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冬野つぐみのオコシカタ  作者: とは
第五章 白日までの進み方
171/320

ある夕食にて

 それはいつも通りの時間を過ごしている木津家の夕方のひと時。

 つぐみのスマホからメールの着信音がする。

 

「あれ、先生からのメールだ。、つぐみは画面に目を向ける。


『今日は惟之を連れて行きたいんだ。夕食を一人分、追加でお願いできるかな』


 くすりと笑い、問題ないと返事を打つ。

 いつもより賑やかな食卓になることに、つぐみの心がはずんでいく。


 ならば、もう少しおかずの追加を考えねば。

 そう考えながら、机に置こうとしたスマホから再び着信音がする。

 驚きながら読んだその内容に、つぐみは一人で大笑いをしてしまった。


『ごめん、冬野君! 明日人に悟られたっ! 二人分の追加になっても大丈夫、……だろうか?』


 文章の最後に両手を合わせ頭を下げている絵文字が、ゆらゆらと揺れて謝っている。

 

『全く問題ありません! 楽しみが増えて嬉しいですよ』


 つぐみも両手で大きく丸を作っている絵文字を送ると、冷蔵庫の中を覗き込む。

 材料、時間、人数を頭の中で組合せていく。


「うん、大丈夫。これならば十分に皆に食べてもらえるはず。ふふっ、今日はいつもよりずっと楽しい食卓になりそうだなぁ」


 皆と共に幸せな時間を過ごせる。

 ここはそうした喜びを紡げる温かな場所であると、つぐみは日々それを知っていくのだ。

「よし!」と呟き、つぐみは夕飯の準備をはじめていくのだった。



◇◇◇◇◇



「おいしいね! なすがトロトロだね! 急に来たのにどうして僕がなすが好きだって分かったの?」


 ご飯もほっぺも、こぼれ落ちんばかりの明日人が、満面の笑みをつぐみへと向けてきた。


「ふふふ。なすが出たのは何と、私も大好きだからです。夏はやっぱりこれですよ。このおかずはですね。こうやってお客さんが来てくれた時や、がっつり食べたいときのために、冷凍保存して準備しておいたものなのですよ!」

