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冬野つぐみのオコシカタ  作者: とは
第七章 冬野つぐみの伝え方

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冬野つぐみは声を掛ける

「……あれ?」


 つぐみは違和感を覚え、周囲を見渡す。

 案内を受けた場所から、すぐそばにあった階段を下り進むにつれ、人はまばらになっていく。

 先程までいたロビーは、とても賑やかだった。

 それだけに、この静けさには心細さを感じてしまう。


「道、間違えちゃったのかなぁ。これは先生が心配する前に戻った方がいい……。あ、あった!」


 探していた化粧室の案内板が、ようやく目に入る。

 足早に向かう途中で、ふと別の通路へと視線を向けたつぐみは、小さく息をのんだ。

 礼服姿の男性が壁にもたれ、うずくまっているではないか。


「大変っ! 大丈夫ですか!」


 近づくにつれ、それまでになかった異臭をつぐみは感じ取る。

 腐臭を思わせる匂いは、男性に近づくほど強くなってきた。

 そのことによるためらいが、さらには自身が誘拐された際の記憶が蘇ってくる。


 知らない人間に、いきなり近づくのは危険だ。

 周囲を確認し、ゆっくりと男性に近づいていく。

 そんなつぐみへと男性は、制するように左手を前に出してきた。


「来てはいけません! あなたに迷惑を掛けたくないのです」


 悲しげに話す姿には、つぐみを心配している様子がうかがえる。


「迷惑? それはどういうことでしょうか?」


 つぐみが立ち止まったのを確認し、男性は掲げていた手をおろしていく。


「この臭いは、僕の体質が原因なのです。今日は、姉の結婚式でこのホテルに来ました。残念だけど、僕は式に出ることは出来ません」

 

 男性は、寂し気な笑みを浮かべる。

 先ほどスタッフが、式が終わった直後と言っていたことをつぐみは思いだす。

 上階の式は、彼の姉のものだったのだ。


「姉は結婚したら、このまま義兄と他県へ行くのです。だから最後に挨拶をするために、ホテルの控室で待機していました。えっと、それでですね……」


 気まずそうな顔をして、男性は言葉を続けていく。


「トイレに行って帰ろうとしたら、急にめまいがしてしまって。でも部屋はすぐそこなのです。体調が落ち着いたら戻りますので、どうかご心配なく。驚かせてしまい、本当に申し訳ありません」


 男性は、数メートル先を指し示した。

 そこには確かに、「ご親族控室」と書かれた案内板がある。


 いずれ回復すれば、彼は自力でたどり着く。

 わかってはいるが、つぐみは男性の元へと歩み始めた。

 結婚式の参加者となれば、事前にここに来る予定の人間であること。

 加えて控室ということであれば、式を終えた今、他の参列者もいるはずだ。

 ならば、自分に危害を加えてくる可能性は低い。

 彼を部屋へ送り届けたら、そのまま品子の元へ戻ろう。 

 そう結論を出すと、男性へと声を掛ける。


「良かったら、控室までお手伝いさせてください」


 つぐみの提案に、男性は驚きの表情を見せる。


「あの、僕が言うのもなんですが。その、嫌ではないのですか? あなたの他にも、僕のそばを通過していく人たちが何人かいました。でも皆、目を背けるか無視していく人達ばかりでしたよ。あなたは……」


 言葉を途切れさせ、うつむいてしまった男性につぐみは話しかける。


「他の皆さんのことは分かりません。ですが自分は、その時に誰かのお手伝いを出来れば。そう思って行動しているだけですから」


 手を差し伸べれば、男性はちらりと自身の右手を見やる。


「ごめんなさい。僕の右手は動かしづらくて」


 彼の手に目をやれば、右手にだけ黒色の薄い手袋をつけている。


「そうですか。では、左手を出してもらえますか?」


 左手を差し伸べながら、つぐみは笑みを浮かべる。

 男性は戸惑いながらも、左手を出しつぐみの手を掴んだ。

 そっと包み込むように両手で握り、彼が立つのを手助けする。

 ゆっくりと彼は立ち上がると、ぎこちなく右手を上げていく。


「ありがとうございます。あなたのその優しさ、とても……」


 男性は、唇をゆがめて笑う。


「とても愚かで、素敵だと思いますよ」

「え、何を言って……」


 意味が理解できず、つぐみは男性に尋ねかけた。

 次の瞬間、左手の甲に何かひやりと冷たいものが触れ、小さな痛みが走る。

 慌てて見下ろせば、いつの間にか自分の手に添えるように、彼の右手が乗せられているではないか。

 はねのけようとするも、どうしたことか体の自由が利かない。


「そんな、どうして……?」


 言葉に答えることなく、男性はつぐみを左手で突き飛ばしてくる。

 抵抗もできず、床へと倒れこんでいく自分を、冷ややかに男性は見下ろしてきた。


「寂しがることはないよ。もうすぐ人出様も一緒に連れていくからさ。それじゃあ、おやすみ。……冬野つぐみさん」

お読みいただきありがとうございます。

次話タイトルは『人出品子は迎えに行く』です

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― 新着の感想 ―
[一言] またまた想定外の展開!! でも、とりあえず兄にはみぞおちでも決めときたい気分です 二人が大人な対応をされているので、私も大人な対応をするとしましょう 一発で許してやる(`・ω・´)(←
[良い点] ああああつぐみしゃああああああんっっ!!(இдஇ`。) このやろー愛しいつぐみしゃんに何してやがるおらあああ(っ・д・)≡⊃)3゜)∵ 観察眼が裏目に出てしまったというか、お心の優しさと相…
[良い点] うわぁマジかー 急展開ですね( ゜д゜)! [気になる点] 倒れた際、つぐみちゃんのお尻にアザが出来ていないことを祈ります (いや頭ぶつけてないかを心配しようよw) [一言] 「人出様」と…
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