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冬野つぐみのオコシカタ  作者: とは
第一章 木津ヒイラギの起こし方
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木津家の夕食

「そういえばシヤちゃん。井出さんってたくさん食べる人なのかなぁ? 材料はもうちょっと買い足した方がいいのかな?」


 スーパーでの買い物の途中、つぐみはカートを押しているシヤに尋ねる。

 明日人とは一度、話をしただけだ。

 いや。

 話というよりも、声を掛けられただけと言った方がいいだろう。


 ヒイラギが病院に入院する為に、木津家に明日人が来たのが数日前。

 その時に、つぐみの中に蝶の毒がまだ残っているかを診てもらった。

 診察するという言葉に触診などあるのかと身構えたが、立っているつぐみの姿を眺めて一言。


「うん、もう大丈夫だよ~」


 それだけで診察は終了した。

 シヤが言うには、彼の発動は医者がするような手術や処置といったものではない。

 純粋に『治療』になるのだと、言葉を選びながら話していた。

 その時は言っている意味が全く分からず、聞き直そうかとも考えたものだ。


 だが自分はシヤ達の組織の人間ではない。

 おそらくあまり発動のことは話してはいけないのだろう。

 シヤを困らせてもいけない。

 そう判断し、それからは明日人のことは聞かないようにしていた。


「そうですね。見たところ井出さんは華奢(きゃしゃ)な感じです。ですからそんなに食べないのではないかと。ただ、品子姉さんのお気に入りのコーヒー。あれを喜んで飲んでましたから、かなりの甘党だと思います」

「え? あの激甘のコーヒーが好きなの?」


 品子と知り合うきっかけとなった黒い水の事件。

 つぐみの心を守らんと、品子は一連の事件の記憶を消そうとした。

 記憶消去の直前、互いへの感謝と最後の思いを語り合った大切な時。

 その際に品子から渡され、飲んだコーヒーの味を思い出す。

 ……いや、勝手に思い出されてしまう。


 甘かった。

 ただただ、ひたすら甘かった。

 あの二人は、常人の味覚の何倍の甘さに耐えられるようになっているのだ。

 一口飲んだだけで絶句する甘さを思い出し、思わず胃のあたりを押さえる。


 だが甘いのが好きという情報はありがたい。

 つぐみの中で、一つの計画が成立する。


「シヤちゃん。ちょっと買い足したいものが出来たんだけど、荷物が増えても大丈夫かな?」

「はい、まだ余裕はありますから」


 表情を変えず答えた後、シヤは少し考える様子を見せる。


「つぐみさん。この間のコロッケをまた食べませんか? 私、食べたいです」

「うん、実は私も言おうと思ってた。じゃあ、その案は採用で!」


 日に日にシヤが自分に、色々と話しかけてくれる機会が増えていると感じる。

 表情はあいかわらず変化はない。

 だが何となく、自分に一歩ずつ、歩み寄ってくれているような気がする。

 それはとても嬉しいこと。

 だから自分もシヤに、同じ嬉しいを知ってもらいたい。


(私も歩み寄ろう。よし、まず一歩!)


「シヤちゃん! 手、つないで帰っていい?」


 思い切って聞いてみた。


「駄目です」


(なんてこった、即答だ。うぅ、無念)


