井出明日人は憧れる
「私は、……人出品子は君との『結』を希望する」
品子の手が自分の頬から離れていくのを、明日人は信じられない思いで見つめる。
「なぜですか? 僕の答えは、あなたを安心させるものではなかったはず。それなのに」
「確かにね。いつも穏やかな君が、あそこまで感情を出す。あれはなかなか珍しいことだったよね。ふふっ」
嬉しそうに語る品子の言葉に、明日人は頬を赤らめる。
「その、品子さんは僕との『結』が怖くはないのですか?」
「う~ん、怖くはないと言ったら嘘になるかな」
「ならばどうして……」
言葉を途切れさせた明日人を、品子はまっすぐに見つめてくる。
「実に単純な話さ。君が私の約束を守ってくれていたからだよ」
「約束、ですか?」
「うん、『正直に答えて欲しい』。これにきちんと君は真摯に向き合い答えてくれた」
品子はソファーへと視線を向け、明日人に座るよう促している。
慌てて戻り着席し、両手を膝の上に置き背筋をぴんと伸ばす。
緊張のあまり、思わず「座りました!」と声を掛けてしまう。
そんな自分の姿を、品子は穏やかに見つめてきた。
「『結』は、互いの信頼が無ければ成り立たないものだと私は認識している。明日人、私は今の会話で君を知った。自分の恐れていることを、素直に伝えてくれたではないか。それこそが信頼してもいいと思わせることに繋がったんだよ」
「そう、……だったんですね。あの、ありがとうございます」
認めてもらえた嬉しさはある。
だが同時に、『結』を成功させねばというプレッシャーに明日人の表情は曇っていく。
そんな自分へ、品子は口元に笑みを残したまま問いかけてきた。
「なぁ、明日人。逆に君は私と『結』を行うことについて恐怖はあるのかい?」
「え? えっとそうですね。無いと言えば嘘になります。けれども一度は成功させているので、最初の惟之さんとの時ほどには心配していません」
「ふむふむ。では惟之の時にはなかったであろう言葉を、私から君へと伝えさせてもらってもいいかい?」
「もちろんですよ。互いに考えや思いを知っていた方が、より成功率は上がりますから」
明日人の言葉に品子はうなずく。
「その恐怖は今の君にどう見えている? それは私からの『大丈夫』とか『心配するな』といった言葉で拭いきれるものなのかい?」
あくまで正直に。
きっとそれが、今の自分達に必要なことだろうから。
その思いを抱き、明日人は答えていく。
「確かにある程度でしたら、品子さんからの言葉により緩和はできると思います。ですが、完全に消すことは無理でしょうね。僕に感情というものがある以上は」
「そうだね、私もそう思うよ。だからね、明日人」
ぐっと顔を近づけ、品子は続ける。
「だからこそ私は、君と恐怖を乗り越えたいと思っている。互いが一人で乗り越えるのではなく、『二人で共に』だよ。なぁに、心配しなくてもいい。君はこの素敵な大人のお姉さんに、頼ってくれればいいんだからな」
『大人』という発言に、数日前の惟之の言葉が明日人の頭によぎる。
「品子さんは、惟之さんから何か聞いていますか?」
「あぁ。君と『結』を行い、きちんと成功させてくれたと聞いている。あいつは言っていたよ、『自分は、明日人の頑張りを見届けることしか出来なかった。だからお前が俺の代わりに大人代表として明日人を支えてほしい』ってね。さぁ、私はどうすればいい? 惟之以上の活躍を見せてやるからな! さぁ、何でも言ってみなさ~い」
両手を大きく広げ、品子は満面の笑みを浮かべている。
そんな彼女の姿に、次第に明日人にも同じく笑顔が生まれていく。
危険だと知っているというのに。
きっと悲しい、知られたくない過去もあるであろうに。
この人はそれを見せることなく、自分をこうして受け入れようとしているのだ。
なんと無謀で、そしてなんて愛おしいことをしてくれるのだろう。
やはり品子には。
いや、彼女だけではない惟之もだ。
この二人は自分にとって大切な人達であり、追いかけていくべき存在なのだ。
――自分はいつか、この二人のような大人になれるのだろうか。
その思いを抱き、明日人は品子へと告げる。
「……ありがとうございます、品子さん。惟之さんから僕の過去の話を聞いていますか?」
「いいや。それについては、君本人から聞くべきだと惟之からは言われている」
「そうですか。では僕からのお願いです。『結』を行う前に、互いの情報を知っている方が反動が少ないと前回の経験で学んでいます。『結』によって過去を知られるよりも、今ここで互いに話すことによってそのリスクを低減させておきたいのです」
「そうか、ならば今から私の話を聞いて……」
「いいえ、これは僕から先に行わせてください。そしてこの話を聞き終えた時に、僕との『結』を断ることも可能だと先にお伝えしておきます」
明日人の言葉に、品子は真剣な顔つきへと変わる。
「……そう思わせるほどの話をする。君はそう言いたいのかい?」
「その通りです。これは僕なりの覚悟。受け入れられないというのであれば、その選択もあるということを知っておいてください」
「そうか。ならば聞かせてもらおうか、君の覚悟を」
品子の言葉を受け、明日人はうなずくと自分の鞄から一冊の資料を取り出す。
それを目にした品子の顔が、険しい表情に変わった。
「……どうしてこの資料を君が持っている? これは二条の資料室で管理されており、持出は禁止されているもの。ここになど、あってはならないものだ」
言葉こそ冷静であるものの、品子から明日人へ向けられた瞳には怒りが宿っている。
品子の態度は当然だ。
この資料は品子が何度も読みかえしてきたものであり、大切な人のことが書かれているものなのだから。
「答えろ明日人。どうして君が、……マキエ様の事件の報告書を持っている?」
お読みいただきありがとうございます。
次話タイトルは「井出明日人は告白する」です。




