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冬野つぐみのオコシカタ  作者: とは
第四章 人出品子の求め方

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番外編 波の音と泡はいつ消えるのか その1

番外編そのニ。

七夕のその後のお話となります。

楽しんでいただけますように。


「……ふぅ」


 今日、何度目かのため息。

 一つため息をつくと、一つ幸せが減ってしまう。

 幼い頃に誰からともなく聞いた迷信。

 それを聞いてからは、しないようにと心がけていたのだ。


「……ふぅ」


 それでも千堂(せんどう)沙十美さとみの口からはそれほど間を空けずして、新たな幸せを減らすであろう息が漏れていく。


「……おい、出てこい。じゃじゃ馬」


 それなのに、残酷なパートナーは遠慮なく呼びつけてくるのだ。


 仕方がない。

 両手で髪をかき上げながら気持ちを切り替えると、呼んでいる男の前へと姿を現した。


「何、私は静かにしていたわよ?」


 予想以上にきつい口調に、何より沙十美自身が驚く。

 そんな強めの言葉に揺らぐ様子もなく、目の前に居る男は開いていた本を静かに閉じると真っ直ぐにこちらを見すえる。


 細身のスッキリとしたネイビーのアンクルパンツに真っ白な半袖シャツといったその姿は実に涼し気だ。

 肩先をするりと撫でるように彼の髪が動きに沿って揺れる。

 仕事の時にのみ結ぶ、男性にしては長めの髪。

 先日『対象者』という大仕事を終えた彼は、しばらくその髪を結うことはないはずだ。 

 その男、……(むろ)映士えいじは沙十美の噛み付くような口調など全く気にする様子はない。

 いつも通りに無表情のまま、沙十美をしばらく見つめた後にぼそりと呟く。


「まず、お前のため息がうるさい。それは静かにしているとは言えないものだ」


 ……確かに、それは否定できない。

 逆に室が沙十美の前で同じ行動をしていたら、怒鳴りつけているであろうことは自覚できる。

 とはいえこの男がそんな弱気な態度や、しおらしい姿を見せるなど、とても想像できないのだが。


 再び読書へと心を向けている室を沙十美は見つめる。

 命を失った自分がこうして今も消えることなく存在していられるのは、彼が体の中に滞在することを認めてくれているからだ。


 人ではない、でも人と同じように振る舞える存在。

 そんな曖昧(あいまい)な立場の自分は、一体いつまでこうしてこの世界にいるのが許されるのだろう。

 ここ最近はふとした瞬間にも、この考えが頭の中に浮かんできてしまう。

 どうも先日の七夕での出来事が、考えなくていいことまで考えさせる時間を生み出しているようだ。


「昨日、白いチビとお前が会ってから様子がおかしい。喧嘩でもしたのならとっとと仲直りを済ませろ。俺の中でため息ばかりつかれても気が滅入(めい)る」


 室は立ち上がると、テラスへと歩みを進めていく。

 誘われるように沙十美も彼の後を追った。

 進むにつれ、近づいてくる波の音。


 そう。

 二人は今、室の拠点にはいない。



◇◇◇◇◇



 対象者としての最終日のことだ。

 あろうことか時間切れで室を仕留めそこねた発動者の一人が、彼の部屋を破壊しようと暴れだしたのだ。

 室はそれを止めることなく、その男のなすがままにさせていた。


 沙十美が後からその理由を問うてみれば、この場所は既に多くの落月の発動者達に知られている。

 今回の件で逆恨みをした人間がいつ襲ってくるのか分からないこの場所に、今後は住む必要などない。

 室はそう考え、放っておいたそうだ。


 だが刺客達が去った直後に、その理由を知らなかった沙十美は室に思い切り怒りをぶつけてしまった。

 何もない、だけど静かでゆっくりと時間が流れるこの部屋。

 室の本を捲る音を聞き、彼の座るソファーの後ろにもたれ掛かる。

 ただ緩やかに流れる時間と紙が重なり奏でる音を楽しんでいた自分にとって、この場所はとても大切な場所だったのだと。

 彼が悪くないとはわかっていながら、怒鳴りつけてしまったのだ。

 一通り黙って聞いていた室は、話が終わると同時にくるりと背中を向ける。


「定期連絡の時間だ。五分ほど離れる、……付いてくるな」


 そう言うと沙十美の返事も聞かず、部屋を出ていってしまった。

