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冬野つぐみのオコシカタ  作者: とは
第十章 三条の転じ方

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人出清乃は答え合わせをする

「この行動は自己紹介。そういう理解でいいのかしら。ねぇ、十鳥(とどり)さん?」


 腕の傷を指でなぞりながら、清乃(きよの)は十鳥へと笑いかけてきた。

 この状況で、なぜ笑っていられる。

 どうやって彼女は、吉晴(きはる)ではないと気づいたのだ。

 清乃をにらみつけ、十鳥は口を開く。


「先程から何を言っている。私は一条の(おさ)蛯名(えびな)吉晴きはるだ。お前こそ一体、何者だ! いつもとはまるで別人ではないか」

「あらひどい。それじゃあまるで……」


 口元に手をあて、くすくすと笑いながら清乃は続ける。


「いつもビクビクと怯え、兄の威光を笠に着ているだけの女。そうあなたに、思われていたみたいではないですか」


 決して威圧的ではない。

 口調はむしろ、穏やかですらあるのだ。

 それなのに、足が後ずさるのを止められない。

 そんな自分へ、清乃はゆっくりと近づいてくる。


「では、答え合わせといきましょう。先程、私のことをあだ名で呼んでほしい。そうお願いしましたよね」

「それがどうした! 何の関係がある!」

「ありますとも。だって、あなたが本当に吉晴さんでしたら」 


 清乃の顔から、笑みが消え失せる。


「雑談につきあうなんて、ありえないですもの。『自分は本部(ここ)に長としているかぎり、公私混同はしない』。いつも彼は、そう言っていましたから」


 そんな情報は、高辺(たかべ)から聞いたことがない。

 自分の表情を見た清乃が、再び口を開く。


「あらあら、ひどいお顔。まぁ、吉晴さんの徹底ぶりは、私や他の長が呆れるくらいでしたからね。長同士の会話を聞いたことがない。そんなあなたが、知るはずもない話ですもの」


 見つめられているのは自分。

 だが彼女が見ているのは、さらにその奥にいる『吉晴』だ。


 ふざけるな。

 十年の間、こちらがどれだけこの体を使()()()()()()()()と思っている。

 無能なこの女が、長という立場で悠々と過ごしている時。

 この男や、関わる人間の情報を叩き込むのに、どれだけ苦心してきたことか。

 そのいらだちが、十鳥を感情的に叫ばせる。


「お前がそうしてほしいと言ったから、私は応じてやった! 幼馴染(おさななじみ)としてここを去る前の、最後の願いである。ならばと慈悲(じひ)を与えてやったというのに」

「幼馴染、……慈悲ねぇ」


 淡々と、清乃は続ける。


「だからおかしいと言っているのですよ。あぁ、きっとあなたでは気づけないのでしょうね。……お可哀想に」


 さげすむような目つき。

 いつも彼女に向けていたそれが、自分へと向けられている。

 

 何がだ。

 どこで自分は間違えたというのだ。

 その思いを抱え、睨みつける十鳥へと清乃は語り始める。


「本物の吉晴さんはね、大変に生真面目な方なんです。だから私のことを、決してあんなふざけた呼び方など、……するはずがない」


 向けられた視線が、自分の体に絡みついたかのようだ。

 動揺と焦りで、言葉が出ず、身動きすらできない。

 偽りのあだ名を呼ばせ、本人であるかを確認する。

 これが相手の目的だったのだ。


「もういいでしょう。さっさと吉晴さんの体から出ていってくださいな。あなたの目は節穴だから気づかないでしょうが私、もう我慢の限界なのですよ。あぁ、そうそう。合わせて大人しく娘の居場所を話してください。そうしていただけたら」


 一呼吸置いて、清乃は語りだす。


「ある程度の『お叱り』で済ませることが出来るはずです。……たぶん」



◇◇◇◇◇◇


 さっさと出ていけ、大人しく話せ。

 清乃の言葉に、十鳥はいらだちをあらわにする。


「はぁ、ふざけるなよ」


 返答を聞いた清乃が、不快そうな表情を向けてくる。

 

「もう少し、立場をわきまえてください。私は三条の長です。そのような発言を掛けられる存在ではありません」


 舌打ちをしながら、十鳥はどうすべきかを考えていく。

 緊急時は、自分の判断での行動を高辺からは許可されている。

 このままこの女を拘束し、新たな人質として娘の元へ連れていくか。

 あるいは、事故が起こったということでこの場で処分をすべきか。


 清乃は長を務めるだけあり、媒体や発動能力は高い。

 一方の十鳥は、自身の体でないこともあり、吉晴の発動と一部の自分の能力が使えるのみ。

 彼女がこの部屋から退出しないのも、負けることなどないという思いがあるからだ。

 

 しかしながら、清乃は今は一人。

 護衛である井藤(いとう)を連れてこなかったのが、彼女の運の尽きだ。


 娘の行方不明で、不安定になっていた清乃が突然、襲い掛かってきた。

 そのために、やむなく拘束。

 あるいは、暴れるのを抑えているうちに不慮の事故が起こり、彼女は命を失ってしまった。


 先程の発動によって付けられた扉の傷が、それらのシナリオを後押ししてくれよう。

 結論を出した十鳥は、清乃へと笑みをむけていく。


「短絡な行動は、自身を危険にさらす。そう思いませんか? 清乃様」


 声を掛ければ、清乃も同様に笑い返し、自分へと近づいてくる。


「ようやく認めてくれたのね、十鳥さん。だったら早く娘の場所……」


 掬い上げるように腕を振り上げれば、口角をさらに上げ、清乃は腰を落とした。

 そのまま横に薙ぐように彼女が右手を振るうのを(かわ)し距離をとれば、「あらあら」とのんびりとした声を出し、清乃は立ち上がる。


「か弱い女性の拳の一つや二つ。受けてくれたっていいでしょうに」

「ははっ、ご冗談を。一つでも受けたら、この体はどうなるんでしょうかね?」

「う~ん、そうねぇ」


 人差し指を顎に当て、うつむいていた清乃が、顔を上げてほほ笑んでくる。


「ちょっと骨折しちゃうかしら。でも普段からカルシウムをしっかりとっていれば、きっと大丈夫よ」

 

 冗談ではない。

 耳に届いた彼女の言う『か弱い女性の拳』が空を切る音は、そんなレベルで済むものではなかったのだから。

 攻撃を受ければ十鳥自身も、この体(吉晴)の痛みを共有することとなる。

 一撃で命すら奪われかねない攻撃を受けるなど、まっぴらごめんだ。

 何より正体を悟られた以上、このまま素直に帰すわけにはいかない。


「あいにくですが、お断りいたします。このまま大人しくしていてくれれば、悪いようにはしませんが」

「あら、私の要望は却下されたってこと? だったら交渉決裂ね」


 指を曲げ伸ばししながら、清乃は十鳥へと穏やかに語りかけてくる。


「では、はじめましょうか」

お読みいただきありがとうございます。

次話タイトルは『十鳥巧は嘲る』です。

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― 新着の感想 ―
清乃様あっぱれ!!好き。なんだこのひとすきだー!!(๑♡∀♡๑) 「ある程度の『お叱り』で済ませることが出来るはずです。……たぶん」←この『たぶん』が……ww お強いのですね清乃様。なんて心強い長でし…
これは痛快爽快(≧▽≦)! 十鳥さんも引くに引けないのかなぁ笑 清乃様は恐れ多くも三条の長なわけですから、ただでは済まないでしょうに(^^; 次回はボコボコ回かな? 楽しみにしていまーす(*'▽')の
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