「すごいね! がっつり用にニンニクと鶏肉が一緒になすと食べてくれーって言ってるんだね」

「そうなのです。お味噌が合わさって皆さんに食べて欲しいと……」

「おい冬野。いつまでもしゃべっていて、ちっともご飯を食べてないじゃないか。子供じゃないんだから、おしゃべりはほどほどにしておけよ」


 すでに食べ終わり、茶碗を片付けるために台所へと向かうヒイラギが、つぐみへと声を掛けてくる。


「いけない、話に夢中になり過ぎました!」


 明日人は手を止めて話し込んでいたつぐみと違い、しっかりと味噌の絡んだなすをまた一口、ぱくりと頬張り幸せそうに笑みを浮かべていた。

 追いかける様に、つぐみもなすと一緒に炒めた鶏肉を口に入れる。


 口の中に広がる味噌とニンニクの香り。

 鶏肉の香ばしさと甘じょっぱい味付けを堪能するために、つぐみはしばしうっとりと口の中に広がった香りを楽しむ。

 いざ食べだしてみれば、仕上げにかけた刻み葱がこれまた口の中でしゃくしゃくと心地良い音を立て、濃い目の味付けに爽やかな風味を与えてくれる。


「あぁ、ご飯は偉大なり!」


 そう呟き、目を閉じ幸せに浸っていると、つぐみの頭上から声が聞こえてきた。


「あれ、冬野君は電池切れ起こしてるの?」


 まぶたを開けば、目前には品子の顔。

 鼻先が触れ合うほどの距離に深みを持った美しさと、大人の余裕を持ち合わせた笑顔があるのだ。

 驚き顔を赤くして慌てるつぐみを、品子は楽しそうに見つめている。

 手を伸ばしつぐみの頭を撫でると、食べ終わった茶碗を片付けに台所へと向かっていった。


 数日前、品子から発動媒体と自身の正直な気持ちを伝えられた。

 その日から、心の距離がぐっと縮まったと、つぐみは感じている。


 それは自分にとって、とても嬉しいこと。

 まだ小さな一歩だが、品子に認めてもらえたという喜びに繋がっているのだ。


「冬野君、ちょっといいかい? 今日の訪問の目的なんだが」


 斜め向かいに座り、湯呑を片手に持った惟之へとつぐみは視線を向ける。

 惟之の声に、ヒイラギが台所からひょこりと顔をのぞかせてきた。


「さてっと。さとみちゃん、シヤ。ちょっと俺の部屋で遊ぼうか?」


 ヒイラギの声掛けにさとみは、彼へと走り寄りぎゅっと抱きついていく。

 それを優しく見守っていたシヤも、茶碗を片付けると三人でリビングから出て行った。

 タイミング的に、惟之がヒイラギに席を外す様に言っていたのだろう。

 つまり今日の訪問の目的は、自分の白日所属の件だということだ。


「先日、本部にて行った筆記試験の結果が出ていたよ。言うまでもないが、やはり君は優秀だね」

「え? 結果ってもう出たのですか。まだそんなに経っていないと思ってましたけど。そのお話を聞くに、問題なかったということで良かったでしょうか?」

「その通りだよ。俺が問題があるとしたら、二条に君が来ない。その一点のみだね」


 惟之の冗談に思わず笑みを浮かべると、ご飯をしっかりと綺麗に食べ終えた明日人が会話に参加してくる。


「ふぅ、ご馳走様でしたっ! つぐみさん、さすがだねぇ。筆記試験はやっぱり緊張した?」


 パチンと手を合わせたまま、こちらを向いた明日人。

 その姿は、とてもつぐみには年上に見えない。

 彼はつぐみがこれから所属しようとしている組織において、かなり上の立場になる上級発動者である。

 そのはずなのだが。


「ねぇねぇ~、後は面接だけなんだよね? 面接の日にさ、終わったらご飯を食べに行こうよぉ!」

 

 へらりと笑って自分を誘う姿は、申し訳ないがとてもそうは見えない。


「明日人、冬野君を困らせるんじゃない。さて、そう言った訳であとは面接を残すのみだね。なに、そんなに心配せずともいつもの君でいてくれれば十分だ」


 惟之の話に続けて、明日人が口を開く。


「それにしても、手続きが早いですね。本来なら、面接に至るまでは一ヶ月は必要でしょうに」


 明日人の言葉に、惟之は静かに笑う。


「まぁ、本来ならばな。だが、今回は色々と融通(ゆうずう)が利くものがあったからな」


 彼の言葉に反応するように、台所から戻って来た品子から声が掛かる。


「そうそう、冬野君の場合はね。以前の奥戸の事件で身辺調査の資料が揃っていた。それに加えて事件の後に、私の秘書をしていたこと。これらにより、組織に加われる実績があると認められたのさ。そして何よりっ!」


 つぐみに駆け寄り、ぎゅっと抱き着くと頬ずりをしてくる。

 いつものシヤに対する速度ほどではないが、なかなかの摩擦力だ。


「私ね、君の推薦状を書いておいたんだよ! それもあると思うんだー。えらいでしょ、私っ。冬野君、ほめてほめてー」


 子供の様に目をキラキラと輝かせて、品子がつぐみを抱く腕に力を込める。


「えっ、品子さんもですか? ……実は僕も、書いていました。うわぁ、これは予想外だなぁ」


 目を丸くして、明日人がぼそりと呟く。

 まさか、この人も。

 そんな表情を浮かべながら、つぐみ達は惟之の方へと視線を向ける。

 微妙な笑みを浮かべている、彼の顔を見ながら品子が尋ねていく。


「お、おい。まさか、惟之もなのか?」

「そうしたいと思い行動した。だがよもや、お前達もそうだったとは思わなかった。……それだけだ」

「うわぁ。これって二人共つぐみさんに喜んでほしくて、でも自分だけ褒めてもらおう。そう思って黙っていたわけでしょう? 良くないですよぉ。そういう行動は」


 小さくため息をつき、話をする明日人に、残りの二人の声が響く。


「「同じことをしていたお前に言われたくない!」」


 何と見事なハーモニーだろう。

 そう感心しているつぐみを、少し照れた様子で見つめながら惟之が話を始める。


「その話はまぁいい。君が希望する三条の長である、清乃(きよの)様との日程調整が出来た。三日後に面接を行おうと考えているんだが、大丈夫かな?」

「はい! こちらは全く問題ありません。いよいよ私も、白日の一員になれる一歩を踏み出せるのですね」


 とはいえ、つぐみには不安要素もあるのだ。

 こんな話を聞くのはと思いつつ、品子達に声を掛けていく。


「あの、皆さんに伺いたいことがあるのです」 


 呼びかけに、三人はつぐみの方を向いてくる。

 品子と惟之は不思議そうに。

 明日人は何だか嬉しそうに見たのを機に、つぐみは再び口を開いた。

お読みいただきありがとうございます。


次話タイトルは「冬野つぐみはアドバイスを乞う」です。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 前半のくだり、やべぇですよ!! ナスと鶏肉のニンニク味噌炒め?? あ~~~! 美味いに違いない! 食べたいッ! なぜ僕はその食卓にいない!! (>_<)!! [一言] か~ら~の! 後…
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