番外編 靭惟之と緋山晴沙は話す その2
「こうして靭様と二人だけで話をするのは、本当に久しぶりですね」
嬉しそうに、緋山晴沙は惟之へと語りかけてくる。
「そうですね。まだ自分が下級だった頃、緋山さんにはよく指導してもらいました」
「指導だなんて。私が年上だったので、靭様の知らないことを何度かお伝えしただけですよ」
「そういえば、緋山さんと同じ中級になった頃から接点は減ってしまいましたね。私はあなたから発動者としての心得や向き合い方を学べたことで、今の自分があると思っておりますよ」
彼女からは無難な質問ばかりが続いている。
だがそれもいつまで続くことか。
わざわざ、自分の目や明日人のことを引き合いに出してきたのだ。
このままで終わるとはとても思えない。
その考えを見透かしたかのように、緋山は惟之へと問いかけてきた。
「私の仕事が、白日の方達が対象ではないと申しましたでしょう。靭様、私が主に派遣されている場所はご存じですか?」
いよいよ来たか。
惟之は表情を引き締め、緋山を見据える。
「えぇ。あなたは一条での仕事が多いと私は記憶しております。当初は職員の心のケアのために、一条での仕事を請け負っていると思っていました。ですが、これは『自分の認識は真逆だった』というのが正解でしたかね?」
皮肉を込めた言葉を、緋山はさらりと流していく。
「本当に理解が早いですね。そうですよ。私が一条に呼ばれるのは対象者に発動を行い、相手に正直に話をしていただくためです」
「嘘をついても無駄だと分かれば、話はスムーズに進む。なるほど、あなたの能力は実に一条の仕事向きで……」
緋山の、自分を見上げる悲しげな目つきに言葉を止める。
自分達のことを聞かれたくない。
その思いがあるとはいえ、これは言い過ぎではないか。
彼女とて、望んでその任務をしているわけではないというのに。
「……すみません。言葉が過ぎました」
申し訳なさと後ろめたさに、思わずうつむいてしまう。
しばしの沈黙の後、予想外に明るい声で緋山は話しかけてきた。
「気になさらないでください。そうだわ! 今は二人だけだし、少しくだけた話し方をしてもよろしいですか?」
この提案は、間違いなく自分への配慮だ。
惟之は「もちろんです」と言いながら、顔を上げていく。
「じゃあ、……靭君。あなたはずっと変わらないのね」
緋山の視線が、赤く染められたままでいる惟之の頬と指先へと向けられていく。
「今の謝罪にも一切の偽りもなかった。上級ともなれば、見たくもないものだってたくさんあったでしょうに。それでもあなたは逃げずに、きちんと前を向いているのね」
呼ばれ方で知るのは懐かしさ。
そして、彼女がいかにこの組織で心を傷つけられてきたかということ。
せめて今だけでも、穏やかに過ごしていた頃に戻れたら。
その願いを込め、惟之は口を開く。
「……晴先輩。俺が変わらないでいられたのは、周りに助けられていたからなんです。同じように、俺があなたに出来ることはありませんか?」
自分も同じように、かつての呼び名で語りかけていく。
緋山はそれに驚きをみせたものの、やがて穏やかな笑みへと表情を戻していく。
「ありがとう、靭君。……そうね、だったら教えてくれるかしら?」
明日人との『結』や、真那への働きかけを知られるわけにはいかない。
だが、それ以外で力になることが出来ればと、緋山からの言葉を待つ。
一瞬だけ緋山は真剣な表情を見せたものの、ふっと力を抜き柔らかな声で問うてきた。
「今、気になる異性はいるの?」
「……はい?」
あまりにも想定外な問いかけに、惟之の思考は一瞬、止まってしまう。
「さぁさぁ、聞かせて?」
こちらを見上げてくる緋山は、なぜだかとても楽しそうだ。
「いや、えぇと。それを今、俺に聞くのですか?」
これは、恋愛対象としてみている存在を問われたということか。
本来ならばここで、惟之の目的を聞いてくるべきであろうに。
彼女は好奇心で話をしたいだけで、自分が勝手に深読みしすぎただけだろうか。
思い返せば、この問いかけをする前に彼女は一瞬、表情を変えていた。
本来問うべき質問を、自分との会話で思い直し、とっさに変えたようにも見受けられる。
ともかくも、どう答えようかと悩むうち、ふと惟之はある考えにたどり着く。
この質問の答え方によっては、彼女の発動の抜け穴を知ることが出来るではないかと。
利用するようで心は痛むが、確認させてもらおう。
そう結論をだした惟之は、緋山へと答えていく。
「そうですね。……晴先輩、あなたですかね。どうしてこんなことを俺にしてきたのか。今の自分にはそれがとても気になっていますからね」
予想とは違う返事をしたことで、緋山が子供のようにむすりと顔をしかめる。
「も~! そんな意味で私は聞いたんじゃないんだけど。靭君ってばきらーい!」
不満そうに話す緋山の手から、赤色が消えていく。
自分はまだ嫌われてはいない。
その事実に小さな喜びを感じながら、視線を下へと向ける。
自分の指先についた赤は消えずに残っている。
つまり彼女の意図とは別の答えであろうが、自分の気持ちに偽りがなければ真実としてみなされるのだ。
うまく相手をはぐらかしながら答えれば、こちらの情報を渡さずに済む。
一つの収穫を得た惟之は、そのままもう一つの制限も取り払っていく。
「奇遇ですね。俺も先輩のことが嫌いですよ」
ニヤリと笑って語れば、自身の指についていた赤色は消え失せる。
これで、自分も通常の会話が出来るように戻ったというわけだ。
「あら、何気ない会話で嘘をついて、私の発動を消すなんてなかなかの策士ね。でも私が嫌われていないと分かったのは、よかったと思うべきかしら」
緋山は立ち上がると、惟之の隣へと腰かけてくる。
「……先輩、そろそろ戻られた方がいいのではないですか?」
無駄な抵抗であると思いつつ声がけをすれば、再び赤く染まった緋山の手に頬を触れられる。
「真那様からの連絡がきたらすぐに出ていくわ。それまでにこちらを片付けておきましょう」
頬に手を添えたまま、緋山は惟之の顔を自分へと向けさせる。
「ねぇ、あなたたちは何を企んでいるの?」
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次話タイトルは『靭惟之と緋山晴沙は話す その3』




