冬野つぐみは大泣きする
つぐみの宣言に、最初に声を上げたのは明日人だった。
「品子さん。僕は詳しく事情を知りません。ですが、付き添えるのなら一緒に行ってあげるべきだと思いますよ」
責めるまではいかないが、眉間にしわを寄せて話している明日人を見つめ、つぐみは小さく首を横に振る。
「最初に言われていた大事な話を、私は忘れていました。白日に入るのは自分の意思。ならば今こそ、人に頼らずに自身の力で乗り越えるべき場面だと思うのです」
つぐみは、ゆっくりと品子の方を見つめる。
「確かに心もとない部分はあります。でも、自分で向き合えるのにそれをしない。それではいけないと思えるように私はなりました。だからまずは、自分の力を信じて出来る限りを尽くすつもりです」
「うん」と小さく呟き、つぐみは再び口を開いた。
「もしそれで清乃様に駄目だと言われたら、また挑戦すればいいと思うのです! ねぇ、先生!」
強い気持ちを持って、品子へと向き合う。
……つもりだったのに、皆が複雑そうな顔で自分を見ている。
「あれ? 私、おかしなことを言いました?」
「いや、全くおかしなことは言っていない。実に素直で君らしい意見だったと思う。ただね」
言いづらそうに、品子は言葉を続ける。
「白日の試験は、一度きりなんだ。その際に合格できなければ適正はないとみなされ、二度と白日に入ることは出来ない。更にはその人物から情報漏洩が起こらない様に、不合格者の記憶は消すことになっているんだ」
「……ということはつまり?」
「清乃様の面接で不合格になれば、君は白日に入れない。ついでに記憶も消える」
「……」
「ふ、冬野君? 大丈夫か……」
「ぜんぜぇ! お願いじます! 私の今後のじんぜいのだめにぜんぜいがひづようでずー!」
「うわぁっ! 冬野君がマジ泣きしてるっ! 惟之、明日人っ! どっちでもいいからティッシュ取ってー!」
◇◇◇◇◇
「いいかい、冬野君。君の筆記試験の結果は、全く問題のないレベルだった。そして君が冷静に対応すれば、面接も全く問題なく終わる。はい、りぴーと!」
品子の声に続き、つぐみは言われるままに言葉を繰り返す。
「わだぢが冷静なら大丈夫。……ぐすっ」
「……はい、よく出来ました。普通にしていれば、君が不合格になる要素は全くないんだ」
「わがりました。あの……」
恥ずかしさをごまかそうと、抱えていた箱ティッシュから数枚ティッシュを抜き盛大に鼻をかむ。
ようやく落ち着いたつぐみは、浮かんできた疑問を品子へと問う。
「……あの。面接の当日なのですが、筆記試験の時に来ていたスーツを着ていけば大丈夫でしょうか?」
大学の入学式用に、そして今後の就職活動でも使うであろうことを考え、つぐみは黒のシンプルなスーツを一着だが買ってあった。
先日はそれを着用して筆記試験を受けたが、フォーマルウェアはこの服しか持ち合わせていない。
これがだめとなると、出費が掛かってしまう。
「あぁ、いいよ。それは全く問題ない。君のことだから他の服がいるならばと、お金の心配をしていたのだろう」
つぐみの考えなどお見通しと言わんばかりに、品子は楽しそうにくすくすと笑っている。
頬が熱くなるのを感じながら、品子を見上げていく。
目が合うとつぐみの頭に手を乗せ、そっと撫でながら品子は口を開いた。
「わかった。面接は一緒に受けよう。その代わり、私のせいで清乃様に怒られて面接がダメになっても怒らないでくれよ」
「ほ、本当ですか! 先生がいれば百人力ですっ!」
「百人力になるかマイナス百人力になるか分からないけどね。まぁ、私は付き添うだけで、君が受け答えをするわけなんだけど」
「はいっ! 私、一生懸命に答えます。絶対に頑張りますから!」
何度もうなずきながら、頭に乗せられた品子の手を両手でぎゅっと握りしめる。
「良かったねぇ、つぐみさん。何となくだけどさ。君が話すだけで、品子さんは横でうなずいている限りは合格できそうな気がする~。品子さんさえしゃべらなければ、きっとオッケーだね!」
「そうだな。品子さえ余計なことを言わなければ、合格は確実だろう」
笑顔で、とてつもなく残酷なことを言っている人達がいる。
否定せねばと心では思う。
……思うのだが。
「あっはーん。明日人にすら言われる私って! 大丈夫だよ、冬野君。私も君の目の前で清乃様につねられたくないからね! もちろん借りて来たにゃんこのように、大人しくしているさ! 本当は私、狐だけどね! こっここっこーん♪」
品子はそれぞれの手の中指と薬指と親指を合わせ、両頬に添えて嬉しそうに動かしている。
否定しようとする気持ちを、当の本人がごりごりと削いでいくのだ。
「あっはは~、品子さん。それニワトリの泣き声のリズムですよね。斬新だなぁ! 面白ーい!」
いつも通り明日人は本当に楽しそうだ。
もうこのままにしておこうと、つぐみは小さくため息をつく。
今すべきことは、三日後に向けてしっかりと心の準備をすること。
どんなことを問われるのかは分からない。
だが自分なりに精一杯に答えていこうと、つぐみは自身を奮い立たせるのだった。
お読みいただきありがとうございます。
次話タイトルは「冬野つぐみは緊張する」です。