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冬野つぐみのオコシカタ  作者: とは
第七章 冬野つぐみの伝え方

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人出品子は笑む

 頬が赤く染まっていくのを、つぐみは自覚する。

 品子(しなこ)の言葉は、自分にとってあまりにも刺激が強すぎるものだ。


「それで? 冬野さんは、どう答えるつもりかね?」


 父へと問う具志谷(ぐしたに)の声で、つぐみは我に返った。

 動揺を抑えつつ、改めて声の主へと視線を向けていく。

 地元の名士というだけあって、堂々たる姿の男性という印象を持つ。

 部屋に来る前に、父から好ましくない言い方をされていたようだ。

 彼からの視線と言葉には、こちらを軽んじる態度がみてとれる。

 そんな具志谷へと、父がにやついた笑顔をみせていく。


「やはり小さな会社というのが心配でしてねぇ。正直この話は、お断りしようかと考えているのですよ」

「そうでしょうな。私にも息子がおりますから、気持ちは理解できますよ。自分の子供は、恥ずかしくない場所で働いてほしい。そう願うのが親心でしょうから」


 会話を続ける二人に背を向けたまま、品子は黙って話を聞いているだけだ。

 その表情は、感情を抑えているように、つぐみには見える。

 具志谷の(さげす)むような言いざまに、気を良くした兄が嬉しそうに口を開いた。


「まぁ、実力がないから規模が小さいのでしょうね。それにしても先生。私どもにならともかく、具志谷様にいつまで背中を向けているつもりですか? この方はあなたなんかより、はるかに格上の方なんですよ」


 兄の言葉に、具志谷は深くうなずいている。


「全くだ。どうみても君は、私より年下だろう。君のようなマナーのない人間になど、私だったら自分の子は預けたくないね」


 具志谷の前で、自分が品子より上の立場であると見せつけるいい機会だ。

 そう捉えた父が、二人の言葉に乗じてあざけるような調子で言う。 


「確かにその通りだ。目上の人間にいつまでも挨拶をしない。そんな人のいる会社だから、小さいのではないのかねぇ」

「やめてください! どうしてそんなひどい言い方をっ……!」


 たまらず前へ進み、父へと抗議しようとしたつぐみの腕を、品子の手が掴む。

 反射的にみた彼女の横顔に、つぐみは立ちすくんだ。

 

 品子の唇には笑みが。

 それも、不敵な笑みと呼ぶべきものが浮かんでいたからだ。

 つぐみから手を放した品子は、「さて」と呟く。


「……確かに、皆様のおっしゃる通りです。では、改めてご挨拶を」


 品子の声を聞いた具志谷が、おやという表情を浮かべた。

 ゆっくりと振り返った品子の顔からは、挑戦的な笑みは消えている。

 一転し、穏やかな表情を見せる品子に対し、具志谷が「ひっ!」と声を上げた。

 そのまま、数歩あとずさる具志谷へと、父と兄の視線が向けられる。


 彼ら二人の視線が外れた瞬間を狙い、品子は人差し指を唇の前に立てた。

 その顔にあるのは、つぐみに対して行った時とは全く真逆の表情。

 美しい顔に冷笑をたたえ、射貫くような視線を具志谷へと向けている。


『余計なことは語るべからず』


 品子の行動の意味をつぐみは悟る。

 同時に知るのは、この二人は顔見知りであり、力関係は品子の方が上であるということ。


 具志谷も品子の意図に気づいたようで、慌てて首を縦に振る。

 その姿からみえるのは、怯えだ。

 具志谷の行動に、父と兄は不思議そうな顔をしている。

 彼ら二人が再びつぐみ達へと視線を戻した時、すでに品子は柔らかな表情を取り戻していた。 

 

