それぞれが おもう
情報がほしいのならば二条だろう。
つぐみは当初はそう考え、惟之の所属する二条に希望を出すつもりでいた。
だが改めて観測者の言葉を思い返したときに、気づいたことがいくつかある。
『あなたの大切な人が二人程いなくなります』
これは普段一緒に行動している二人の人物が、いなくなる可能性があるのではないのかと。
つぐみの中でそれは二組存在する。
一組目はヒイラギ、シヤの木津兄妹。
そして二組目が品子と惟之の二人組だ。
観測者と会って話をしたあの日も、品子達は木津家で何か相談をしていた。
情報が集まる二条とはいえ、あと三ヶ月の間に入ったばかりの自分がどれほどの情報を得られるか。
そう考えた場合、自分が求める情報を多く得るのは難しい。
ならば現状で該当する人物が三人いる三条へと所属して、彼らの様子を伺いつつ行動したほうがいいとつぐみは判断をしたのだ。
そしてもう一つ。
観測者の言葉でつぐみには引っかかる部分がある。
『あなた方の中のことは、そちらの中で収めてください。私には関係ありませんから』
最初は自分が白日の人達に、この話を口外しないという約束のことを言っているのだと思っていた。
だが最後の言葉。
『私には関係ありませんから』
観測者との関わりを口外しないという件であれば、この言葉に矛盾が生じる。
つまりは二人の人物がいなくなる事案は、落月に襲われてではなく『白日内部』で行われることだという推察ができるのだ。
そう考えれば彼の言葉にすべて納得がいく。
恐ろしいことだが、辻褄が合ってしまうのだ。
この三ヶ月の間に、二人の人物は白日のある情報、あるいは状態に気づく。
つまり、知らなくていいことを『少し動きすぎた』ことにより知ってしまう。
それによりその対象者、あるいは対象の所属する何かによって『いなく』なるということではないか。
自分はこの三ヶ月の間に白日の内情関係を知り、品子達には発動の能力を上げてもらう。
それにより『二人』が生き残る可能性を高めていく必要があるのだ。
観測者との約束で、皆には話すことはできない。
これは一人だけの戦いとなるのだ。
『自分が一番、自分に相応しいと思う場所へ。君自身が願い出て入るべきものだ』
つぐみのことを思い、この言葉をくれた品子がどうして三条を選んだかという本当の理由を知ったら、きっと自分に失望することだろう。
この考えが愚かだというのは理解している。
軽蔑されるなら、それも受け入れよう。
それでも自分は、こんな方法でしか皆を守れない。
だから覚悟をもって、つぐみは誓うのだ。
……さぁ、始めよう。
これから先は誰一人、私の大切な人達を失わせたりしない。
◇◇◇◇◇
「……ふぅ、人出品子。ただいま参上致しましたっと」
木津家のガレージに停めた惟之の車に品子は乗り込むと、茶化すように運転席に座る惟之に口を開く。
皆は今頃、惟之が買ってきた土産のケーキを賑やかに食べているはずだ。
互いに時間をずらしここに来たが、そう長居はできない。
あまり遅くなれば、つぐみや明日人が怪しんでしまう。
「惟之、お前の意見を聞かせてくれ。まずは明日人の『結』について。私はこの件に関しての知識が浅い。今日の発言と言い、ここ最近の明日人はとても不安定に私は感じるよ。私達に心を許そうか悩んでいるというか、何か私達に、……そうだな。まるで何かを隠しているような、そんな様子に見えるんだよ」
今ここで話せる時間が限られていることと、立て続けに見ている明日人の変化。
それもあって早口に言葉を続ける品子とは対照的に、惟之は冷静に言葉を返してくる。
「俺から話せることと言えば……。まず『結』についての知識はお前とそれほどまでに差はないな。治癒発動者と発動者同士がより繋がりを深める、としか聞いたことがない。しかもそれが本当に正しい情報かすらも確証がない」
「何だよ、二条ですら把握できていないものなのかよ」
「まぁ、その通りなんだけどな。恐らく四条でも知りうる人物が少ないのではないか?」
「他の所属先に知られちゃ困るものなのかねぇ。それを行おうとして明日人は大丈夫なのか?」
「それは何とも言えない。だが選ぶのも決めるのも全てはあいつ次第だ。俺達はただ待つだけだよ。当人も言っていただろう。『いろいろとしなければいけないことがある』と」
しなければいけないこと。
果たしてそれはどんなものなのだろうと品子は思う。
「なんだろうな? 四条へ対する報告か。……あるいは彼の心の問題か」
そう呟きながら、リビングでの明日人の発言を品子は思い浮かべていく。
『僕は、……僕はあなた方にまだ話していないことがあります。……品子さんには一度お話をしましたが、僕はあなた方と『結』を希望します』
『まだ話していないこと』
これを最初は『結』の話だと思っていたが、それとは別のことを指しているのではないかと品子は考えている。
明日人は自分達に、何か話せていないことがある。
