿又からの指示が『陽動』となっている点も気になる。

 早急に相手と合流し、情報を聞く必要がありそうだ。

 緋山達も言っていたように、相手は二条の人間であろうと自分も考えている。

 情報収集が主となる二条は、その性質から穏やかな人間が多い。

 よほどのことがない限り、相手とのトラブルはないだろう。

 一刻も早くたどり着かねば。

 その思いを胸に、里希は目的地へと進むのだった。

お読みいただきありがとうございます。

次話タイトルは『緋山晴沙は言い聞かせる』です。

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― 新着の感想 ―
やばい超大好きこの話やばいです(*´艸`*)www あのね、お気に入りエピソード速攻ボタン押しました。なに里希くんやばい可愛いぶっ飛んじゃって好きやばい。 「えぇ、その通りです。蛯名様には私達がいる…
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