松永京は追い込まれる
相手の情報が欲しい。
その為には、こちらが心を開きかけている『振り』が必要だ。
松永は、心配そうな口調で鹿又へと尋ねていく。
「そこまでお話しなさっていいのですか? 私が吉晴様にこの話をしたら、鹿又様の立場的にもよろしくないかと」
「まぁ、俺の立場なんて今回の謹慎でなくなったようなもんだし。それに君だってさ、この件ではいろいろと考えることがあるのでは?」
「さて、何のことでしょう? 私にはこれといってありませんが」
「ほぅ? ならばなぜ君は今、こんなまだるっこしい連絡方法を取っている?」
「それは……」
「誰かさんに聞かれたくない。だから、こうして話しているのでは?」
まずい。
松永の胸に、焦燥感が広がっていく。
いつのまにやら、相手のペースにのせられている。
もう少し情報を手に入れたかったが、これ以上は危険だ。
このままでは、逆に自分が彼にそれを渡しかねない。
大した収穫は得られなかったが、そろそろ潮時だ。
「鹿又様、申し訳ありません。そろそろ自分は、一条に戻らねばなりません。今までの話は内密にいたしますので」
「そうかい? では、最後に二点ほど伝えておこうかな。一つ目、うちの事務方の子のサイトの『blue bird』の感想。あれは君からの接触の時点で消去済みだ。これで君とこちらの接点を知るものはいない」
「そうですか。ご配慮に感謝いたします」
「いやいや。そして二つ目、あのサイトは君だけを呼び寄せるために作ったものではないよ。もう一人、ある子も招待しようと思っていたものだからね」
「私、……だけではなかった?」
どういうことだ。
他にも人出品子の事件を知り、関わる人間がいるというのか。
松永の脳裏に、靭惟之の顔が浮かびあがる。
だがそうであれば、鹿又が『ある子』などという言い方をすることはない。
「……その方からのご連絡は?」
「もちろん来ていたよ。君よりも早い、今日の午前中にね」
「どなたかを、お伺いしても?」
「おいおい、随分と欲張りじゃないか。一方的に欲しがったって、そう簡単には手に入らないぞ」
鹿又のこれまでの言葉から、その人物の候補を考える。
「鹿又様、では少しクイズを楽しみませんか? 私がその方を当ててみせましょう」
「遠慮するよ。『楽しむ』ということであれば、ある程度こちらにもメリットがなければ成立しない。ならば君は、俺にどんなメリットをくれるというんだ?」
恐ろしい男だ。
気が付けば、いつのまにやらこちらが追い込まれている。
落ち着け。
予想外のことを立て続けに語ることで、彼が動揺を誘っていることを忘れるな。
指先を馴染みのある煙草に添わせながら、冷静さを取り戻していく。
「確かにそうですね。ではこちらからも意見を。『ある程度、見逃してくれ』と鹿又様はおっしゃいました。ですが、それがどんな行動かわからない以上、自分はそれが出来ません」
「まぁ、確かにそうだな。う~ん」
鹿又からの言葉が途切れ、電話口からは出雲が叫んでいる様子がうかがえる。
「勝手なことはやめてください!」という彼女の悲鳴を聞きながら、ためらいがちに声を掛けていく。
「あの、取り込み中のようでしたら、自分は失礼しますが」
「あぁ、もう大丈夫だから。俺、まだるっこしいの嫌いだからさぁ。松永君、単刀直入に聞くよ。君んところの一番偉い、吉晴様についてだ」
胸騒ぎを覚える。
早く通話を終わらせたい。
だが、彼の立場が上である以上、こちらから通話を切ることはできないのだ。
「私でお答えできるのでしたら。ですが吉晴様のことでしたら、私よりも鹿又様の方がご存じなのでは?」
一条の長、蛯名吉晴は本部に滞在しているものの、その姿を現すことはめったにない。
松永自身も、吉晴の秘書である高辺や十鳥を通じて、報告を伝えるほどの接点しか持たされていないほどだ。
「だろうね、俺の方がよっぽど接触は多いだろう。さて、そんな吉晴様なんだが」
その後に語られる言葉に、松永は言葉を失う。
「君や俺が見ている蛯名吉晴。それは本物なのかな? ねぇ、松永君はどう思っているの?」
お読みいただきありがとうございます。
次話タイトルは『松永京は問われる』です。
さて、今週の水曜日は三月十三日。
「さとみ」の日、ということで、この日は「冬野つぐみの『IF』なオモイカタ」にて沙十美が主役となる話を投稿いたします。
「冬野つぐみの『IF』なオモイカタ」では季節ネタのお話や、つぐみ以外の人物が主役となるお話を掲載しております。
https://ncode.syosetu.com/n9975hw/
タイトルは『蝶は誰のために舞うのか』。
彼女のとある一日を、皆様にお届けしていきたく思っております。
どちらの作品も、お楽しみいただけますように。