 興奮しすぎた自覚もあり、気まずさから相手の言うまま待つこと十数分。


「何よ! 五分なんて嘘じゃない!」


 思わず叫んでみたが、逆に離れたことで冷静になる時間が出来たのだとも気づく。


 そしてようやく戻ってきたかと思えば、沙十美に車の鍵を見せると、仕事に出掛けるので付いてこいと言うではないか。

 仕事は当分ない約束のはずと反論するが、室は冷静に答える。

 対象者の際に襲ってきた奴らが怪我をしたため、そいつらが請けるはずだった仕事がかなり滞っている。

 その為に穴埋めの仕事が生じたというのだ。

 不満はあったが、先程の自分の行動の気まずさもあり、渋々ながら大人しく付いていく。


 仕事内容は潜入で、疑われにくいように沙十美を同伴させる。

 これを終わらせればその分も加味して、新たな仕事は当分こないという条件で室は引き受けたのだという。

 説明をされながら、沙十美が連れてこられたのはとあるブティックだった。


 明らかに高級な、かつての自分ならば決して足を踏み入れるような場所では無い外観。

 沙十美は言葉を失い、思わず室を見つめる。

 何ら表情を変えることなく、いつもの口調で彼はこう続けた。


「店には組織から指示が出してあるはずだ。三十分以内に店員と相談して二着、選んでこい。俺はよく分からんからここで待つ」


 タバコに火をつけると、室は早く行けと言わんばかりに店へと視線を向けた。

 仕方が無い。

 大きく息を吸い気合を入れ、店へと恐る恐る入店する。

 艶やかな笑みを浮かべた女性店員に促されるまま、沙十美は試着を始めていく。


 女性同伴ということでパーティ会場への潜入かと思っていたが、比較的カジュアルな服ばかりが進められる。

 仕事ならば目立たぬ方がいいだろうという思い、そして何よりも自身の存在に沙十美は揺らいでいるのだ。

 その心の影響で、どうしても黒やグレーといったモノトーンのものばかりを選んでしまう。


 そんな中、沙十美の目が一着の明るい黄色のワンピースに吸い寄せられる。

 ノースリーブに小さな花模様があしらわれ、ウエストに大きなリボンのついた可愛らしいものだ。

 この服はさぞ、優しい笑顔を持つ親友のつぐみに似合うことだろう。


 だがこれは自分にはきっと似合わない。

 今の自分には、この明るく鮮やかな色は眩しすぎる。


 しばしその服を見ていた様子で試着を勧められるかと身構えたが、沙十美の表情を見た店員は何も触れずに次の提案を出してくれる。


 相談しながら最終的に、薄い紫色のニットのワンピースと濃緑のフレアワンピースを選ぶ。

 すると「今日はグリーンの方ね」という店員の一言と共に試着室へと押し込まれた。

 さらりとした生地を心地よく感じながら着替えて出てみれば、次には着替えの間に準備されていたであろう靴の試着が始まる。

 渡されるままアクセサリーを合わせていき、その中から気に入ったものを選ばせてもらい身に着けていく。


 ここまでで約三十分。

 見事な時間配分にある種の感動を覚えながら、店員と共に店を出る。

 そこには、時が動いていないかのように入店した時と全く同じ姿勢でこちらを見ている男がいた。

 おりしも風が起こり、室は頬に触れる髪を少し煩わしそうにするりとかき上げながら自分達の方へと歩いてくる。

 その姿に隣から小さくため息が漏れたのを、沙十美は気付かない振りをする。

 

「お待たせいたしました。ゆっくりと楽しんで来てください」


 事情を知らないであろう店員は、爽やかな笑顔でそう告げると二人を見送ってくれる。


 知らないとはいえ、実に呑気な発言をされたものだ。

 心の中で何も悪くない女性に対し、思わず呟いてしまう。

 だが何があるのか知らないのは自分も同じ。

 そのことに気づき、口元には皮肉な笑みが浮かんでしまう。


 心にモヤモヤとした感情が、次々と生まれてくる。

 だがそれは、店員が室に見とれていたこととは全く関係ないはずだ。

 その考えを振り切るように、車に乗り込んですぐ沙十美は室へ声を掛けた。


「とりあえずこの姿でサポートすればいいのね? 次の指示を貰えるかしら」


 室は車を発進させると、抑揚の無い声で沙十美に向けてこう言い放った。


「生憎だが仕事は中止だ」

お読みいただきありがとうございます。


次話タイトルは『波の音と泡はいつ消えるのか その2』です。

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