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冬野つぐみのオコシカタ  作者: とは
第一章 木津ヒイラギの起こし方

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番外編 クリスマスにサンタたちは絡む

本編とは少々離れたヒイラギ視点の番外編となっております。

かなりお笑いに走った話となっております。

苦手な方は読み飛ばしてもらってもストーリーには問題ありません。


「ここは? ここは一体どこなんだ?」


 ヒイラギは、呟きながら周りを見渡す。

 一面の白い世界。

 気が付けば、何もないただ「白」のみが存在する世界で自分は立ち尽くしていた。


 自分の体や服は、色がついているのが認識できる。

 つまりは視覚が、おかしくなっているわけではない。

 手を一度、大きく叩いてみる。

 パンという音が耳に届いた。


「うん、聴覚も問題ない」


 しかしこんな不可思議な世界は、今まで生きた中で見たことが無い。

 この状況に自身の存在のあやふやさを感じ、不安が押し寄せる。

 

「俺は、木津(きづ)ヒイラギ。伊織(いおり)高校一年の十五歳。……よし、自分のことは覚えている」


 どうしてこんなところに居るのだろうか。

 ヒイラギは、状況を確認すべく、足元を見つめる。  

 踏みしめている地面は、土のような柔らかさだ。

 しゃがみ込み、地面にそっと触れてみるが指には何もつかない。

 表面を撫でると、少しざらざらとした感触があるのみだ。

 一面の白というと雪を想像するが、ここは全く寒さを感じない。


「少なくとも、雪ではないみたいだけど……」


 ヒイラギは記憶をたどってみる。

 冬野つぐみの毒を、自分は肩代わりした。

 体に毒が入って来たあの時。

 手も足も文字通り溶けていくように、先端からどろりと欠けていった。


 だが、今の自分の体には痛みも無い。

 どこも欠損しているところもないのだ。

 これはやはり、死んだということか。


 それでもいい。

 最後の明日人の言葉を信じるならば、つぐみは助かったのだから。


「最期くらい人の役に立てて良かったよ。ねぇ、母さん。俺、約束守れたのかな?」


 呟きながらふと見上げた先には、一匹の白い蝶がふわふわと浮いているのが見える。


「あれ、さっきまでこんな蝶いたっけ?」


 この世界の中で、自分以外で唯一の動いているその存在。

 吸い寄せられるように、ふらふらと蝶を追いかけてしまう。

 風もないこの世界で、白い蝶は踊るように飛んでいる。


 そういえば、自分はこれからどうなるのだ。

 この何もない世界で、どうしたらいいのだろう。

 それに気づき、途方に暮れまばたきをした一瞬。

 その間にどうしたことか、白い蝶は姿を消していた。


「な……、どうしたらいいんだ? 俺はここに、ずっと一人でいるのか?」


 誰もいないと分かっているのに、思わず言葉が出た。

 その声に、まさかの返答が戻ってくる。


「だーいじょーぶだよぉ! ヒイラギぃ! そんな君の傍に、ビューティーなサンタが居るからさぁ!」


 とても聞き覚えのある声が、後ろから聞こえてくる。

 ……振り返りたく無い。

 本来は、一人ではないという喜びに打ち震えるはずなのに。

 どうも体が振り返るのを拒否してしまうのだ。


「どうした? 君の大事な存在の私を、忘れてしまったとでもいうのかい?」


 その言葉に、ヒイラギは後ろの存在を確定させる。

 このまま無視をしようか。

 だが後ろの人物は、こちらの反応が無いにもかかわらず、延々と話し続けている。

 仕方ない、ここは諦めて振り返ろう。


 後ろを見てすぐに、ヒイラギは後悔することとなった。

 目の前には予想通り、従姉の人出(ひとで)品子しなこが居る。

 予想していなかったのは、彼女の衣装だ。


「おい、何だその格好は?」

「え、さっき言ったじゃん? ビューティーサンタ品子だよ!」


 赤と白の衣装でサンタということなのだろう。

 なぜかそのトップスは肩がしっかりと露出した、そしてへそが見える仕様になっている。

 足の長さを強調したいのだろうか。

 スカートがとてつもなく短い。

 サンタならはブーツが定番であろうに、彼女が身につけているのはレッグウォーマーだ。


「どうだーい? 似合うかーい?」


 楽しそうに品子はその場でくるくると回りだす。

 何かが見えてしまいそうだ。


 回転しながらたまに近づいてくる、品子の息が明らかに酒臭い。

 よく見れば、目もとろんとしているではないか。


「品子。お前、酒を飲んでるのか?」

「飲んでませんよ~、私はただ、飲まれているだけです~!」

「うわ、面倒臭い。もう嫌な予感しかしないパターンのやつだ!」


 思わずヒイラギは叫ぶ。

 

