ある部屋で
枕敷きの八畳間の部屋にいるのは二人の男。
そこから面した庭を眺めながら、若い男がもう一人の人物に語りかける。
「最近、獣が二匹ほどうろついていませんか?」
老いではなく、円熟といった言葉が相応しい相貌の男がそれに答える。
「あぁ。少々、煩わしい奴らがいるみたいだな」
若い男は振り返ると、部屋の中央に座る相手に嬉しそうに続ける。
「だったら。邪魔なら早く、片付けた方がいいのではないですか?」
「……片付けるにしても、何かと理由も必要だろうに。下手に動けばその獣の庇護者から噛みつかれる。それではただこちらにとっては、面倒になるだけだろう」
「噛みつくだけでなく、引っ掻かれそうですよね。庇護者さんの爪はさぞ痛いでしょうねぇ、ふふ」
口元は柔らかく微笑んでいる。
だがその目尻は下がることなく、軽く曲げた自分の指の爪を見つめている。
その右目尻の下にある泣きぼくろが憂いの表情のように見え、彼の言葉の真意を隠しているかのようだ。
『我が息子』ながら、くえない男だ。
老いた男はそう思いながら口を開く。
「いらぬ波風を立てる必要は無い。今は祓いの延期といい、落ち着かない状況が続いている」
「逃げ出していた麗しいあの方のご機嫌は、良くなったのですか?」
「こちらは約束を守った。機嫌が良かろうが悪かろうが関係ない」
若い男と対照的に、老いた男は不機嫌そうに呟く。
「与えられた仕事をこなす。それだけやっていればいいのだよ。使われる側はな」
その言葉を受け、再び小さく口元に弧を描くと彼は返事を戻す。
「そうですよね、余計なことはしなくていいんですよ。彼らも大人しく利用されていればいい。それでうまく回っていくのですから、ね」
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次話タイトルは「井出明日人は条件を出す」
果たしてつぐみはその条件をクリアできるのか?