木津家の夕食
「そういえばシヤちゃん。井出さんってたくさん食べる人なのかなぁ?」
スーパーでの買い物の途中、つぐみはカートを押しているシヤに尋ねる。
明日人とは一度、話をしただけだ。
いや、話というよりも、声を掛けられただけと言った方がいいだろう。
ヒイラギが病院に入院する為に、木津家に明日人が来たのが数日前。
その時に、つぐみの中に蝶の毒がまだ残っているかを診てもらった。
診察するという言葉に触診などあるのかと身構えたが、立っているつぐみの姿を眺めて一言。
「うん、もう大丈夫だよ~」
それだけで終わってしまった。
彼の発動は医者がするような手術や処置ではなく、純粋な『治療』である。
以前シヤにそう話された時、意味が分からず聞き直そうとしたが、それはやめておく。
自分はシヤ達の組織の人間ではないのだ。
ましてや能力を他者に把握されるのはまずいかもしれない。
そう判断し、それからは明日人の話題は避けていたのだ。
「そうですね。見たところ井出さんは華奢な感じです。ですからそんなに食べないのではないかと。ただ、品子姉さんのお気に入りのコーヒー。あれを喜んで飲んでましたから、かなりの甘党だと思います」
「え? あの激甘のコーヒーが好きなの?」
品子と知り合うきっかけとなった黒い水の事件。
つぐみの心を守らんと、品子は一連の事件の記憶を消そうとした。
記憶消去の直前、互いへの感謝と最後の思いを語り合った大切な時。
その際に品子から渡され、飲んだコーヒーの味を思い出す。
……いや、勝手に思い出されてしまう。
甘かった。
ただひたすら、甘かった。
あの二人は、常人の味覚の何倍の甘さに耐えられるようになっているのだ。
一口飲んだだけで絶句する甘さを思い出し、思わず頬がひきつる。
だが甘いものが好きという情報に、一つの計画が浮かぶ。
「シヤちゃん。ちょっと買い足したいものが出来たんだけど、荷物が増えても大丈夫かな?」
「はい、まだ余裕はありますから」
表情を変えず答えた後、シヤは少し考える様子を見せる。
「つぐみさん。この間のコロッケをまた食べませんか? 私、食べたいです」
「うん、実は私も言おうと思ってた。じゃあ、その案は採用で!」
日に日にシヤが話しかけてくれる回数が増えているように思える。
淡々とした表情はあいかわらずだが、何となく歩み寄ってくれているような気がするのだ。
だから自分もシヤに、より近づきたいと思う。
まずはその一歩目をと、つぐみはシヤに話しかけた。
「シヤちゃん! 手、つないで帰っていい?」
「駄目です」
「即答ですね! まいりました」
残念と思う気持ちが、顔に出ていたようだ。
ちらりとつぐみを見たシヤは、続けて言った。
「……今日はたくさん買います。なので二人とも両手がふさがります。だから、少ない日なら。……大丈夫です」
うつむきながらも、シヤは答える。
つぐみの顔にあったしょんぼりは、たったその一言で遥か彼方へと消えていく。
「わかった! じゃあ明日、買い物に付き合って!」
「これだけ買ってあります。明日の買い物は、必要ないのではないでしょうか?」
「いやいや、井出さんが意外にも食べるかもしれないし!」
「つぐみさん。最近、考え方が品子姉さんに似てきていませんか?」
「え、本当? 嬉しいなぁ!」
「そこはきっと、喜んではいけない所です」
呆れ顔で見てくる、シヤの前に立つ。
そうしてつぐみはいつもの品子のように、にやりと笑って見せた。
呆れられるだろうか。
そう思いながら見つめた彼女は、ほんの少しだけ笑ってくれた。
◇◇◇◇◇
「ねー、唐揚げー。唐揚げだよー。品子さん、惟之さーん」
「明日人。まずは、『お邪魔します』くらいは言うべきだと俺は思うぞ」
嬉しそうな明日人の声に、呆れ気味の惟之の声が重なるのをつぐみは耳にする。
「ねー、唐揚げー。唐揚げだねー。明日人ー」
「品子。お前にはもう、何も言いたくない。そして、俺の存在を抹殺するな」
リビングから漫才のような会話が聞こえてくる。
連絡を受けて準備をしたので、タイミングはばっちりだ。
出来上がったばかりの唐揚げを見て、皆がとてもいいリアクションをしてくれる。
「品子さん、まずは手洗いだよね。洗面台へレッツゴーだよ!」
「そうだな、明日人。惟之の存在と手のばい菌をさっさと水に流さなければ!」
「明日人、先に洗面台へ行け。品子。お前は一度、俺と外に出ろ」
「お前一人で外に行けよ。ばーかばーか、たれゆきばーか」
「言っておくが、好きでたれ目になっているんじゃない。これは生まれつきだ」
惟之はたれ目なのか。
サングラスで隠れているので、全く気付かなかった。
それを知れたことに喜びを覚えつつ、つい料理の手を止め、話に聞き入ってしまう。
「あ、シヤさん。こんばんは! お邪魔しまーす」
「こんばんは、井出さん。お仕事お疲れ様でした」
漫才の会場が、リビングから廊下に変わったようだ。
いつも通りの冷静な、シヤの声が聞こえてくる。
「シヤー! 私にも言って!」
「品子姉さん。お疲れ様です」
「シヤー! こいつには言わないで!」
「惟之さん、いろいろな意味でお疲れ様です」
「……本当にな。ありがとよ、シヤ」
楽し気な会話に我慢できず、廊下をこっそりと覗いてしまう。
「あ、冬野君こんばんは。唐揚げ、凄い美味しそうだね!」
明日人が気づき、声を掛けてくれる。
「こんばんは、井出さん。たくさん食べてくれると嬉しいです」
「うん! たくさん食べるよ。楽しみだ~」
リビングへ嬉しそうに戻る、明日人の後姿がほほえましい。
子供のような振る舞いは、自分より年下に見えてきてしまう。
「では私は、お皿を並べてきますね」
シヤも続いて、リビングへ向かっていく。
「ただいま。冬野君」
「お帰りなさい、先生」
穏やかな顔でこちらを見ている、品子と惟之につぐみは挨拶をする。
「お邪魔するよ。冬野君」
「はい、靭さん。いろいろな意味でお疲れ様です」
「はは、いい子だな。君は」
困ったような、それでいて嬉しそうな表情で惟之は答えてくれる。
「さて、ここからは私の番ですね! たくさん頑張ってきた皆さんに、元気になる料理を食べてもらいますよ!」
彼らとの会話で元気を得たつぐみは、足取りも軽く台所へと戻るのだった。
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次話タイトルは「木津家の甘味品」
品子、明日人のコンビに立ち向かう、サングラスの人を応援してやってください。




