倉庫にて 3
「この下らないことをしてくれた奴ら、どこ?」
明日人は、そう言い捨てる品子を見つめる。
快活に笑い、多少のトラブルなどもどこ吹く風ですんなりと片付けていく。
普段とあまりにも違う姿に、明日人は戸惑いを感じてしまう。
こんな彼女の姿を見るのは、初めてではないだろうか。
だがまずはつぐみの着替えを待つ間に、二人で互いの情報を確認すべきであろう。
そう判断した明日人は、品子へと問いかけていく。
「品子さんはどこまで把握していますか? まずは冷静になって、お互いの行動を確認しておきましょう」
明日人の声掛けに、少しだけ品子から出ていた不機嫌な空気が緩む。
さすがに感情をあらわにし過ぎたのを、悔いている様子だ。
「……あ、あぁ。そうだな。では、私から。九重君が三階までタルトを届けに来てくれて、それを食べ始めて間もなくのことだ。君からの連絡を、惟之が受けた」
「はい、彼女の後を追いかけながら連絡した時ですね」
当時の自分の認識の甘さに、明日人は唇を強くかみしめる。
「隣で聞いていた私がシヤに連絡し、リードを発動してもらい場所を絞った。惟之が鷹の目を発動し、ここの倉庫を発見。君と九重君に連絡した。……それで君は、誘拐犯達に会っているのかい?」
「すみません。僕が来た時点で、そいつらはもう居ませんでした。連太郎君がそのうちの一人と接触していたようです」
「なるほどね。では後ほど九重君に、話を聞かせてもらうとするか」
「あぁ、でもちょっと時間をおいた方がいいと思いますよ」
発言を聞いて品子は、不思議そうに明日人を見つめた。
「……なんで?」
「うーん、やっぱり自覚なしですかぁ」
「……何? どういうこと?」
「だって品子さん。あなたの今の顔、すごく怖い顔していますよ。お相手を見つけたら何するか分からないって、顔に書いてありますもの」
いつもの恬然たる態度が消えているのを、本人は自覚していないようだ。
相変わらず品子は、つぐみのことになると別人のようになる。
明日人はそう思わずにはいられない。
「……何を言ってるの? 私よりもよっぽどそんな顔している君に言われても、説得力無いよ。ってこの言葉は以前、言われたような気がするな」
「あぁ、そんなこともありましたね」
自分もそんな顔をしている。
……この僕が。
少しだけ心臓が早く動いていくのを感じながら、明日人は話題をそらすように問いかける。
「品子さんは今回の件、落月の仕業だと思いますか?」
品子が、つぐみのいる部屋の扉を見つめたまま答える。
「まだわからない。一通り皆から話を聞いてからでないと。明日人、君はどう思っているんだ?」
「うーん。この倉庫に入る前に見た感じだと、この周辺って入り組んでいる細い道が多い上に、監視カメラとかあまり無いんですよね。足が付きにくいという場所であることを理解して、ここを縄張りにして悪さをしていたなら。場当たり的なものではなく、計画的とも考えられますね」
そうは言ったが、明日人は犯人達は落月ではないだろうという思いを抱いている。
あまりにも彼らの行動は稚拙でずさんなものだからだ。
「冬野君が最初に明日人に言っていた、さらわれている女性とやらが今ここに居ない。つまりは、その女性も共犯者かねぇ。冬野君の鞄の中から現金だけ抜いて鞄を放置する。落月の奴らがそんなみみっちいことをするかと考えると、やはり違う気もするがな」
扉の開く音で、会話は中断される。
着替えを済ませたつぐみが、二人の元へと向かってきた。
「遅くなってしまい申し訳ありません。先生、えっと服をありがとうございます。それに袋の中に絆創膏や携帯用の保冷剤が準備されていたので使いました。何から何まで揃っていたので、すごく助かります」
「それきっと出雲さんだよね、品子さん?」
「あぁ、さすがと言うべきか。いいよなぁ、有能な部下」
「ねー、四条にもこんな有能な人いたらいいんだけどなぁ」
出雲の的確な采配に、明日人は呟かずにはいられない。
「さて」と呟き、品子がつぐみの顔を見る。
「今後の行動だが、冬野君。一度、家に戻ろうか?」
つぐみは目を閉じて、考える様子を見せている。
「いえ。私はその前にビルに戻って、靭さんと九重さんに一度お話をしたいのですが」
「え、今からかい? 無理はしない方がいいと思うが。話は後からでも出来るだろうし」
「お気遣いありがとうございます。ですが私がそうしたいので。……戻って頂いても、大丈夫でしょうか?」
つぐみは、品子の目を真っ直ぐに見つめる。
「……わかった。でも体調が悪くなったりしたら、すぐに家に送り届けるからね」
「はい、お願いします。あの、井出さんはどうされますか?」
「僕も行くよ。いろいろ聞きたいこともあるし。品子さん、一緒に行ってもいいですか?」
「あぁ、問題ない。では行こうか」
品子がそっとつぐみの肩に手を添えた。
優しく促すように連れて行くのを、明日人は後ろから眺める。
今日のことを品子程ではないが、自分の中で悔やんでいるのは確かだ。
彼女らの後ろを歩きながら、静かに誓う。
次からは。
次からはきちんと手が届くように、守れるようにならなければ。
こんな思いをするのもさせるのも、二度とあってはならないのだから。
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次話タイトルは「2条の人々」です。




