倉庫にて 2
つぐみを見下ろしてくる連太郎の目は、ひどく冷たい。
彼は何も言わずしゃがみこむと、つぐみの手首と足首を縛っていたスカーフを解きはじめた。
「あ、ありがとうございます」
拘束がなくなり自由になったつぐみは、連太郎へと礼を述べる。
だが彼は返事もせずそのまま立ち上がると、スマホで誰かに連絡を取りはじめた。
「はい、冬野さん見つけました。井出さんはじき、こちらに来ると思います。あと、彼女の着替えの準備をお願いしたいと伝えてください」
つぐみは改めて自分の姿を見下ろす。
泥や埃で、確かに外を歩きづらい格好だ。
立ち上がろうとするが、男に踏まれた腹に痛みが走る。
もう少し座っていた方がよさそうだ。
そんな自分の視界に、倉庫奥の扉から逃げ出していく男の姿が映る。
腕をかばい走る姿と、先程の鈍い音からするに、男の腕は折れていそうだ。
あの男はいなくなるが、車を取りに行くと言っていたもう一人の男は戻ってくるだろう。
それまでにはここを出なければならない。
やがて連太郎が来た扉の方から、明日人の声が聞こえてくる。
「つぐみさん、九重君! どこにいるんだ!」
「井出さん、こちらです。そのまま奥に来てください」
連太郎の声かけに足音が近づき、やがて明日人の姿が現れる。
「つぐみさん! 大丈……」
つぐみの姿を見た明日人は、言葉を失っている。
両頬の怪我に、腹の部分には踏まれた靴の跡。
その姿に明日人は、かなりショックを受けてしまっているようだ。
自分のパーカーを脱ぎ、つぐみの肩に掛けた明日人は、そっとつぐみを抱きしめてくる。
「ごめんなさい、僕のせいだ。僕があの時、外で待っててなんて言わなければ」
「いいえ、それは違います! 井出さんは何も悪くありません。私が今回、勝手な行動をして……」
慌てて言葉を返すつぐみの声を遮り、冷ややかな声が頭上から響く。
「その通りです。これは冬野さんの責任です」
明日人が顔を上げ、連太郎へと声を荒げる。
「連太郎君! 何でそんな!」
つぐみに触れている明日人の指に、力がこもる。
「冬野さん。自分がここを見つけられたのはなぜだと思いますか? 木津シヤさんのリードと惟之様の鷹の目があったからです。あなたの勝手な暴走のせいで、二人の発動者が使わなくていい力を使わされたんですよ」
見上げた連太郎の顔は、無表情のままだ。
つぐみを一瞥した後、背を向けて連太郎は続ける。
「恐らく井出さんは、あなたに言ったはずです。『追いかけるな、その場に居ろ』と。違いますか?」
「……はい、その通りです」
「どうしてそれを守らなかったのです? あなたが自分で解決する力を持っていたなら、好きにすればいい。それが出来ないあなたの余計な行動で、何人の人に迷惑を掛けたか。あなたはそれを知るべきだ」
こちらを見ようともしない連太郎に、つぐみは小さく答える。
「本当に、その通りです。私には発動の力も、先程のように襲われた時に対応できる力も、何も持っていませんでした」
「……自分は一度、戻ります。品子様がもうすぐ車でこちらに迎えに来るでしょう。井出さん。申し訳ありませんが、それまで冬野さんの傍にいてください」
連太郎の言葉に、つぐみはうつむいたまま動くことが出来ない。
「うん、わかった。ありがとうね、つぐみさんを助けてくれて」
明日人が、連太郎に声を掛ける。
「自分は何もしていません。あと、冬野さん。井出さんは部外者であるあなたに治療を施すと、組織に罰せられます。決して井出さんの治療を受けないようにしてください。……これ以上、自分の大切な人達に、迷惑を掛けたくないのならば」
「……はい、わかりました」
「では、失礼します」
そのままつぐみを一度も見ることなく、連太郎は倉庫から出て行った。
◇◇◇◇◇
「つぐみさん。あのね、九重君は君を傷つけたいというつもりではないんだ。一緒に君を探している時、本当に彼は心配していたんだよ。だから、勘違いして欲しくないんだ」
「はい、それは分かっています。九重さんは、優しい人ですから」
隣に座った明日人は、ずっとつぐみの手を握ってくれている。
「井出さん、服が汚れてしまいます。私はもう大丈夫ですから」
「うん、わかってるよ。でも僕が座っていたいんだ」
「……はい、ありがとうございます」
言葉が途切れないようにしているのは、つぐみが辛いことを考えないでいられるように。
そのためにきっと、明日人は気を遣ってくれているのだろう。
腹の痛みも治まった今なら立てるだろうか。
そう考え、明日人の顔を見てからそっと手を放し、足に力を入れて立ち上がってみる。
幸いにして動けなくなるような痛みは感じない。
自力で立てたことに安堵していると、部屋の奥の方から再び扉が開く大きな音が響いた。
「冬野君! 明日人! どこにいるんだ?」
品子の緊迫した声に明日人が答える。
「品子さん。こっちです。声のする方に来てください」
やがて、紙袋を抱えた品子が飛び込むように倉庫へとあらわれる。
つぐみを見た品子は、苦しそうな表情が浮かべた。
「冬野君の着替えを持ってきた。私と明日人は出口の方で待ってるから、着替え終わったら出てきてくれるかい」
「わかりました。すみません」
「大丈夫だよつぐみさん、何かあったら呼んでね。あ、僕じゃなくて品子さんの方ね」
言葉の一つ一つに、明日人の心遣いを感じる。
彼らにこれ以上、心配をかけるのはいけない。
そのためにも、ここは明るくふるまった方がいいだろう。
「はい、何かあったら呼びます。先生だけでいいですからね」
「あぁ、そうだな。明日人は一人で待ってればいいさ」
「何かあったら、でしょ。ちぇ~、僕だけ仲間外れかぁ」
二人で話しながら出て行くのを見送り、つぐみは紙袋を開き、着替えを始めた。
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