冬野つぐみは雑談をする
つぐみと浜尾の雑談を装った面接は続けられていく。
「不快ということは全くありません。一条についてこれから勉強していきたいと思っておりましたので。出来れば浜尾さんとお話をしてこちらの雰囲気、それに今後は私がどう振舞っていくべきかなど教えて頂けたらとてもありがたいです」
「ほぅ、君みたいな素直な子にそう言ってもらえると嬉しいね」
浜尾からのほめ言葉に、つぐみは気恥ずかしさを覚える。
それもあり、少し上ずった声で彼に問いかけてしまう。
「そっ、それで私の時間を使うのを聞きたいということでしたが?」
「あぁ、確かにさっきの質問ではちょっと答えづらいね。君は今からこの三十分をどう過ごすか、と聞くべきだったか。とりあえずは食事をする、あとは同行先の下調べや準備といったところかな?」
「なるほど、そういうことを答えるのですね。でしたら」
つぐみの頭の中に、すべきことがいくつか浮かぶ。
それを指定された三十分という時間に当てはめていく。
「失礼でなければもう少し、浜尾さんとお話がしてみたいです」
「もちろんいいよ。ではそれに、どれくらい時間を割こうと考えているのかな?」
「十分ほど頂けましたら。ですが、浜尾さんは昼食はもうお済みですか? 何よりもご自身のお時間が大切ですから」
それに対し浜尾は、先程よりもさらに柔らかな声で答える。
「ありがとう、私に気を遣ってくれて。それは問題ないよ。では残りの二十分はどう考えているのかな?」
「そうですね。まずは、そのお話よりも先に十五時からのお車の手配について。こちらの打ち合わせを最優先に済ませておきたいです」
「おや、それでは君の昼食の時間が無くなりそうだが?」
困惑気味の浜尾に対し、つぐみは紙袋に触れながら答える。
「いえ、こちらは高辺さんから自分のために頂いたものです。それを食べないのは失礼だと考えております。車の打ち合わせが終わり次第、十分ほど私に心得を教えて頂き、残りの時間でお昼ご飯を済ませようと考えています。同行先の下調べは、行儀が悪いですが食べながら覚えるつもりです」
里希の側近である浜尾との会話となれば、得ておいた方がいい情報があるに違いない。
今の自分にはそれを知る必要があるとつぐみは考えていた。
その言葉に彼は「ふぅむ」と呟く。
そうしてつぐみを見つめると、にこりと笑いかけてくる。
「そうそう、実は昼食を食べていないことを思い出したよ。そうだな、十五分程で食べてこちらに戻ってくるとしよう。だからその間に君も食事を済ませておいてくれるかい。その後の十五分間、私とちょっとしたおしゃべりでもしようではないか。どうだい?」
「ありがとうございます。ですがお車の件を……」
「配車の打ち合わせについてだが。うっかりして、事前準備で忘れていたことがあるんだ。だからその確認を済ませてから、十三時少し過ぎに私から応接室にお邪魔するとしよう。その際に話をさせてもらうよ。それでも大丈夫かい?」
つぐみの食事の時間の確保、さらには打ち合わせの予定もこの時間から外して、余暇を作ろうとしてくれている。
浜尾の配慮に感謝し、つぐみは提案を受け入れることにした。
「ありがとうございます。その形でぜひお願いします」
つぐみが立ち上がり頭を下げると、浜尾は席を立つ。
「お互いに食事はしっかりとだね。ではまたのちほど」
ゆったりとした足取りで浜尾は休憩所から去って行く。
その後ろ姿を見届けると、つぐみは紙袋へと手を伸ばした。
◇◇◇◇◇
「な、何という美しさでしょう。これはおいしさの宝石箱ッ……!」
つぐみは今、全てを忘れテーブルの上に置かれている弁当に腹も心も奪われつつあった。
一段折の弁当には、出汁がふわりと広がる厚焼き玉子。
さらには夏の旬である枝豆の入ったご飯、噛むとじゅわりと染み込んだ旨味があふれ出てくる茄子の煮浸しなど、上品で彩りも美しい品々が詰められている。
優しい味わいに感動しながら、つぐみは箸を動かし続けていく。
「こんな美味しいものを、蛯名様はいつも食べているのかなぁ。羨ましいよぅ……。っていけない、資料の確認しなきゃ!」
つぐみはお茶を一口ごくりと飲むと、資料を取り出し読み込みを始めていく。
資料は一枚だけということもあり、食べ終わる頃には全て頭に入れこむことが出来た。
手早く片づけを済ませ時計を見れば、約束の時間の五分前。
ホッとしながら席に戻り、何を話すべきかを考え始めていく。
与えられた時間は十五分だ。
この間に浜尾から、一条や里希の情報を手にする必要がある。
雑談ということなので、互いに一歩はいり込んだ話もある程度は許されるだろう。
先程までの会話で察するに、彼は穏やかな性格の人間だ。
こういったタイプは、こちらが丁寧になりすぎたり、遠慮をし過ぎるのを好まないとつぐみは考えている。
相手の会話のペースを見ながら、ここぞという時にこちらが聞きたいことを尋ねれば、答えてくれるのではないかという期待も抱く。
それらを踏まえ、どう会話を繋いでいくべきか。
話の運び方を思案していると、後ろから声が届く。
「やぁ、時間通りかな? では少し、おしゃべりを楽しもうか」
つぐみは立ち上がるとゆっくりと振り返る。
「はい、浜尾さん。よろしくお願いします」
温厚な表情をたたえ、こちらにやってくる彼に向けてつぐみは一礼をする。
この十五分でどれだけの話が出来るのか。
それは自分の出していく言葉次第なのだ。
――さあ、はじめよう。
つぐみは笑みを浮かべると、浜尾と向かい合うのだった。
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次話タイトルは「浜尾考生は驚く」です。