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冬野つぐみのオコシカタ  作者: とは
第六章 井出明日人の結び方

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井出明日人は語る

 四条の長は自分の父だ。

 明日人(あすと)の告白に、品子(しなこ)は驚いたようで黙りこんでいる。

 

「品子さんも話くらいは聞いたことがあるのでは? 四条の長である鶴見(つるみ)まことは、実に女性にだらしない男であると」


 問いかけに対し、品子はためらいがちに口を開いた。


「え、ええとだな。まぁ、清乃(きよの)様からそれらしきことは言われた記憶がある。『四条の長と二人きりになるな』と。だがいくら何でも……」

「それが通用しない人なのですよ。母は四条の上下関係を盾に無理やりだったそうですよ。あの男は当時すでに妻も子供もいたというのに、実に嘆かわしい」


 普段であれば口にしない言葉が、次々と出てしまう。

 そんな自分を、品子が困った様子で見つめている。


「……申し訳ありません。少し言葉が過ぎましたね」

「いや、私こそ事情も知らずに軽々しい発言をしてしまった」

 

 ――ちょうど退屈だったから。

 これは(たわむ)れに起こした行動に過ぎない。

 当時の母とのことを、あの男は周囲にそう話していたという。


 全く望まぬ結末、一度だけの出来事だったとはいえ夫人に申し訳が立たない。

 母はそう考え、その日のうちに辞表を提出し本部から去ろうとしたのだ。

 だがそれを引き留めたのは、ほかならぬ長の妻であった鶴海(つるみ)結佳ゆうかだった。

 合わせる顔も無いと話す母に、結佳は夫の行動をいさめることが出来ず申し訳なかったと詫びてきたという。


「結佳様はとても慈悲深い方でした。一番傷ついていたのはあの方のはずなのに、母に寄り添っていてくれたそうです」


 その当時、長と結佳の間には二人の子供がおり、それぞれに幼いながらも実に優秀な才能の兆候を見せていた。


「母が僕を宿したことに対し、その二人と同じ力を持ちうる能力の高い子供が生まれてくる可能性があるならば都合がいい。四条の上層部はそう判断を下しました。たった一度の男の『戯れ』ごときで、二人の女性とその子供達が大変に傷ついたというのにね」


 吐き捨てるようなその言葉に、自分を見つめる品子の顔に様々な感情が表れていく。


「下らない『戯れ』とやらで僕が生まれてからも、結佳様は変わることなく僕と母に接してくれていました。同様に、腹違いの兄と姉である真基(まさき)様と真那(まな)様も。彼ら三人は僕を長の子供として見てくれていたのです」


 そう、彼らは本当に自分達母子に対し優しかった。

 本来ならば忌むべき存在と言われても、憎まれてもおかしくないというのに。

 

「品子さんも知っての通り、真基様も真那様もとても優秀な方達でした。長の血族はやはり能力が高いのですね。僕にも五歳になる頃に、それらしき才が発現するようになってきました。四条の大人達はとても喜んでいたそうですよ。妾腹(しょうふく)の子とはいえ、長からの血族のものはやはり違うのだとね」


 力の強い者が現れれば、それだけ四条の影響力も上がるというもの。

 彼らはそう考えると同時に、もう一つの野心を抱き始めた。

 

「僕を庇護する立場になることで、四条における立場の強化を狙う者も少なくなかったのです。四条の後継者候補として、僕の立場は弱い。とはいえ僕達の仕事は、いつ何が起こるかわからないですよね。だからこそ血族の候補者が多いに越したことはない。当時はそう考えられていたようです」


 生まれた当初、周囲の大人達は自分達を(さげす)んできたものだ。

 彼らは長からの「気まぐれで起こした行動だった」という言葉を被害者である明日人の母に、そして次第にその息子である明日人にも容赦なく浴びせていく。

 時に(おさ)自身の口から、時に彼の配下から。

 都度かけられる言葉に、明日人の母はただじっと耐え続けた。

 幼さゆえにその言葉の意味も知らず、悲しげな表情を浮かべ抱きしめてくる母を守れなかった後悔は心から離れることはない。

 当時の母に対し、何か自分にも出来ることがあったのではないか。

 今でも明日人はその答えを探してしまう。

 そんな原因を作った彼らは、明日人が発現の兆候を見せた時から態度を一変させてきた。


「有益な存在になりうると判断された僕は、それまでのことなどなかったのかのように、丁重に扱われるようになりました。それはもう気持ちが悪いくらいに。自分に暴言を吐かれるのは耐えていた母でしたが、彼らの態度に限界が来ていたのでしょう。『もうこれ以上、息子を犠牲にすることは我慢ならない』と発動を促す訓練等を拒否し、四条から一時、僕を連れて行方をくらましたのです」


 四条の捜索により、数年後に二人は連れ戻される。

 だが、その行動に長である鶴見真は激高(げっこう)していた。


「面目を潰された長は、僕達母子を勘当(かんどう)すると宣言しました。母はこの環境で育てるよりはよほどいいと受け入れ、母の故郷へ戻ることになりました。四年程でしょうかね。母が亡くなるまではとても穏やかな日々を過ごせていましたよ。ですが母亡き後、引き取り手のいない僕は、四条へと戻ることになりました」


 今となっては四条が手を回し、母方の親族に引き取らせないようにしていたであろうことは容易に想像できる。

 だが当時はそれを知らず、連れてこられた四条の中で自分の母親がいかに愚かな行動を起こしたのか。

 そして誰も引き取ろうとしなかった明日人がどれだけ罪深い存在であるのかを、責められる日々が続いたのだ。


「長の怒りを買った僕に、あれほどすり寄ってきた大人達は、誰も近寄ろうとはしませんでした。それからの僕は、四条にはいるものの『存在しないもの』として扱われることになりました」


 その言葉に品子が、恐る恐るといった様子で明日人へと訊ねてくる。


「……なぁ、四条に連れ戻された時、君はいくつだったんだ? それにその状況であれば、結佳様がそれを(いさ)めてくれていそうなものだが」

「そうですね。()()()()()()()のならそうなっていたでしょう。僕が引き取られたのは、マキエ様の事件が起きてすぐ。つまりは結佳様と真基様が亡くなった直後だったのです。もうおわかりでしょう? 僕は真基様のスペアとして、四条に呼び戻されたのです」

お読みいただきありがとうございます。

次話タイトルは「人出品子は望む」です。

次話の投稿予定は3月26日午前11時頃の予定です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 明日人くん、あぁ明日人くん! 僕はね、君のその屈託ない笑顔の其処には耐えて来た苦難があるんだろうな、と思っていたよ でもそんなにか、そんなになのか( ;∀;) [一言] これは‥‥‥ 流石…
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