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冬野つぐみのオコシカタ  作者: とは
第一章 木津ヒイラギの起こし方

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倉庫にて 2

 連太郎は何も言わずしゃがみ込むと、つぐみの手首と足首を縛っていたスカーフを解いていく。


「あ、ありがとうございます」


 連太郎は無言でそのまま立ち上がると、スマホで誰かに連絡を取りはじめた。


「はい、冬野さん見つけました。井出さんはじき、こちらに来ると思います。あと、彼女の着替えの準備をお願いしたいと伝えてください」


 つぐみは改めて自分の姿を見下ろす。

 泥や埃で、確かに外を歩きづらい格好だ。

 立ち上がろうとして、腹の痛みに気づく。

 もう少し座っていた方がいい。

 そう判断し、再びそのまま床に座る。

 その矢先、倉庫の奥の扉が開く音が聞こえてきた。

 見回してみると、先程までいた男がいない。

 男がここから逃げ出したということか。


 あの時の鈍い音。

 恐らく、男の腕の骨が折れた音なのではないだろうか。

 もう一人の男はどうなったのだろう。

 いずれここに戻ってくるのは間違いない。

 それまでにはここを出なければ。

 今後の行動を考えていると、再び扉の方から音がする。


「つぐみさん、九重君! どこにいるんだ!」

「井出さん、こちらです。そのまま奥に来てください」


 明日人の声に連太郎が返事をしていく。

 やがて足音が近づき、明日人の姿が現れた。


「つぐみさん! 大丈……」


 つぐみの姿を見た明日人は、言葉を失っている。

 つぐみ自身が分かるだけでも左頬に三本の傷、熱をもった右頬、埃だらけで腹の部分に靴の跡がくっきりと付いた服。

 明日人は、かなりショックを受けてしまっているようだ。

 自分のパーカーを脱ぎつぐみの肩に掛けると、そっと抱きしめてくる。

 その顔は今にも泣きだしてしまいそうだ。


「ごめんね、ごめんなさい。……僕のせいだ。僕があの時、外で待っててなんて言わなければ……」

「いいえ、それは違います! 井出さんは何も悪くありません。私が今回、勝手な行動をして……」


 慌てて言葉を返すつぐみに対し、感情の無い、冷ややかな声が頭上から響く。


「その通りです。これは冬野さんの責任です」

 

 明日人が顔を上げ、連太郎へと声を荒げる。


「連太郎君! 何でそんな!」


 つぐみに触れている明日人の指に、力がこもる。


「冬野さん。ここを見つけられたのはなぜだと思いますか? 木津シヤさんのリードと惟之様の鷹の目があったからです。あなたの勝手な暴走のせいで、二人の発動者が使わなくていい力を使わされたんですよ」


 見上げた連太郎の顔は、ずっと無表情のままだ。

 つぐみを一瞥(いちべつ)した後、背を向けて連太郎は続ける。


「恐らく井出さんは、あなたに言ったはずです。追いかけるな、その場に居ろと。違いますか?」

「……はい、その通りです」

「どうしてそれを守らなかったのですか? その結果が今なんです。あなたが自分で解決する力を持っていたなら、好きにすればいい。でも何も持っていないあなたが余計な行動をしたために、何人の人に迷惑を掛けたか。あなたはそれを知るべきだ」


 こちらを見ようともしない連太郎に、つぐみは小さく答える。


「……本当に、その通りです。私には発動の力も、先程のように襲われた時に対応できる力も、何も持っていません」

「……自分は一度、戻ります。品子様がもうすぐ車でこちらに迎えに来るでしょう。井出さん。申し訳ありませんが、それまで冬野さんの傍にいてください」


 連太郎の声が響く中、つぐみはうつむいたまま動くことが出来ない。


「うん、わかった。ありがとうね、つぐみさんを助けてくれて」


 明日人が、連太郎に声を掛ける。


「自分は何もしていません。あと、冬野さん。井出さんは部外者であるあなたに治療を施すと、組織に罰せられます。決して井出さんの治療を受けないようにしてください。……これ以上、自分の大切な人達に、迷惑を掛けたくないのならば」

「……はい、わかりました」

「失礼します」


 連太郎はそのままつぐみを一度も見ることなく、倉庫から出て行った。



◇◇◇◇◇



「つぐみさん。あのね、九重君は君を傷つけたいというつもりではないんだ。一緒に君を探している時、本当に彼は心配していたんだよ。だから、勘違いして欲しくないんだ」

「はい、それは分かっています。九重さんは、優しい人ですから」


 明日人はつぐみの隣に座り、ずっと手を握っている。


「井出さん、服が汚れてしまいます。私はもう大丈夫ですから」

「うん、わかってるよ。でも僕が座っていたいんだ」

「……はい、ありがとうございます」

 

 明日人の優しさに、つぐみは感謝する。


 言葉が途切れないように。

 つぐみが辛いことを考えないでいられるようにと、気を遣ってくれている。

 腹の痛みはもう感じない。

 今ならもう立てるだろう。

 明日人の顔を見てからそっと手を放し、足に力を入れて立ち上がってみる。


(……よし、大丈夫そうだ。きちんと体は動く)


 自力で立てたことにほっとする。

 もう一人の男が帰って来る前に、ここから早く出なければ。


 そう考えていると、部屋の奥の方から再び扉が開く大きな音がする。


「冬野君! 明日人! どこにいるんだ?」


 品子の緊迫した声に明日人が答える。


「品子さん。こっちです。声のする方に来てください」


 まもなく現れた品子は、手に紙袋を持っていた。

 つぐみを見て、一瞬だけ苦しそうな表情を浮かべた後、口を開く。


「着替えを持ってきた。冬野君はこれに着替えてくれ。私と明日人は出口の方で待ってるから、終わったら出てきてくれるかい」

「わかりました。すぐに着替えます」

「何かあったら呼んでね。あ、僕じゃなくて品子さんの方ね」


 言葉の一つ一つに、明日人の心遣いを感じる。


(落ち込むのは後だ。今はこれ以上、心配を掛けないようにしなければ)


「はい、何かあったら呼びます。先生だけでいいですからね」

「あぁ、そうだな。明日人は一人で待ってればいいさ」

「何かあったら、でしょ。ちぇ~、僕だけ仲間外れかぁ」


 二人で話しながら出て行くのを見送り、つぐみは紙袋を開くと着替えを始めた。

お読みいただきありがとうございます。

次話タイトルは「倉庫にて 3」です。

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― 新着の感想 ―
[一言] ここで新たなフラグが点灯ですか。 絶賛お眠り中の少年を差し置いて明日人くんのロマンス展開を期待した回でした。ふむふむ、つぐみちゅわんはしっかりと主人公とヒロインしている様で安心しました、攫わ…
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