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冬野つぐみのオコシカタ  作者: とは
第九章 冬野つぐみのモドリカタ

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冬野つぐみは探る

 相手は自分の態度に、優越感を覚えている。

 この男は、弱気な人間には大きく出るタイプだ。

 そして、おそらくは。

 つぐみは()()()弱々しい声で、言い返していく。


「あなたは、きっと誤解をしています。お願いです、私を家に帰してください」


 自分が優位であると分かると、調子に乗り、(ほころ)びが出るタイプだ。

 白日の関係者であること思わせる言葉を出している。

 それに、彼は気づいていない。


 もちろんこれらの発言が罠であり、白日以外の組織が(かた)っている可能性もある。

 だが『()うさぎ』という、内部でしか呼ばない言い方を彼は口にしていた。

 ひとまずは、内部の犯行であると考え、相手の情報を手に入れていくべきだろう。

 そんなつぐみの思考をさえぎるように、男は話を続けていく。


「巻き込まれたのは気の毒だと思うよ。でも君を招待することで、こちらにはメリットがあるから」

「そんなものなど私に。……あるわけないです」


 困惑した声で、反論してみる。

 つぐみの態度に気が大きくなったようで、電話口からは含み笑いが聞こえてきた。


「いいや。君のおかげで、人出(ひとで)様は逆らうこともせず、大人しいものだよ」


 品子(しなこ)も同じく連れ去られていること。

 さらには自分の存在が品子の(かせ)になっているのを知る。


 足手まといになってしまった。

 その事実に、つぐみは激しく動揺してしまう。


「そんな。わたっ、私のせいで先生がっ……」


 つぐみの声は、次第に涙声になっていく。

 

「運が悪かったと思ってあきらめてよ。君もさ、木津なんかと仲良くしなければ良かったのに」


 先程から語られるのは、ヒイラギに対する恨み。

 あまりにも失礼な言い様に、さすがにこらえきれない怒りがこみ上げる。

 反論しようと口を開きかけるが、電話の向こうの様子がおかしい。

『大丈夫ですよ、この程度な……』という男の声に重なるように、ガシャンと大きな音が響いた。

 唐突に電話は切られ、暗くなった画面をつぐみは見つめる。

 彼の傍にいた人物が、無理やりに電話を終わらせたようだ。

 言葉遣いを聞くに、電話の相手よりも目上の人物がその場にいたということだろう。

 つぐみは会話を思い返しながら、情報を整理していく。


 品子は自分と同様に捕らえられている。

 連絡もなく、自分達が突然いなくなったのだ。

 いずれヒイラギや惟之(これゆき)達が探しに来るはず。

 品子に対する人質という自分の立場を考えるに、今のところは危害を加えられる様子はなさそうだ。

 次の接触の際にも情報を集め、何とかしてヒイラギ達に連絡を取りたい。


 改めて部屋の中を探してみるものの、私物はやはり没収されている。

 通話に使ったスマホも、着信のみに設定されており、ロック画面から進むことが出来ない。

 画面も日時すら出ないようになっており、自分が捕まってからどれほどの時間が経っているのか、確認が出来ないでいる。

 そんな中で時を計れるものと言えば……。


「うぅ、お腹すいたなぁ」


 両手を腹に当て、ベッドへと横たわる。

 気を失っていた時間もあるが、ホテルでの昼食が最後の食事だった。

 空腹を感じるということは、それから数時間は過ぎているということ。

 

「もしこのまま食事も与えられずに、水だけしか飲めなかったら。……いや、今はそんなことを考えている場合じゃない」


 こみあげた涙を、ぐっと手のひらで拭い、唇をかみしめる。

 品子も同じ状況であるとしたら、泣いている場合ではない。

 もう一度、部屋を調べようと立ち上がった時、傍らに置いてあったスマホから着信音が鳴り響く。

 受信ボタンを押せば、不機嫌そうな男の声が聞こえてきた。

 間違いない、先程の男だ。


「今から食事を届ける。ベッドに座り、そのまま動くな。少しでもおかしな行動をすれば、人出様に迷惑が掛かる。言っている意味が分かるな」


 互いが人質になっている。

 改めてそれを自覚し、つぐみはベッドに腰かけた。

 

「今、ベッドにいます。ですから、先生に危害を加えないでください」

 

 返事もなく電話が切れ、しばらくして扉が開く音がする。

 現れたのは、やはりホテルで自分をさらった男だ。

 食事の入ったトレーを左手のみで持ち、右手はだらりと下げたままでいる。

 ホテルでは礼服を着ていたが、今は長袖のポロシャツに綿のズボンというラフな格好をしていた。

 あの時に漂っていた腐臭はない。

 だが代わりに、彼のこめかみあたりが、赤く腫れあがっているのが目に入った。

 

「両手を上げて、壁に背をつけろ」


 体調がすぐれないのか、男の動きは鈍い。 

 言われるままに部屋の隅へと体を寄せれば、彼は部屋の中央へとトレーを置いた。

 痛みをこらえるような表情がうかぶのを、つぐみは見届ける。

 電話の際の大きな音。

 あれは、彼が殴られたものだったのだ。

 腫れた様子や表情に、敵ではあるものの、同情が芽生えてしまう。

 移動したのは洗面台の近く。

 気が付けば、つぐみは男へと声を掛けてしまっていた。


「あのっ! どうか私に、洗面台に行く許可を下さい」

「はぁ? どうしてそんなことをって、おい! 勝手なことをするな!」


 両手を上げたままつぐみは洗面台に入り、服のポケットに入っていた品子のハンカチを取り出した。 

 そのままハンカチを水へと浸し、軽く絞ってから再び部屋へ戻る。

 怒りをたたえ、自分へと近づいてくる男に、つぐみはハンカチを差し出した。


「こめかみの腫れに、こちらを当ててください。すぐに冷やせば、回復が早くなります」


 自分も殴られるかもしれない。

 恐怖から手が震えるものの、目をそらすことなく男の反応を待つ。

 つぐみの予想外の行動に、男は驚きの表情を向けてくる。

 やがて男は、ハンカチを左手で奪うように取り、口を開いた。


「……今回だけは、見逃してやる。勝手な行動は今後は控えろ」


 こめかみにハンカチを当て、男は部屋から去っていく。

 入口で誰か待機をしていたようで、「うるさい、なんでもねぇよ!」という声の後に、扉が閉まる音が聞こえた。


 しばらく耳を澄ませ、誰もいなくなったのを確認する。

 緊張から解き放たれ、つぐみは崩れ落ちるようにその場へとしゃがみ込んでいった。

お読みいただきありがとうございます。

次話タイトルは『冬野つぐみは食事をする』です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] つぐみちゃん全開ですね! 彼は能力者なのかなぁ これからの反撃、頭脳戦がますます楽しみです (≧▽≦)の [一言] さてさて、優しさから出た行動ではありますが「ハンカチ」が何かしらのキーと…
[良い点] つぐみしゃん、あなたって人は!!(இஇ`。) ほんとに優しいのです。これが相手を油断させるためとかではなく心からの気持ちで動いてしまったのだから、ほんとに心の美しさが素敵すぎますです( ߹…
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