「はっはっは! 女性に免疫のない男子高校生ヒイラギ君。この姿は少々、刺激が強いかなぁ! でもしょうがないよね、そういうものなんだから!」


 スカートのすそをつまみ、「ほれほれ」と言ってくる品子の姿に、次第にヒイラギは腹が立ってくる。


 なめんな、品子。

 お前の弱点を知っている俺を敵に回したことを後悔しやがれ。

 その思いを胸に、ほんの少し笑みと企みをもってヒイラギは言う。


「あぁ、似合ってるな。……主に『胸』以外は」

「はうぅっ!」


 雷に打たれたかのように、品子の動きがぴたりと止まった。

 やがてよろよろと二、三歩下がると、その場に崩れ落ちる。


「ひ、ひどいー! これはスレンダーっていうんだもん! わたし、胸と性格が謙虚なだけだもーん! ヒイラギのばかぁー! うわーん!」


 いい年をした大人が、泣きながらヒイラギの元から走り去っていく。


「いや。性格が謙虚は確実に間違っているからな、品子」


 ヒイラギは品子を撃退できたことに満足する。

 ほっと一息つこうとして、我に返り叫ぶ。 


「しまった! ここから出たいのに、あいつをどこかに行かせてしまった!」


 慌てて周りを見渡すが、もはや誰もいない。

 白い静寂の世界に再び戻ってしまっている。

 なんということだ……。

 今度はヒイラギがその場に崩れ落ちる番となった。


「一体、どうしたら……」


 再び誰に言うでもなく呟いた言葉に、まさかの反応が返って来る。


「どうしたらですか? では話の角度を変えて考えてみましょう」


 今度は男の声。

 だがその声は、どこかで聞いた覚えがある。


 いやいやながらも振り返った先。

 そこには赤と白の衣装をまとった男が居る。


 振り返らなければよかったという後悔が押し寄せる。

 しかしすでに男とは、ばっちりと目があってしまっているのだ。

 もうどうしようもない。

 ため息をつき、ヒイラギは男に話しかける。


「おい、お前。……落月(らくげつ)奥戸おくとだよな? なんでお前が、ここに居るんだよ?」

「ほぉ、私の名前まで把握済みでしたか。さすがは白日ですね」


 心なしか嬉しそうに奥戸は、ヒイラギに話しかけてくる。


「あと本当は、すごくすごく突っ込みたくないんだけど。なんで男のお前まで、ミニスカサンタなんだよ? 品子と違ってタイツを履いているのは、足を見せないというお前なりの配慮か?」

「そうですね。私、中性的な顔立ちなのでおそらく問題はないかと。これは平たく言うと大人の事情という、ある意味で最恐のはつど……。おっとこれ以上は、私の口からは言えませんね」