つぐみとの会話で心を揺さぶられた彼は、それを語ろうとした。
だがその決断が最後にはどうしても出来ず、あの発言になったのではないだろうか。
「俺からも一つ、お前の意見を聞きたい。さとみちゃんについてだ」
惟之の声に思考を止め、彼の横顔を見る。
いつの間にかサングラスを外し、金色の月を左目に浮かべた男は皆がいる家の方を見つめていた。
「お前の傾国がさとみちゃんには効かなかったと言っていたな。今、木津家からは三人の発動者の存在しか感知できない」
それはつまり、ヒイラギ、シヤ、明日人の三人。
「冬野君、さとみちゃんからは発動者の気配がない。だが、さとみちゃんは何かしらの力を持っているのは間違いない」
惟之は目を閉じサングラスを着けると、改めて品子に向き直る。
おそらくは二人共、同じ結論に達していることだろう。
さとみちゃんは、あの子はいわば『ジョーカー』だ。
「組織には、決してさとみちゃんの力を知られてはいけないねぇ」
話しながらくくっと品子の口から笑いがこぼれた。
ちっともおかしくなんかないのに。
厄介な事実を知ってしまった現実逃避に過ぎないというのに。
「冬野君とさとみちゃん。これで二人分の秘密が組織に出来たな」
そう呟く隣の男の口元には、品子と同様に笑みが出来上がっている。
「おいおい。俺達、また新たな秘密の共有で親密度が上がっちまったぞ。楽しいなぁ」
かつてヒイラギが目覚める前、この車の中で話した互いだけが知りうる秘密の共有。
その項目が増えたことを皮肉る言葉。
それから逃れるように品子達は二人そろってただ口の端を上げ、無意味な言葉遊びを続けていく。
「そりゃまた結構なことで。私としては、お前とのこれ以上の親密度の上昇はまっぴらごめんなんだがねぇ」
「そんなつれないことを言うなよ。……さて、仕切り直すぞ」
ばちん、と音を立て惟之が自分の両頬を挟み込むように叩く。
そこそこ痛そうな音だったな。
話題を変えるだけなのに、そんなに気合を入れ直す必要があったのかという思いを抱え惟之を見つめる。
「冬野君の希望通り、彼女の所属を三条ということで申請しておく。清乃様の都合を聞いておかなければな」
「その辺りの調整はお前に任せる。じゃあそろそろ私は先に戻るよ」
「あぁ、もう少ししたら俺もそうさせてもらう。お、そうだ。あと、もう一つ」
品子はその声にドアに掛けた手を戻し、惟之へと向き直る。
「あの子達の成長は確かに大したものだ。……だがお前だって、しているからな。……俺はそう思うよ」
予想外の言葉。
しかも去り際に言うとは、この男はなかなか卑怯ではないか。
――おかげで自分は、親密度の調整に精一杯だ。
前を向き品子と目を合わさない男の表情は、サングラスと同じ色合いを模した空のおかげで知ることができない。
「おっ、……お前の成長、遅らせるなよ。付いて来なきゃ置いていくからな!」
一方的にそう話すと、品子はそのまま相手の返事も聞かず車を降りた。
早足で家の中に飛び込むように入ると、玄関先にへたりと座り込んでしまう。
両手で顔を覆い、次にすべき行動を考える。
……落ち着け! ここで立ち止まるのはまずい。
ここにいれば、いずれ惟之が戻って来る。
とにかくここから離れねば。
だが己の今の状態がわからないまま、リビングに向かうのも危険だ。
とりあえず洗面台へと向かい、顔色や表情を確認しようと鏡をのぞき込む。
目を合わせてくるもう一人の自分は、どうやらいつも通りのようだ。
特に赤面している様子もないことにほっとする。
改めて見る自分の顔。
知らなかったことを知り、大切なものに改めて気づくことの出来た顔。
昨日までとは違う自分に、品子は語り掛けるのだ。
「よろしく。弱くて頼りなくて……」
鏡の中の自分の顔に向けて手を伸ばしてみる。
カツンと音がして指同士は触れ合えるのに、頬に触れることは叶わない
それなのに向こうの自分は笑っている。
それはそれは嬉しそうに。
だから品子は言ってやるのだ。
「立ち上がり方と新たな強さを知った、……大切な私」
お読みいただきありがとうございます。
これにて第四章は完結となります。
ここまでお読みいただき嬉しく思います。
さて、章終わり恒例番外編に移らせて頂きます。
次話タイトルは「笹の葉は如何様に揺れるのか」です。
テーマは七夕。
えぇ、若干季節外れですね。
活動報告にもちらっと書きましたが、番外編を書いていたのはその時期だったのです。
ところが七夕の当時がシリアスな展開の為、ちょっと出せる雰囲気ではないなと思い断念いたしました。
そんなわけでタイミングを逸した感はありますが、そりゃもう遠慮なく投稿していきます。
どれくらい遠慮なくかというと、この番外編は毎日投稿で行きます!
遠慮ないですね!
ストック無いのにね!
どうぞ季節外れの七夕話、楽しんでみてくださいませ。
たくさんたくさん笑ってもらえますように。