 残念な気持ちが、顔に出てしまったのだろう。

 ちらりとつぐみを見たシヤは、続けて言った。


「……今日はたくさん買います。なので二人とも両手がふさがります。だから、少ない日なら。……大丈夫です」


 うつむきながらも、シヤは答える。

 つぐみの顔にあったしょんぼりは、たったその一言で遥か彼方へと消えていく。


「わかった! じゃあ明日、買い物に付き合って!」

「これだけ買ってあります。明日の買い物は、必要ないのではないでしょうか?」

「いやいや、井出さんが意外にも食べるかもしれないし!」

「つぐみさん。最近、考え方が品子姉さんに似てきていませんか?」

「え、本当? 嬉しいなぁ!」

「そこはきっと、喜んではいけない所です」


 呆れ顔で見てくる、シヤの前に立つ。

 そうしてつぐみはいつもの品子のように、にやりと笑って見せた。


 呆れられるだろうか。

 そう思いながら、見つめた彼女は。

 シヤは少しだけ。

 だが、つぐみにだけ笑ってくれたのだった。



◇◇◇◇◇



「ねー、唐揚げー。唐揚げだよー。品子さん、惟之さーん」

「明日人。まずは、『お邪魔します』くらいは言うべきではないかと俺は思うぞ」


 嬉しそうな明日人の声に、呆れ気味の惟之の声が重なるのをつぐみは耳にする。


「ねー、唐揚げー。唐揚げだねー。明日人ー」

「品子。お前にはもう、何も言いたくない。そして、俺の存在を抹殺するな」


 リビングから漫才のような会話が聞こえてくる。

 連絡を受けて準備をしたので、タイミングはばっちりだ。

 出来上がったばかりの唐揚げを見て、皆がとてもいいリアクションをしている。


「品子さん、まずは手洗いだよね。洗面台へレッツゴーだよ!」

「そうだな、明日人。惟之の存在と手のばい菌をさっさと水に流さなければ!」

「明日人、先に洗面台へ行け。品子。お前は一度、俺と外に出ろ」

「お前一人で外に行けよ。ばーかばーか、たれゆきばーか」

「言っておくが、好きでたれ目になっているんじゃない。これは生まれつきだ」


(へぇ、靭さんってたれ目なんだ。サングラスで隠れてるから知らなかったよ)


 リビングから聞こえてくる会話に、つい手を止めて聞き入ってしまう。


「あ、シヤさん。こんばんは! お邪魔しまーす」

「こんばんは、井出さん。お仕事お疲れ様でした」


 漫才の会場が、リビングから廊下に変わったようだ。

 いつも通りの冷静な、シヤの声が聞こえてくる。


「シヤー! 私にも言って!」

「品子姉さん。お疲れ様です」

「シヤー! こいつには言わないで!」

「惟之さん、いろいろな意味でお疲れ様です」

「……本当にな。ありがとよ、シヤ」


 準備をしなければいけないのに、皆の会話が楽し気で。

 つぐみは廊下をこっそりと覗いてしまう。


「あ、冬野君こんばんは。唐揚げ、凄い美味しそうだね!」


 明日人がつぐみに気づき、声を掛けてくれる。


「こんばんは、井出さん。たくさん食べてくれると嬉しいです」

「うん! たくさん食べるよ。楽しみだ~」

 

 明日人は、リビングの方へ嬉しそうに戻っていった。


「では私は、お皿を並べてきますね」


 シヤも続いて、リビングへ向かっていく。


「ただいま。冬野君」

「お帰りなさい、先生」


 穏やかな顔でこちらを見ている、品子と惟之につぐみは挨拶をする。


「お邪魔するよ。冬野君」

「はい、靭さん。いろいろな意味でお疲れ様です」

「はは、いい子だな。君は」


 困ったような、それでいて嬉しそうな表情で惟之は答えてくれる。

 皆を見渡しながらつぐみは声を掛けていく。


「ここからは私の番ですね! たくさん頑張ってきた皆さんに、元気になる料理を食べてもらいますよ!」


 彼らの顔を見て、気合と元気を得たつぐみは足取りも軽く台所へと戻っていくのだった。

お読みいただきありがとうございます。

次話タイトルは「木津家の甘味品」

品子、明日人のコンビに立ち向かう、サングラスの人を応援してやってください。

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― 新着の感想 ―
[一言] 組織の上級能力者を裏でアディオス君とかあしたと君とか散々に呼んでた者です(`・ω・´)ゞ 続編も少しずつ読み始めました。 つぐみちゅわんは唐揚げマスターでしたか、これは重要な情報です。是非…
[良い点] そうか、ヒイラギ不在で明日人が増えたからツッコミ役は惟之しかいないのにボケる人員は増えてしまったわけですね。ボケていく人達とそれを見守るつぐみとシヤと、そしてお疲れ気味の惟之。 つぐみは…
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