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冬野つぐみのオコシカタ  作者: とは
第一章 木津ヒイラギの起こし方

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二条の人々

 つぐみを明日人に任せ、連太郎は歩く。

 さして疲れてもいないのに、足が思ったように進まない。

 自分の心が、体に重りを科しているようだ。

 ビルへと戻るとすぐに、惟之がいる三階の部屋へと向かう。

 

「失礼します。九重、戻りました」


 扉をノックして入室した先には、惟之が一人でいるのみ。

 サングラスを机の上に置いたまま椅子に座っていた惟之は、眉頭を人差し指と中指で押さえながら口を開く。


「お帰り、連太郎。いろいろと迷惑を掛けてしまったな」


 顔を覆っていた手を降ろすと、ゆっくりと連太郎へと目を向ける。

 普段はサングラスをしているのに、珍しいこともあるものだ。

 その素顔を見慣れないこともあり、思わずまじまじと顔を見てしまう。

 緩やかに下がった目尻が、連太郎の視線を感じて淡く微笑む。

 その仕草で我に返り、連太郎は慌てて言葉を続けた。


「いえ、自分は迷惑など!」

「彼女に対しての言葉、お前に言わせてしまったことも含めてだよ。本来は俺か品子が言うべきことだったというのに。……お前に、嫌な役割をさせてしまった」


 倉庫での出来事を、この人は認識している。

 それは、つまり。


「逃げた犯人の方に鷹の目を使わずに、自分にずっと発動を行っていたのですか?」

「相手はお前に相当な怪我をさせられている。俺の発動を使わずとも、いずれ足が付くだろうよ。お前さん、思いきり加減なくやっていたようだし」


 嘘だ、それは本当の理由ではない。

 きっとこの人は……。


「自分を心配してですか? そこまで、……そこまで自分は弱くはありません!」


 叫ぶように発した声。

 その大きさに何ら惑うことなく、言葉が返ってくる。


「あぁ、知ってるよ。これは俺の勝手な老婆心から出た行動だ。勝手な上司ですまないな」


 どうして責めてこないのだ。

 ()ていたのでれば、連太郎がどんな行動をしていたのかは知っているであろうに。

 

「……どうして聞かないのですか? なぜ冬野さんをすぐに助けずに、しばらく見ていたのだと」


 つぐみを助ける。

 連太郎は、もう少し早くそれが出来ていたのだ。

 ……それをしなかったのは。


「お前にも、いろいろと考えることもあるだろう。結果的に、彼女を助けることが出来た。さらにはこういった暴走行為は、自分のみならず周りに迷惑を掛ける。それを彼女は学んだはずだ。極論ではあるがこの件は、彼女にも俺達にも必要だった。俺はそう思うね」

「……適切な判断をしなかったのにですか?」

「それを決めるのは俺なのか? それこそ鷹の目を使う相手で俺は、適切な判断とやらをしていないんだがね」


 言葉が出てこない。

 いつもそうなのだ。

 この人はこうやって全てを許容していく。


 ――自分にはそれは出来ない。

 なぜなら、彼女を助けそびれた理由は。


「もう少ししたら品子が、冬野君と明日人を連れてこちらに来る。今日は帰るといい。明日、落ち着いたら品子に説明をしてやってくれ」

「……では、自分は帰ります。明日はきちんと説明しますので」

「わかったよ。じゃあ、気を付けて帰りな」

「はい、失礼します」


 重苦しい気持ちを抱えながら部屋を出て二階に戻ると、出雲が書類の整理をしている。

 目が合うと彼女は、穏やかに声を掛けてきた。


「今日はお疲れ様。大変だったみたいね。ゆっくり休んでね」

「……はい、では失礼します」

「あ、九重君。あのね」


 ためらいがちに出雲は近づいてくると、連太郎の頭をぽんぽんと撫ではじめた。


「何か惟之様がね。今日のあなたは優しさに飢えてるから、こうしてやってって言われたんだけど……。迷惑だったらごめんなさいね」


 戸惑いを浮かべながらも、出雲は頭を撫で続けている。

 失礼だとは思いながらも、連太郎は笑いがこみあげてきてしまった。


「ぷっ、だ、大丈夫です。でも確かに元気になりますね、これ」


 いつまでも笑い続ける姿に、出雲はさらに惑いが増したようだ。


「とりあえず元気になったのならよかったわ。じゃあ、また明日ね」

「はい、今度こそ失礼します」


 部屋を出てから、自分の頭に触れ、階段を下りていく。

 改めて上司の器の大きさに驚かされる。

 同時に自分の心の弱さも。


 冬野つぐみ。

 何も力を持っていないのに、あっという間に自分の周りの人達の心を彼女は惹きつけていく。

 無茶な行動をしても見返りなどなくとも、皆が必死で彼女を守ろうとするのだ。

 正直に言えばその中の一人に、自分も入っている。

 少なくともあの倉庫に入るまでは、自分は本当に彼女を心配し探していたのだから。


 それなのに、助けるのが遅れた理由。

 それは。


 ……そう、これはきっとそんな彼女を(うらや)む気持ち。

 いやそれすらもとうに超えた、もはや嫉妬だ。

 彼女の口から、兄への謝罪が出た時。

 ようやくそこで自分は、足が動き出した。

 あの時の彼女は、心も体も傷つけられ、打ちひしがれていたというのに。

 それにもかかわらず、傷つけると分かっていながら、次々と心無い言葉を自分はかけ続けたのだ。


 足を止め、強くこぶしを握りしめ連太郎は思う。


 あぁ、自分は。

 ……自分はとても卑怯で、とても醜い。

お読みいただきありがとうございます。


次話タイトルは「ある女の独白」


ある女がある人のことをおもい、ドキドキしているお話です。

……嘘ではないです。

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― 新着の感想 ―
[一言] つぐみ、また暴走しちゃいましたね。 定番といえば定番ですが、もう少し落ち着いて欲しいものです。 とりあえずつぐみはタルト食っとけ、後の事は品子達に任せようぜ!
[一言] 失敗することで学ぶのは、次へと繋がる大切なステップですが、相手を想うからこそ必要だと考えてそれを行うのは、それこそ心を鬼にしなくてはならない、かなりキツイ選択ですよね。 いや、いざ自分がつ…
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