ある女の独白
誘拐したつぐみと仲間の男二人を置き去りにして、女は倉庫を飛び出した。
ただ足を動かしながら、考える。
どうしたらいい?
――どうしたらいいのだろう。
答えは、分からない。
とにかく立ち止まるな。
ただそれだけを思い、ひた走る。
不思議な香りがしたのだ。
発動者でもないのに、今までに出会ったこともないとてもいい香りがした女の子を見かけたのだ。
女のさらわれた芝居を真に受け、怯えて逃げるなり、無視していれば良かったのに。
助けなければという正義感から、たった一人で追いかけてきた子。
軽い気持ちで、次のターゲットにしたあの子が……。
まさか、こんなことになるなんて。
何気なく彼女の髪をかきあげた、あの瞬間。
その時を思い出しただけで、震えが止まらなくなる。
どこに居ればいいのだろう。
少なくとも、人が大勢いるところにいれば大丈夫だろうか。
疲れを感じ足を止め、女は周りを見渡す。
夕方前の街は、まだそれなりに人がいる。
まずここならば、危険はないだろう。
近くにあったベンチに座る。
あの二人の男達を、倉庫に置いて来てしまった。
あいつらは発動者ではない、ただの一般人だ。
ささやかなお金を稼ぐのに、ちょうどいい二人。
今までは、それでうまくいっていたのに。
今頃あの子は、二人に始末されているかもしれない。
そうなったら自分は、どうなるのだろう。
……いけない!
焦り過ぎていたとはいえ、彼女が殺されるのはまずい。
慌てて連絡を取ろうとする。
とにかくどちらかでも、連絡が繋がればいいのだ。
それなのにあろうことか、どちらも電話に出ない。
一度、倉庫に戻るべきだろうか?
でももし、あの人が「居たら」?
そう考えていると電話が鳴る。
どうやら一人がこちらの電話に気づいて、折り返してきたようだ。
画面には、相手の男の名前の山田と言う名前が浮かび上がっている。
もっとも、この名前は偽名だろうが。
「もしもし?」
「あぁ、どこに居るんだよ? 勝手に出て行かれて、こちらはどうしたらいいか分からないんだが!」
実に不機嫌そうな、山田の声が聞こえてくる。
「あの子は。……あの子は、生きてるの?」
「可哀想なお嬢さんならまだ倉庫にいる。田中が倉庫で待っていて、俺は今、車で倉庫に向かってる。このままあの娘を車に乗せて、山にでも置いてこればいいんだろ?」
こちらも偽名であろう、もうひとりの男の田中。
彼がつぐみに、余計なことをしていなければいいがと女は焦る。
「駄目! 絶対に駄目! そんなことしたらっ……」
「おいおい、どうしたってんだよ。あんたの不思議な力があれば、何とでもなるだろう」
「とにかく! 彼女をこれ以上、傷つけないで」
「話がさっぱり分からないな。今、どこだ? 迎えに行くから説明してくれよ」
倉庫に向かう際に、一人になる状態になるのは避けたい。
まずは山田に、こちらに来てもらった方がいいだろう。
「いいわ、今から位置情報を送る。近くに来たらまた連絡して」
「わかったよ。ちゃんと説明してくれよ」
一方的に電話を切られてしまった。
とりあえず彼女にした行動を、全て山田か田中がしたことにすればいい。
そうすればまだ、助かる可能性はあるはずだ。
しばらく待っていると、山田から連絡が来る。
車を停められそうな場所に移動し、まもなくしてやって来た車に乗り込む。
山田は不機嫌な様子を隠すことなく、女を一瞥して口を開く。
「随分と遠いところまで移動してたんだな。なぁ、田中と連絡が取れないんだ。あいつどうしたんだ?」
「それはこちらも同じよ。あんたの方しか繋がらなかったわ」
「とりあえず、倉庫に戻ればいいのか? それにしてもあんた、何で急に出てっちまったんだよ」
本当のことは、言えない。
「あ、あの娘がこっちを見て笑っていたのよ。すごく気持ち悪い顔で。だから急に怖くなってしまったの」
辻褄を合わせるために、とっさに嘘をつく。
「それならなぜ、その娘を傷つけるなとか言ったんだよ。おかしいぞ、あんた」
山田は疑っているようだ。
自分でも稚拙な嘘だったと思い、女は無言になってしまう。
「……まぁ、いいや。倉庫に着いたぞ。あの娘どうするんだよ?」
とりあえず一度、あの娘と話をしなければいけないだろう。
無鉄砲に人を助けようとする子だ。
可能性はかなり低いが、彼女があの人にとりなしてくれるかもしれない。
「まずはあの娘と話をするわ。その後は……」
その後は?
わからない。
どうしたら、一体どうしたら。
――自分は殺されずに済むのだろう。
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次話タイトルは「許さない」
許せないほど短めのお話です。




