井出明日人は感謝する
「ありがとうございます、惟之さん! これくらいで一度、区切っておきましょうか」
明日人は自分の腕に添えた指に発動を乗せ、痛みが消えたのを確認してから巻いていた包帯を解きはじめた。
赤く染まってしまった包帯を足元にある耐水性の紙袋へと片付けながら、腕に傷跡が残っていないかを確認していく。
惟之と自分への治療により、一度に力を解放した反動であろう。
軽い頭痛とだるさはあるが、今後のための貴重なデータを得ることが出来たのだ。
今はその喜びの方が勝っていることもあり、痛みはほぼ気にならない。
まずは協力への礼を伝えねばと、惟之へと顔を向ける。
「惟之さんお疲れ様でした! 今日だけでここまでデータを取れるとは。とても助かります」
あれから彼には、『結』の肩代わりによる回復力を確認するために、文字通り『一肌脱いで』もらっていた。
肩代わりによる治療をすぐに行うとはいえ、服を着ていてはどうしても血液が付着してしまう。
そのために上半身だけとはいえ服を脱いでもらい、彼の体に傷を負わせるということを何度も行ったのだ。
上半身裸の状態、更に言えば所々に血が付いている彼の姿は、何も知らない人間が見たら言葉を失うに違いない。
現に惟之への報告に部屋へとやって来た出雲は、扉を開ける前に状況を説明したにもかかわらず、自分達を見てしばし固まっていたのだから。
そしてこれは短時間とはいえ、惟之に痛みを受け入れさせるということでもある。
だが彼は文句ひとつ言わず、ここまで付き合ってくれたのだ。
「お、終わったのか、明日人? 本当に、お疲れさま……、だな」
その惟之は、言葉を返すのがやっとの様子だ。
疲れの為かおぼつかない手つきで、事情を聞いた出雲が準備してくれたタオルやウエットティッシュを使い、体についた血液をふき取っている。
ある程度拭き終え、再びシャツをまとうと、「すまん、ちょっとだけ」という言葉と共にソファーへと倒れこんでいく。
今は傷がないとはいえ、何度もその体を貫かれているのだ。
彼の心の消耗は明日人にも十分に理解が出来た。
「……すみません、惟之さん。短い時間とはいえ、痛みを感じるのは辛かったですよね」
「いや、やるといったのは自分だ。それは気にしなくていい。それよりもだ」
顔だけを明日人へ向け、惟之は自分の腕を撫でる。
「すぐに治してもらっているので俺への負担は少ない。むしろお前がその傷を全て引き受けているんだ。俺よりもずっと大変だろうに」
「……あぁ、それは心配いりませんよ。これは僕にとっては当たり前のことなので」
淡々と語る明日人の言葉に、惟之は表情を曇らせる。
彼の視線は明日人の顔から足元の紙袋へと移っていく。
そこには赤く染まった多くの包帯や布が、無造作に詰め込まれていた。
「惟之さんも知っての通り、僕は他の皆さんより発動に対する訓練や準備が遅れていました。ですので」
惟之と同様に、紙袋を見つめながら言葉を続けていく。
「その分の努力が僕には必要でした。その時の心身を酷使していた状態に比べたら、この程度は大変というほどでもないです」
導いてくれる師もおらず、独学で学ぶしかなかった。
治療のために自らの体を傷つけ、その治癒を行う。
ひたすらそれを繰り返すことによって身につけ、辿り着いたのが今の自分だ。
「明日人。なんだ、その……」
言葉を掛けようとしている惟之へ、明日人は柔らかな視線を送る。
「惟之さん、聞いてもらえますか? 僕はね、今の自分が結構好きなんです」
素直な気持ちを語る恥ずかしさは、もちろんある。
けれども知ってほしいのだ、伝えたいのだ。
なぜならば。
「かつては、ただ自分を見て欲しい。それだけを願って生きていました。歯車の一つでもいい。『僕』という存在を認めてもらえるのであればと」
発動者となった時、そして上級発動者として認可された時。
四条の人に限らず、自分を知る人達から祝いなどの言葉をかけられたものだ。
自分もそれに笑顔をもって感謝の言葉を返す。
だがそこまでのもの。
表面のみの笑顔と付き合いで今までの自分は生きてきた。
「でもね、今は違うのですよ。ただ『僕を見て』ではなく、皆さんに『笑って僕を見ていて欲しい』と願っているんです。これはきっと、あなた方に出会えたからこそ生まれた感情なのですよね」
目を閉じると浮かぶのは、木津家でのリビングでの風景。
皆が笑い、一つのテーブルで食事を楽しむ。
数か月前の自分には、決して知ることのなかった温かい時間がそこにはあった。
「こうして皆さんと過ごせることを、僕はこれからも『当たり前』にしていきたいんです。そしてそれが守られるように、ずっと続くようにするためならば。僕は何があっても辛くないですし、頑張ろうと思えるのです」
その言葉に惟之はソファーから体を起こすと、姿勢を正しまっすぐに明日人を見つめてくる。
「……そうか、ならば俺も伝えさせてもらおう。聞いてくれるだろうか?」
穏やかに語られる声は、思いが通じたことを教えてくれている。
満たされた気持ちを抱え、明日人は惟之へと大きくうなずいた。
「俺も今の明日人は、とてもいい成長をしていると思う。素直に人に気持ちを伝えること、人と関わることをお前さんは覚えたんだ。たくさんの出会いが、そしてこの皆を大切にしようとする『念い』が、きっといい方向へと導いてくれることだろう」
「……ありがとうございます。そうなれるように、僕も進んでいきますね」
喜びをもって、明日人は惟之へと伝える。
ところが、見つめた先の彼の顔には、戸惑いが表れていた。
「あれ? 惟之さん、どうかしましたか?」
「いや。……冬野君もそうだが、お前さん達の成長の早さに、大人であるはずの俺や品子は置いていかれそうでなぁ。こんなことを言うのもなんだが、実は結構ヒヤヒヤしているんだ」
苦笑まじりに応える惟之へ向けて、明日人はとびきりの笑顔を返していく。
それならば何も心配は無い。
自分は、そしてつぐみだってきっとそうだ。
彼ら二人が見守ってくれているからこそ、自分達は成長を出来ているのだから。
ならば子供は大人に甘えてしまおう。
それを許してくれる、認めてくれる喜びをこうして味わいながら。
「ふふ、では大人として惟之さんにはこの後に約束通りにご飯を奢ってもらおっと。あ、僕この間つぐみさんと行ったキッシュのお店に行きたいです! おーなーかーすーきーまーしーたっ!」
一文字ずつ区切りながら、お腹をぽんぽんと叩けば、惟之は笑いながら返事をしてくれる。
「わかったよ、じゃあ行くとするか」
「はーい! あ、おかわりしてもいいですか? 僕ね、今は成長期なのです~」
「はいはい。そのお腹が太鼓になるくらいまで食っていいぞ」
「やったぁ! 惟之さん大好き! 今はね、ベリーのケーキがおすすめなんですよ! 惟之さんも一緒に食べましょうね。あとね、あとね……」
お読みいただきありがとうございます。
番外編である「冬野つぐみの『IF』なオモイカタ」にてクリスマスの作品を投稿しております。
主人公は木津ヒイラギ(+α)です。
ヒントは2年前の12月24日に投稿した「番外編 クリスマスにサンタ達は絡む」ですね。
はい、満を持して『彼』にご登場いただこうと思っております。
本編も『IF』も合わせまして、これからもつぐみたちのことをよろしくお願い致します!




