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冬野つぐみのオコシカタ  作者: とは
第九章 冬野つぐみのモドリカタ

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冬野つぐみは食事をする

 男が去り、落ち着きを取り戻したつぐみはゆっくりと立ち上がる。

 部屋の中央に置かれたトレーへと近づくと、中身を覗き込んでいく。


 菓子パンにゼリー、紙パック飲料と簡易なものながら、目の前に置かれた食事に喉がゴクリと鳴る。

 それぞれの袋やふたに、穴などがあけられた形跡(けいせき)はない。

 だが、何かしらの毒が入っているのではないか。

 その思いがあり、どうしても手を伸ばすことが出来ない。

 視覚による刺激で、空腹は強まる一方だ。

 こらえようと腹に手を当て、つぐみはうつむいていく。


 辛いのは、自分だけではない。

 分かってはいるのだが、一人きりでいること。

 突然に連れ去られたという不安が、どうしても拭いきれない。


「うっ、うう。……怖い、帰りたいよぅ」


 こぼれ落ちる涙を拭うこともせず、ただつぐみは泣き続ける。

 どれだけそうしていただろうか。

 乱暴に扉が開かれる音が響き、先程の男が部屋へと入ってきた。

 にらみつけるような視線を向け、男は座り込んだつぐみへとまっすぐに近づいてくる。


「いつまで泣いているつもりだ。あんたを見ていると、本当にいらいらする!」


 男は、つぐみの肩を靴のかかとで蹴とばしてきた。

 とっさに手をついたものの、こらえきれずそのまま後ろへと倒れこんでしまう。

 怯えるつぐみの首へと、しゃがみ込んだ男の左手が伸びてくる。


「あんたが飯を食わない。だからこっちは、ちっとも片付けられないんだよ。捕まった人間は、逆らわず黙って従え!」


 男がつぐみの首へと左手をのせ、怒鳴りつけてくる。

 そう、ただ()()()だけなのだ。

 押さえつけられる痛みがないことに、戸惑いながらつぐみは男を見上げる。

 複雑な表情を浮かべ、扉へと背を向けるようにして男は覆いかぶさると、顔を近づけ小さく呟いた。


「毒は入っていない。……大人しく食え」


 驚きで目を見開いたつぐみから、男は手を外す。

 気まずそうな表情が、ほんの一瞬だけ彼の顔に浮かんだ。

 だがすぐさま、その顔は怒りの表情へと変化していく。

 脅すように床をこぶしで強く叩くと、忌々(いまいま)しそうに舌打ちをしながら男は立ち上がった。


「あぁ、腹が立つ! いいか。俺の手を煩わせるなよ!」


 その言葉を最後に、男は振り返ることなく部屋から出ていった。

 苦しくはなかったが、押さえ込まれた振りをした方がいい。

 そう判断し、あえて咳き込みながら体を起こしていく。

 

 自分にだけ、聞こえるように話したあの言葉。

 信じてもいいのだろうか。

 彼の意図は分からないが、今の行動で知れたことがいくつかある。

 

 男は扉に背を向け行動をしていた。

 これは扉側に監視カメラがあり、つぐみへの行動を見せないようにしたということ。

 今後は、扉側は特に注意せねばならない。


 そして、彼の体の動きにも気になる点がある。

 ホテルの時から、彼は右手を使おうとしない。

 触れられた際にあった痛みから、右手で相手の自由を奪う発動者ではないかという推測が出来る。

 力なく腕を下げていたのは、反動が起こったためではなかろうか。

 だが、反動は『(はら)い』によって無くせるはず。

 それをしないということはつまり、彼は今、使()()()()状況にあるのではないだろうか。

 

 組織内で、何かよからぬ(くわだ)てが進行している。

 それを追及されるリスクを避けるために、治療が行えないのではないか。

 品子がこうして人質にされたのも、その計画の交渉材料として選ばれたのだとしたら。


「それならなぜ……。って、いけない! まずは、やらなきゃいけないことを」


 トレーに近づき、パンを手に取る。

 恐怖心は、いまだ自分の中で消えないままだ。

 彼の言葉を、完全に信じたわけではない。

 それでも震える手で袋を開き、つぐみは食事を始めていく。

 最優先すべきは、品子の安否確認だ。

 相手に逆らう行動をすれば、品子に危害が加えられるリスクとなってしまう。

 そして、なによりも。


『生きる』という、意思を持ち続けるために。


 品子も、そしてヒイラギ達も自分を助けようとしているはずだ。

 怯えて食事もとらず、いざという時に動けない。

 それはあってはならないこと。

 空腹は判断力を鈍らせる。

 自分の持ち得る能力は観察力と判断力。

 ならば、より生き延びられる選択を。

 これからの出来事をつぶさに知り、見届ける。

 そうして品子に近づく答えを見つけ、手繰り寄せるのだ。


『すべきこと、出来ることを見つけ出し動いていく』


 皆もそれを自分に求めているはず。

 だからつぐみは考える。

 今の自分が、どう動くべきかを。

 

 すべてを食べ終え、扉に自分の姿が正面に映るように正座をすると、そのまま待機する。

 やがて扉が開き、男が来たのを確認すると、つぐみはトレーを手にして立ち上がった。

 

「余計なことはしなくていい、その場にトレーを置いて下がれ」


 言葉に従いトレーを戻し、後ろへと下がりながら、男に声を掛けていく。


「あの、ごちそうさまでした。えっと、はっ、……犯人さん!」


 とんでもない呼びかけだと、つぐみ自身も思う。


「ごめんなさい。だって私、名前も知らないからつい。……ごめんなさい」


 男はかなり困惑したようで、言葉を失い、立ち止まってしまっている。

 もちろんつぐみとて、ここで相手が名乗るとは思っていない。

 この行動の目的は二つ。

 一つ目は、相手の動きを止めること。

 そして二つ目は。


「お願いです! 先生とせめて話をさせてください!」


 こちらの要望を聞かせる時間を作ることだ。

お読みいただきありがとうございます。

次話タイトルは『足取公太は思い返す』です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 泣きたくなるよねぇ。泣きたくなるよねつぐみしゃあん……(´;ω;`) ご飯も警戒して当然。だってこんなところだもの何があるかわからないもの。 だからこそ、優しくされた彼がつぐみしゃんを蹴飛…
[良い点] お~!つぐみちゃん格好いいぞぉう!! 『すべきこと、出来ることを見つけ出し動いていく』 まさにその通りですねぇ(≧▽≦)の [気になる点] 前回の感想返信ですが…… もつ煮込みが食べたくな…
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