 よくわからない。

 よくわからないが。

 触れてはいけない何かに、一瞬だけ関わってしまったようだ。


「まぁ、良いじゃないですか。私はあなたに伝えたいことがあって、ここに来たのです」

「……嫌な予感しかしないから、聞きたくないんだけど」

「まぁ、そう言わずに。何せ、あなたの手が私の頬に触れた瞬間のあの感覚。私は未だに思い出しては、体が震えてくるのですから」


 奥戸はなぜか、頬を赤らめている。


「待て! それはあんたが誘拐した冬野を俺が取り返しに行って、それで殴った時のことだよな! 変な脚色を入れるのやめてくんない!」

「変な脚色なんて……。その後に私をきつく何重にも縛り、自由を奪っておきながら『とりあえずは』なんて言って放置プレイにしたこと。……忘れてないですからね」

「いや、本当にやめよう! 違う意味でそれ、言葉の暴力だからな!」

「えー。縛って放置って、凄いレベル高くなーい?」


 ヒイラギの背中に、どこからともなく現れた品子がどかっと乗りかかってきた。

 首を捻じ曲げて顔を向けると、ニヤニヤ顔の品子と目が合う。


 こいつらは、どこから出てきたのだろう。

 あぁ、このサンタコスターズ、どこかに行ってくれないだろうか。


 サンタ達をにらみつけながらそう考えていると、か細い声がヒイラギの後ろから聞こえてくる。


「ひ、ヒイラギ君! みつけた。やっと見つけたよ!」


 聞き覚えのあるその声。

 その人物の性格を表していると言わんばかりの、たどたどしくも優しい声。


「冬野、……か?」


 ヒイラギは振り返ろうとして、躊躇(ちゅうちょ)する。

 この流れでいくと、つぐみもミニスカサンタだろうか。

 あの恥ずかしがり屋がそんな姿で現れるのかと。


「いいのか? 俺はそんな姿を見てしまっても? ……しっ、仕方ないな、うん。振り返らないと話も出来ないしな」


 ……ちょっとだけだ。

 その後すぐに下を見れば、あいつも大丈夫だろう。


 ゆっくりと振り返る。

 そんなヒイラギの目に入って来たものは、赤白ではなく薄茶色の姿。


 つぐみは。

 彼女は、トナカイの着ぐるみの姿で立っていた。


 品子達のようにスカートをかたどったトナカイではなく、純度100%のトナカイの着ぐるみ。

 さらに言えば、さっきまでうるさかったサンタコスターズが、なぜか消えてしまっていた。

 ヒイラギは、ほっとして改めてつぐみを眺める。


 そうだ、彼女にはやはりこういう姿がお似合いだ。

 妙な安心感と納得をしながら、ヒイラギはつぐみを見つめる。

 その彼女は顔を真っ赤にして、涙をぽたぽたと流していた。


「よかった! やっと見つけたよぅ。ううっ」

「おい。泣かなくてい……」


 声を掛けながら、つぐみへと足を踏み出していく。


 ――だが、それは叶わない。


 ヒイラギの意思に反して、体は前へと傾いていく。 

 倒れこんでいく目の前を、白い蝶が横切った。


 途端にヒイラギに眠気が襲う。


「何で? さっきまでそんなものちっともなかったじゃないか! 冬っ、冬野ぉ!」


 つぐみに向かって、ヒイラギは手を伸ばす。

 その姿に気づき、彼女も自分の元へと駆け寄ってきた。

 互いの目に映るのは、懸命に手を伸ばしている相手の姿。


「ヒイラギ君、待ってて!  私、必ずあなたをっ……!」


 つぐみの声が、もう聞こえない。


 ――駄目だ、目を開けろ。


 そう願いながらも、とうとう倒れこんでしまう。

 体に痛みはない。

 けれども心はじりじりと痛んでたまらないのだ。


 ヒイラギが思うこと。

 それはただ悲しいという思いだけ。

 つぐみは、やっと見つけたと言っていた。

 あれだけ彼女は泣いていたのだ。

 ずっとずっと、探していてくれたに違いない。

 

 ごめん。

 見つけてくれたのに。

 ごめん。

 泣かせちゃって。

 ……ごめんな。



◇◇◇◇◇



「ヒイラギ君!」


 自分の出した大声につぐみは驚く。


「あ、あれ? 私、……寝てた?」


 夕飯の準備をして、一息つこうと思って座ったソファーで、つぐみはそのまま眠ってしまっていた。


 何か夢を見ていたような気がする。

 だが思い出せない。

 なぜだかいつもと違い、思い出せないことがひどくもどかしい。


「ただいまー、冬野君。お腹すいたよぉ~」


 玄関から品子の声が聞こえてくる。


「はーい! 先生お帰りなさい!」


 つぐみは立ち上がると、ソファーにかけていたエプロンを着て玄関へと迎えに行く。


「先生。ご飯すぐ出来ますからね!」


 夢のことはすでに忘れ、夕飯の準備に取り掛かっていく。

 品子とシヤが、リビングでにこやかに話しているのを見つめ、つぐみは思うのだ。


 さぁ、私に出来ることで皆に活力を。

 そして明日こそきっと、ヒイラギ君を起こせるように頑張ろう。


 ――待っててね、ヒイラギ君。

 私、必ずあなたを起こしにいくから。

こちらのお話は青浦鋭二様の

『敵味方の区別なく、生死を問わずに登場させてクリスマス』ってどう?

というアドバイスを元に書かせて頂きました。

書きはじめてみたら中々に楽しいものでした。

青浦様、ありがとうございました!


おっと、次話タイトルは「一条という存在」です

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― 新着の感想 ―
[一言] ダブルサンタはミニスカポリスでしたか( ー̀ωー́ ).。oஇ 縛って放置できる上級者に成長して蝶復活したかつての敵と大人の階段ノーボルーをコラボするのは流石でした。伊織高校の教育レベルを…
[良い点] つぐみちゃん…恐るべし。 最初読んだ時は『聞き出すぞ!』と意気込んでない分、ついうっかり相手が余計な事を話す… ってのが狙いなのかと思いましたが。 九重君の心の奥底に一石投じて、波紋を広…
2021/07/15 15:17 退会済み
管理
[良い点] ビューティーサンタ品子の出現からの―― >「あぁ、似合ってるな。……主に『胸』以外は」 >「はうぅっ!」 のコンボには笑わせてもらいました( ^ω^) 品子さん、いい感じにウザ可愛いで…
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