表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冬野つぐみのオコシカタ  作者: とは
第五章 白日までの進み方
168/320

朧にて

「んふっふぅ~。つぐみぃ、起きなさいな~」


 とてつもなく機嫌がよさそうな声が、つぐみを眠りから引き上げようとしている。


「遅いわ、遅いわよつぐみっ! 今回に至っては寝言すら許さない勢いで起こしてあげるわ~」


 ぎゅにゅ~、という効果音がここでは相応しいだろう痛みがつぐみの両耳に走った。


「痛っ、痛たたたっ。起きますっ、だからやーめーて!」


 とっさに起き上がるつぐみの額に、「ごつっ」という音と共に新たな痛みが生じる。

 予想外の目覚ましの追加の痛みに目を開けてみれば、そこには至近距離での沙十美の顔。


「いったーい。もう、痛いわねぇ。でも仕方ないわね。これは私が悪かったから。うふふふ」


 おでこを押さえながら沙十美は、それでも楽しそうにつぐみの大好きな笑顔で見つめていた。


「沙十美、今日は凄く機嫌がい……、わぁ沙十美っ、可愛い! どうしたの? そのワンピース!」


 いつもの黒のワンピースではない鮮やかな黄色のワンピース。

 それを(まと)った沙十美は立ち上がるとくるりと回って見せる。

 ふわりと裾が広がり、そこに一輪の花が開いたようだ。

 つぐみが見上げた先には、沙十美の笑顔の花も咲いていた。


「ふふ、ちょっとした出来事がありましてね。あ! でも別にこれをお披露目したいからあなたを呼んだという訳ではないからね! だっ、だから勘違いしちゃだめよ!」


 顔を真っ赤に染め上げ、沙十美はウエストに付いたリボンの端に自分の指を絡ませている。

 そんな可愛らしい彼女の姿につぐみは微笑まずにはいられない。


「えー、沙十美が話してもいいって言うなら聞きたいなぁ」


 つぐみが誘うように言葉をかける。


「何? 聞きたいのなら話すわよっ! で、でもね。つまらなくなったら『もういい』って言えばいいからねっ!」


 沙十美は弾んだ声で答えを返してくる。

 彼女にこんな顔をさせたのは室だろうか。

 嬉しさとほんの少しの寂しさが心で混ざり合う。

 胸の奥にそれをしまい込み、つぐみは彼女に話すように促していくのだった。



◇◇◇◇◇



「え? 室さんではなくて観測者さんからのプレゼント? うわぁ。これはかなり予想外だわ」

「そうよね。つぐみと話して気付いたけれど、私って普通に考えても基本的に室としか接触する存在っていないのよねぇ」


 沙十美から語られた話は、つぐみにとって全て驚くものばかりだった。

 落月についてあまり話せないこともあるらしく、かいつまんでの話を聞かされていく。


 ある事情で沙十美は室とけんかをしてしまった。

 だがきちんと仲直りをしており、そのきっかけをくれたのが観測者からのこのワンピースのプレゼントだという。

 そしてその接触の際につぐみへのメッセージを預かり、そのために今日は呼びよせたということだった。


「それにしても観測者さんからのメッセージ。『年上の女性は怖いですよ』ってどういう意味なんだろう?」


 以前、彼からつぐみに聞かせた予言めいた話。


『あなたの大切な人が二人程「いなく」なります』

  

 ぞくり、とつぐみの背中に冷たいものが走る。

 無意識につぐみは両腕で自分の体を強く抱きしめていた。

 あれからはまだ数日しか経っていない。

 だがつぐみは、いまだそのいなくなると言われている二人のヒントすら掴めていないのだ。

 せっかくメッセージを貰えたはいいが、今のつぐみには全く意味が分からない。


「ねぇ、つぐみ。……あなた何か困っているんでしょう。私に何か出来ることは無いのかしら?」


 沙十美が心配そうにつぐみ顔を覗き込んでくる。

 彼女からは先程までの笑顔が消え、不安の表情があらわれていた。


 心配をかけてしまった。

 つぐみはそう思うと同時に、彼女になら話してもいいのではないかと気付く。

 確かに観測者とは、白日の人達には他言しないという約束をしていた。

 だが沙十美は白日に所属していないのだ。

 ぐっと顔を上げたつぐみは沙十美の顔を見据える。


「……沙十美、相談に乗ってほしいの。でも室さんや観測者さんに不利になるような話ならば答えなくていい。お願い、私を助けて」



◇◇◇◇◇

 


「ふぅん。観測者がそんな言葉をあなたに伝えたのね。何だか中途半端よねぇ」

「うん。でも観測者さんからも、はっきりと言えなくて申し訳ないとは聞いていたから。多分、具体的に話すと観測者さんにまで害が及ぶのだと思う」


 ほんのりと、い草の香りがする畳の上。

 そこで正座をしたつぐみは、膝の上の両手を軽く握り締め沙十美に問いかける。


「今までの話を聞いて、沙十美はどう思う?」


 つぐみの正面に座っていた沙十美は立ち上がると隣へとやって来た。

 そっとつぐみへと手を伸ばし優しく手を握る。


「そうね、まずはあなたはもう少し力を抜きなさい」


 両手で包み込むように、つぐみの手をするりと撫で彼女は微笑む。


「あなたの一番の武器は観察力。視野を広げて考える力。でも今のあなたは限られた時間という制限のせいで冷静な判断力が落ちているように見える。それではいつものあなたなら見えるものですら見落としてしまいそうよ」


 つぐみの頬に沙十美の手が添えられた。


「笑いなさい、つぐみ。あなたにそんな顔は似合わないし、それを私も白日の皆も望んでいない。あなたにしか出来ない。誰にも伝えられないというのは大変なのはわかる。だからこそ笑うのよ。カチコチの頭と体では何もいい考えは出て来ないわ」


 そのまま彼女の手は優しくつぐみの口元へと向かい、両手の人差し指を当てすっと上へと上げていく。

 

「うん、ちょっとぎこちないけれど、やっぱりあなたはこうやっている方が可愛くて好きよ」


 穏やかな沙十美の声と優しさにたまらずつぐみは彼女へと抱き着く。


「ちょっと! ……もう相変わらずね。あなたっていつ……」


 沙十美の声が途切れ、彼女の体がこわばる。

 つぐみが彼女の顔を見ると、縁側の方へと彼女は視線を向けていた。


「沙十美? どうし……?」

「静かに。誰かが、外の縁側にいる」

「え? でもここは私の心の中だよ。沙十美と私しか入れないんじゃ? ひ、ひょっとして観測者さん?」


 つぐみは沙十美から、彼はいつでも自分達を見ていて呼ぶだけで話が出来るとは聞いていた。

 だがまさかつぐみの心の世界にまで入り込めるとは。


 青ざめるつぐみをあざ笑うかのように、確かに縁側の方からは物音がしている。


「誰だか知らないけど私とつぐみの世界に入ってくるなんて。いい度胸しているわね」


 沙十美は立ち上がると大股でずんずんと縁側へ出るべく向かって行く。

 そうして彼女は一呼吸置いた後、障子を思い切り開け放った。

お読みいただきありがとうございます。


次話タイトルは「朧にて その2」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] こっそり来ちゃったのが 観測者さんだったら推しなので歓喜 でもお邪魔でしかないな(笑) そうか黄色いワンピースだから黄サトなのか(。・ω・。) 黄サト…… 明るいワンピースいいなー
[良い点] 新章開始おめでとうございます! 久々に黒サト(改め黄サト)とツグミのやり取りですねぇ 満喫しました(*'▽')ホッコリ がしかし! なんと不穏なラスト! 誰や!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