「具志谷様、お目にかかれて光栄です。私は冬野つぐみさんに、母が営んでいる会社の手伝いをしてもらえないか。そうお願いしているところなのです」


 品子の言葉に、兄が皮肉な薄笑いをもらした。


「おや、会社はお母さまが経営なさっていると」

「えぇ、父はとうに亡くなっておりますので」

「片親の、しかも名前も聞いたことのない会社に大切な妹を預けるなんて。やはり反対すべきだよ、父さん」

「全くだな。考えてみたら人出さんの提案は、実に図々しいものだと気付きましたよ。ねぇ、具志谷さ……」


 父の言葉が途切れる。

 会話の相手とされる具志谷は、顔面蒼白となり震えていた。


 父と兄の暴言をいさめたい。

 だが品子からは、余計なことを話すなと言われているのだ。

 当初こそつぐみは、具志谷の態度に怒りを抱いていた。

 だが今はその姿に、むしろ同情すら覚えてしまう。


「おやぁ? 具志谷様、体調がすぐれないようですが大丈夫ですか?」


 品子の声に、目を泳がせながら具志谷は口を開く。


「い、いや。酒を飲みすぎたようでね。冬野さん、どうやら一人で歩ける自信がない。悪いが、付き添ってもらってもいいだろうか?」

「え? あぁ、はい。もちろんですよ」


 すっかり萎縮(いしゅく)してしまっている具志谷を、父が部屋から連れ出すのをつぐみは見守る。

 一方で残された兄は、変わらず品子へとひどい言葉をぶつけていた。


 自分達とでは、あなたは身分不相応である。

 自分も父も認めない。

 このような料理と時間をもらえただけでも、ありがたく思ってほしいものだ。


 (おとし)める言葉ばかりを、兄は話し続けている。

 それを品子は、どこ吹く風といった様子で聞き流していた。


 やがて扉の開く音と共に、父が部屋に入ってくるのがつぐみの目に映った。

 父と一緒に品子へと引導を渡してやろう。

 その思いを顔に表した兄が、嬉しそうに振り返っていく。

 だがそこにあったのは、青ざめた顔をした父の姿だった。


「父さん、一体どうしたんだ? まぁ、それは後でいい。先生に言ってあげなよ。つぐみは、あなたに任せられないってさ」


 兄からの言葉に、父は苦々しい表情を浮かべていく。


「しゃ、社会勉強としていいのではないか。……つぐみさえ、よければだが」

「そうですか、それはよかった! 冬野君、親御さんの許可も出たよ。ぜひ働いてくれないだろうか」


 品子が満面の笑みで話すのを、兄は顔をこわばらせながら聞いている。

 兄が不服そうな視線を向けるが、父は目を合わせようとしない。

 その態度に腹を立てた兄は、「くだらない、先に帰る!」と言い捨てて、部屋を出ていってしまった。


「冬野さん。顔色が優れないようですが、大丈夫ですか?」


 兄の退出を見届けた品子が、今度は父へと話しかけていく。

 動揺を隠しきれぬ様子で、父はたどたどしく言葉を返してきた。


「そ、そうですな。今日はここで失礼する。いや、……失礼いたします」


 改まった言葉遣いで、品子へと挨拶を済ませると父は部屋を出ていく。

 具志谷から、話を聞いたのだ。

 つぐみはそれを確信する。

 ともかくも、これで了承を得ることは出来た。

 ほっとするつぐみの耳に、品子の声が聞こえてくる。


「ごめんね、冬野君」


 どうして謝ることなどあるだろう。

 そう思い、見上げた品子の顔には、深い後悔が表れていた。

お読みいただきありがとうございます。

次話タイトルは「人出品子は知る」です。


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― 新着の感想 ―
[一言] 「くだらない、先に帰る!」と言い捨てて、部屋を出ていってしまった。 しかし、兄が部屋を出て数秒後、外から「ボディーが、がらあきだぁ!」と勇ましい声とともにズドンと重たい音が鳴る。 その後、…
[良い点] 前話から続けて読むと尚更、品子さんの優しさや大人力を感じる回でしたねぇ 物語全般でみると品子さんはギャグ要員筆頭なんですけどw でもそんな品子さん もしや「ギャグ要員」というキャラは演じて…
[良い点] 品子しゃあああああんっ!! いったい、いったいどうなることかと思っていたのですが!!なんということでしょう。一発でくるんっとひっくり返してみせました。さすが品子しゃんである!!オオォォォ(…
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